Genocide

 十二月二十一日水曜日、馬島 道徳君や斉藤 直さんは警察署で保護された。 各人の家を張り込むには人手が不足していたのだ。 他県に応援は要請しているが大きい事件が起きればそれに便乗する者もでてくる。 その為十分といえる程応援も来ない。
 馬島君は始終怯えていて、少し物音を立てるだけで悲鳴を上げていた。
 逆に斉藤さんは静かなもので、私はもっと落ち込んでいると思っていたから意外だった。
『朝霧君はお父さん達の最高傑作なの、侮辱しないで……!』
 彼女は私や夜観之君にそう言った。 大人しい彼女が声を張り上げるほど、彼女にとって私達が彼を殺人犯と呼ぶ事は許せなかったのだ。 だけど今回の事が判っても彼女はショックを受けた様子もなく、ずっと物思いに耽っていた。
 私はというと、その様子に違和感を感じてならなかった。 まるで今起きてる事は事実ではないと思っているような……。
 恐らく七瀬 智早の行方がわからず、証拠どころか証言すら得られないでいるのが原因だろう。 研究所はもぬけの殻、自宅にも姿はない。 そして彼女の愛車もない。 警察どころか研究員すら血眼になって彼女を探していた。 彼女が見つからない限り彼女の容疑も晴れない。 同時に彼女を黒と断言する事もできない。
 警察は私達からも何か情報を聞き出せないかと幾つかの情報を提示し質問をした。 私はどれも知っている事ばかりだった。 しかし一連の事件で一番犯行が行われているあの廃墟、 あの場所の事を聞いた瞬間馬島君の表情は更に青褪めていった。
「……"十一月十五日"に呼び出されました、亡くなった井口さんや向ヶ丘君と一緒に」
 それは井口さんにリツ君が質問した話の続きだった。 研究所の子供達三人が呼び出され荷物を三つ受取り運んだ事、だけど中身はわからない。 そして誰に呼び出されたのかを聞こうとして井口さんはリツ君と夜観之君の目の前で殺害されたのだ。
「誰に……!?」
 私は思わず身を乗り出した。 警官の一人に落ち着くように諭され静かに座った。
「七瀬 智早……研究所の最高責任者にです……」
 彼女への疑いはますます濃くなった。 人一人が詰った荷物は女手一つでは相当重たいだろう、だから彼らを呼んだ。 朝霧 波子と違い引きずったりして妙な痕を付けるような真似はしたくないという事だろう。 井口さんを呼んだのは対した荷物ではないと思わせる為か……。
 他にも十一月の十七日、二十八にも荷物を運んでもらえないかと声をかけられたらしい。 だが十五日も含め深夜である事に不信感を持ち断ったそうだ。 そして十六日に喜多野君、二十七日に金谷さんが殺されてる。 恐らくこの二人を運び出す為だったのだろう。 他の生徒を運び出したのが朝霧 波子である以上これなら辻褄があう。
 他にも箱の大体のサイズ、大体の重さを聞かれていたが、 馬島君は気持ち悪そうに口元を抑えていた。
 智早が運び出したと疑いのある生徒達は遺体が切断されていたと聞いたばかりだった。 自分の運んだ重たい箱の中にそれが詰ってたとすれば、 そんな事ができる智早への異常さに気分だって悪くなるだろう。 スプラッター映画等の作り物とはわけが違うのだから。

 私もどうしてそんな事ができるのか理解できなかった……。

30.赤く染まった真実

 私達は警察の監視下で時間を持て余すほかなかった。 そしてそうこうしてる間にもう夜だ。 斉藤さんは相変らず一人落ち着き払っているし、 馬島君はドンドン緊張が酷くなってまるで貧乏ゆすりでもしているかのようにガタガタと音を立てる。 私は母と今だに面会を許されないし、夜観之君や先生の様子も誰かが教えてくれるまでわからない。 リツ君の事もそして七瀬智早の事も気になるのにどれも考えは一向に進まない。 だから度々溜息を付きながら携帯を見つめていた。
「溜息ばかり付くと幸せが逃げるよ」
 私の様子が気になったのか斉藤さんはそう一言口にした。
「ご、ごめんなさい」
 私は思わず謝ると、できる限り溜息を付かないよう意識した。 だけど私の幸せはもう逃げてしまってるから、 これ以上悪くなりようもないような気もする。 そう考えが剃れた途端また溜息を付いていた。
「あ……っごめんなさ……!」
「別に謝らなくていいから」
 斉藤さんはそう素気なく言うとまた一人考え込んでいた。
 そんな時誰かの携帯が高らかに音を奏でた。 それは私のものではなく、斉藤さんのものでもない。 馬島君の携帯電話だった。
 馬島君はその音に全身を強張らせ、更に悲鳴をあげた。
 その音を聞いてすぐ傍に待機していた刑事さんがこちらに来ると、誰からの着信か尋ねた。 だけど携帯の表示は非通知になっている。
 携帯を全員に聞こえる状態にして電話にでた。 電話を受けた当人、馬島君はガタガタと相手が喋るのを待っている。 一連の事件の中に電話で呼び出され殺害された例がある、恐ろしいのは当り前だ。
「……?」
 しかしいつまで経っても相手は喋らず、だけど通話が切れる事もない。 一体なんなのか、ただの悪戯ならいいが恐らくこれは不気味な罠だ。
『……―――――ュ……』
 僅かに何かが聞こえ聞き耳を立てる。 何かがヒュー……ヒュー……と音を立てている。 空気が抜けてるような、いや、空気が入ってこない……?
