Trente et Quarante

第六話:約束/2

 ルミエールは少しずつ食事を取れるようになり、使用人達も日に日に元気になっていく彼女を見て、少しずつ表情が和らいでいった。
 そしてまた、ルミエールは部屋を抜け出すと城内を見回しながら歩く。一応前方は注意しているが、そのうち誰かにぶつかってしまいそうだ。
「あ!」
 だけどそうなる前に、バルコニーから黒の国の方を見ている探し人を見つけた。
「王子さま!」
 笑顔で呼びかけると、呼びかけは見事に無視される。それに眉をハの字にすると、彼の肩を突きながら「王子さまー」と呼び続けた。
「……?」
 肩を突かれ振りむきざまにソレイユは首を傾げる。
 ルミエールも首を傾げる。何故呼びかけても返事をしてくれないのか、何故気が付いても首を傾げるのかわからない。
「王子さま、どうして返事してくれないの?」
「あ」
 ソレイユは何かに気が付く。
「ごめん、呼ばれ慣れてない」
 そう言うとまた黒の国に視線を戻した。
「呼ばれ慣れてない?」
 ルミエールは一瞬戸惑う。だけどすぐ「王子さま」という呼び方の事だと気付いた。
「王子さまなのに?」
「皆、ソレイユ様って呼ぶ」
 ソレイユはまた彼女を振り返り言葉を返す。そしてまた視線を黒の国に戻した。
「そうなの……じゃあソレイユさまって呼んだら返事してくれる?」
 ルミエールは笑顔で呼びかける。
 しかしソレイユは「うーん……」と首を傾げる。
 ルミエールは、今度は何が駄目なのだろうと、困惑した。
「いらない」
「はい?」
 ルミエールは意味がわからずまた首を傾げる。
「連れてこられたとはいえ君は赤の姫だから、様付けするのはおかしい」
 ソレイユは珍しく分かりやすく説明すると、やはり黒の国に視線を戻した。
 つまり、呼び捨てで構わないという事だろうか、ルミエールはさすがに戸惑う。
「ソレイユ?」
 だけど物怖じせずに彼の名前を呼んでみた。
 呼ばれたソレイユはまた振り返る。だけど用がないとわかるとまた黒の国に視線を戻した。
「そういえば、ずっと黒の国見てる」
 ルミエールは小さく呟くと、自分は邪魔をしているのではないだろうかと思った。
 正直ソレイユが何をしているのかはわからない。だけどこれほど熱心に黒の国を見ているのだ。何か見ていなければいけない理由があるのかもしれない。
 ルミエールはこれ以上邪魔をしない為にその場を去ろうとした。
「どうしたの?」
 しかしそれはソレイユによって阻まれる。
 驚いて振り返ると、ソレイユはまたこちらを見ていた。
「私、ジャマかなって思ったんだけど」
 ルミエールは感じたままを告げる。
 するとソレイユはいつものように首を傾げた。言っている意味がよくわからないようだ。
「でも黒の国を見てるんでしょ?」
 ルミエールはうろたえる。ただ見ているだけという事なのか、なら何の為に、ルミエールはますます混乱した。
「別に……?」
 当のソレイユは相変わらず感情を揺るがす事なくただ首を傾げる。
 だけどよくわからないソレイユの態度が段々可笑しくなってきて、ルミエールはクスリと笑った。
「もうソレイユったら、じゃあ何してたの?」
 彼女の問いにソレイユは「うーん……」と首をまた違う方向に傾げる。そして何かを思いついたのか口を開いた。
「同い年の王子がいる」
 ルミエールは「同い年の王子さまが?」と首を傾げ黒の国を見る。
 ソレイユはよく知らない黒の王子を少しでも知ろうと、こうして黒の国を見ているらしい。
 だけど国を隔てていては何も伝わってこない為、身体の弱い兄王子の為に努力を惜しまない人だと言う事しかわからない。
「陛下は黒の国が関わる時だけは、ぼくに関心を示すから」
 言いつけを守る事を妨げる相手、そう続けるとまた黒の国を振り返る。
 表情はないのに、どこか困っているようなそんな印象をルミエールは受けた。
「もしかして、困ってるの?」
「困る?」
 ソレイユは首を傾げ聞き返した。色んな方向に首を傾け考えるが、彼の中で困るという言葉と結びつく事柄が見つからない。
 ルミエールはその行動に今度は悲しんでいるような印象を受ける。
「今、わからなくて悲しかったの?」
「え?」
 ソレイユは目を見開いた。何か言おうと口を開くが何も浮かばず、ただ鼓動が早くなる。
 ルミエールは、間違いない彼がうろたえていると思った。
「王さまに関心をもたれると、困るって事?」
 先程の会話を思い出しながら、ソレイユの顔を覗きこみ聞く。
 するとソレイユは我にかえったように、小さく頷いた。
「関心をもたれるなって言われたから」
 ソレイユは困るという言葉に少し納得する。しかし困るというのは感情じゃないだろうか、考えがそこに至ると彼の体は震えた。
 ルミエールは意味がよくわからなかったが、何か力になってあげる事はできないかと思った。今まで感情を揺らがせた様子のなかった彼が、今こうして震えているからだ。
 しかしソレイユは彼女とはまた違う事を考えていた。
「これじゃ、母上の言いつけが守れない」
 そう言い放つと一歩後ずさり、ルミエールをまっすぐ見つめる。その瞳に僅かな不安を滲ませている。
「どうしたの?」
 ルミエールはソレイユが自分に怯えている事に困惑すると、不安げな声を漏らす。
「駄目……」
 しかしソレイユは彼女を拒絶するように、バルコニーからでていく。
 ルミエールは少し驚いたが、自分の行動が彼を困らせたのではと思うと、後を追いかける事ができなかった。

...2012.07.10