 私は嫌な予感がして警官に目配せした。 するとその人も嫌な汗を流している、みんな何かに勘付いたようだ。
 唯一馬島君だけは何かわからず困り顔で私達を順に見た。 でもわからないならわからない方がいい、これは恐ろしい罠。 だけどこれだけ重い空気に晒されたら良くない事が起きてる事は察してしまうだろう。
 一旦音は途切れ、今度はゴソゴソと音がする。 そしてまたそれは空気を吸う、穴を抑えたようだ。
『み……ち……の……り……』
 その声を聞いて馬島君は電話を取った。
「父さん……!?どうしたんだよ父さん!!」
 警官の一人が彼に落ち着くように諭す。 だが自分の親が何か危ない目に遭ってるのに落ち着いていられるはずもない。 警官はすぐに彼の父親を探すよう手を回した。
『く……る……』
 そこで声が一度途切れた。 聞き覚えのある曲、これはバイト先でいつも流れてたその店のテーマ曲だ。 どうやら自動ドアが開いた事で音がここまで漏れてきたらしい、 そしてそのドアからでてきた人だろうかの叫び声が聞こえた。
 それを伝えると警官はすぐそう指示を伝える。 だけどそれを聞いた馬島君は部屋を飛び出していった。
「待ちなさい!!今君が行ったら危険だ!」
 私は驚いて、そしてすぐ青褪めた。 まさか私がすぐ場所を特定するように仕向けられていたのか? 彼をここから誘き出すために。
 だから私は自分の所為で駆け出した彼を追った。
「君……!!」
 警官が私を静止する。 だけど馬島君はどこにもいない、彼を警察は止められなかった。 私はますます全力で走った。 私の元バイト先はここからそう遠くない、右折二回程度の場所にある。 全力で走りきるしかなかった。
 だけど彼を追うのは私だけではなく、後ろから斉藤さんもついてきていた。 律君の真相が知りたいというようなそんな顔だ。
 駆け出して最初の曲がり角を曲がると、馬島君を追っていた警官が何かと争い先に進めずにいた。
「リツ君……っ」
 私の声に反応して彼は一瞬こちらを向いた。 だけどすぐ目を逸らし店の方へと走っていく。
「待って……!!」
 私は後から来た警官に手を取られ進む事を許されなかった。 自分の不甲斐なさに目頭が熱くなる。
「あああぁぁぁぁ……っ!血が……っ血がァァ!!」
 馬島君の叫び声が響き渡り、リツ君は曲がり角に辿り付く前に立ち止まった。 不可解に思いつつ行く手を阻まれてた警官が彼を捕えようとする。 だけどすぐ状況は一変した。
「……ッ助けて……っ助けてェ……っ!!」
 馬島君がこちらに逃げてきていた。 腕を抑え痛みに涙をボロボロ流している。
 だけど曲がり角を曲がりすぐに目についたのは朝霧 律だ。 馬島君は立ち止まり、来た道を戻ろうとするが、後退った。
「七瀬博士……ッ何でだよおォォッッ!!」
 馬島君は耐え切れないというように泣きじゃくりながら相手の名前を呼んだ。 彼の見ている先に、七瀬智早がいる。
 警官がすぐ身柄を抑えようと行動するが、リツ君がそれを許さない。 私を捕まえていた警官は私から手を放し応援に向かう。
「悪い子にはお仕置きが必要でしょう……?」
 そう言うと白衣を身に纏った科学者風の女性が姿を現した。 片手をポケットに突っ込みもう片方の手には銃を握り馬島君を見下げる。
「俺……何もしてな……ッ」
 馬島君は足を滑らせて尻餅を付く、それでも彼女から逃げようと必死だった。
「あー……私の最高傑作に何かしてみなさい、これの頭を打ち抜くわよ」
 智早はこちらを一瞥するとそう撃つ真似をした。
 リツ君は唇を軽く噛み少し悔しさを滲ませる。 人として扱われていない事か、それとも……彼女に従っている自分にか。
 警察はリツの妨害がなくても下手に近づけず手をこまねいていた。 しかしこのままでは馬島君は殺される。 今までどの事件もどれだけガードを固めても殺してきたのだ。 ここで智早とリツ君を捕まえなければ被害者はまた増える。
「さあ律、悪い子にお仕置きしてやるのよ」
 智早はまるで警察はお構いなしにそう彼に指示をした。
 リツ君は一回こちらに目を向けるが、すぐ諦めたように馬島君に一歩近付いた。
 警官は彼に動くなと銃を構えるが彼はお構いなしに歩き続ける。 腰の抜けている馬島君はこれ以上逃げ切れない、警官は引き金を引くしかない。
 だけど警官が引き金を引くより先に智早が三発こちらに発砲した。 一発目は一人の警官を腕を掠め、もう一発はもう一人の警官の手に持った銃に的確に当てる。 そしてもう一発は、斉藤さんの頬を掠めた。
 斉藤さんは呆然と立ち尽くし自分の頬に触れる。 手に付いた血を見て全てを理解したようにガタガタと振るえていた。
 現場には三人の警官がいたが、完全に相手のペースに陥っていた。 私を捕まえる為に来て応援に向かった警官は人質と犯人の間でパニックに陥っている。 二人の警官を銃から遠ざけてる間に智早の銃口はこちらに向けられていたからだ。 動けば私達に被害が及ぶかもしれない、だけれど動かなければ馬島君は・・・。
「ここを離れよう……!」
 私はこの場を離れるべきだと思い斉藤さんを揺さ振った。 だけど辛うじて信じていたものを否定され彼女は虚空を見つめている。 無理に歩かせようとしても彼女は動いてくれない。 終いには手も振り払われて、彼女はその場に崩れ落ちた。
 どうしようもなくリツ君や智早の方を見る。 その警官はパニックを解いて銃を構えるが、リツ君は止まらない。 そして智早もずっと銃を構えて余裕の表情だ。
 このまま相手の出方を伺っていては間に合わない。 警官は声を上げるとリツ君に向けて発砲した。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁ……ッ!!」
 しかしそれは智早の放った銃弾に阻止されてしまった。 警官は膝を付き目の前で刺し殺された馬島君を見て肩を震わせる。
 それに追い討ちをかけるように智早は微笑すると、警官達の動きを封じる為に足を打ち抜いて見せた。 だけど警察署はすぐそこだ、これだけ発砲しているのだからすぐ応援が来るはず。
「律、あそこ」
 智早は応援が来るかどうかはお構いなしに斉藤さんを指さして彼に告げた。
「今お仕置きして構わないのよ?」
 その言葉は私達の元まで届いていた。 斎藤さんはビクッと身体を震わせると、立ち上がってその場を逃げ出した。

 十二月二十二日木曜日、逃げ出した斉藤さんを追いかけるうちに深夜を回ってしまった。 そして今、私達は公園の植え込みの中に隠れていた。
「署に戻ろう……っこのままじゃ斉藤さんまで……っ」
 私は彼女にそう語りかけた。
「無理よ……っ七瀬博士あの距離で私に銃弾を当てたのよっ」
 身を縮ませて斉藤さんは涙ながらに訴えた。
「あんな二人から私を守るなんて無理よッ」
「でも……」
 斉藤さんは首を振りながら、涙をボロボロ流して怯えていた。
「坂滝さんは戻って……あの二人の狙いはもう私だけなんでしょ?」
 だけど彼女は気遣う人だから、私を心配してそう言った。
「斉藤さんを置いてはいけないよっ」
 私は自分の思うままの言葉を告げた。 これ以上誰も死んで欲しくない。 それに、彼女で終わるのか? リツ君は終わるつもりでいるのかもしれないが、あの七瀬 智早の人を蔑んだ表情。 あの人自身はこれで終わるつもりなんかない、だってあの人は自分が間違ってるなんて微塵も思ってない。
「坂滝さんの言葉、もっと早く信じてたら……っごめんね」
 斉藤さんは謝罪の言葉を口にすると再び大粒の涙を零した。
 私も思わず貰い泣きしそうになったが、それを堪えて笑顔を作る。 暗くなってはいけない、少しでも明るくいなければと思った。
 しばらくして携帯電話が震えた。 私達は顔を見合わせて二人で液晶を見る。 着信は念のために登録しておいた警察署だった。
「もしもし……」
 私は周囲を警戒しながら電話にでた。
『君達は今どこに……いや、斉藤さんは一緒なのかい?』
 相手は無事である事にッホとしつつ斉藤さんが同行しているのかを問う。
 だから私は一緒にいると答えた。
『そうか……どこか建物の中にいるのかい?』
「いえ、学校の裏手にある公園に隠れてます……」
 それを聞いて相手はすぐにこちらに迎えをよこすと言うが、 二人は捕まっていないなら私達を探しているに違いない。
「下手に行動を起こせば居所がバレてしまうかもしれません……」
 私は自分の意見を述べたあと斉藤さんの方を見た。
 彼女は私の意見に賛同するように小さく頷く。
『しかし……!』
 警官が声を張り上げるのと同時に斉藤さんが私の手を引いた。
 私は驚いて携帯を手放すと、簡単に壊れてしまった。 落ちた衝撃ではない、打ち抜かれたのだ。
 斉藤さんに手を引かれるまま私達は公園の外へ走る。 銃声のする方向からはカツカツという足音が私達を追う。 智早に見つかったという事は近くにリツ君もいるはず、だけど足音は一人だ。
「斉藤さん!出口はダメ……!」
「どうして……!?」
 私達は再び銃を避ける為に物陰に隠れる。
「足音が一人分しかしない、出口で待ち伏せされてるのかもしれない!」
 私は簡潔説明した。
 斉藤さんは肩を震わせる。
「じゃあどうすれば……っ」
「こっち!」
 今度は私が手を引いて以前学校に急いでいた時に使ったあの柵の所へ向かった。
 上手く撒けたのだろうか、足音は遠くに聞こえる。 私は斉藤さんに先に行くように言う。 そしてすぐ私も柵を越えた。
 警官がいる事に賭けて学校の方へ向かうのが良いかもしれない。 それともう一つ、私の家だ。 あんな様子の母の元へ戻るのは心が傷むけど斉藤さんの事を考えると下手に逃げ回りたくない。
 本当なら周囲の家に助けを求めたいものだが、 一連の事件の所為で家を空けてる者も多い。 何よりあんな二人に追われていては頼りにくかった。
 相談してとりあえずすぐそこにある学校へ向かう事にした。 だが人手が足りない所為だろうか、立ち入り禁止のテープだけで人はいない。 私の家に向かうしかない、そうすれば電話も使えるから対策だって立てられる。
 私達は少し遠回りをしながら家へ向かった。 警戒しながら進む所為か酷く道のりが遠く感じる。 ドンドン顔色が悪くなっていく斉藤さんの為にも早く着いて欲しいと思うばかりだ。
 だけどやっとの思いで家の敷地内に辿り着いた私達を待っていたのは、 公園で撒いたと思っていた七瀬 智早と、そしてリツ君だった。
「あの男の娘と思って油断したわ、案外賢いのね」
 智早は私を眺めながら馬鹿にするように笑った。
 私は震える斉藤さんを抱き締めながら二人を睨みつける。 それすら智早には面白い見世物のようだ。
 だけど公園であれだけ派手に銃声を響かせていた。 そして突然電話が切れれば何かあったのはわかるはず。 警察がこちらに向かってくるはずだ。
 私達は時間を稼がなければいけない。 人質になってもいけない。 相手がどうでるかわからないけれど、最悪斉藤さんだけでも逃がさなければとそう思った。
「ほら律、早く斉藤の娘にお仕置きしなさい」
「……」
 リツ君は智早の指示に従い一歩こちらに歩みでる。 だけど私が斉藤さんの一歩前にでたのに気付いて、顔を歪めた。
「何してるの律、早くなさい」
 智早は冷たく言い放った。
 しかしリツ君は返事はおろか項垂れたまま動かない。
 私はリツ君の様子を見て斉藤さんを掴む手が少し緩む。 彼は何かを躊躇してる、それは確かだ。
「ああ……忘れてた」
 智早は何かを思い出したと口元だけ笑う。
 リツ君は項垂れたまま、顔を背ける。
 何か約束を交わしていたのだろうか? まさかその約束の為に彼はまた罪を? 何かはわからないがそう思ったらやりきれない気持ちになった。
 しかし私達の考えとは裏腹に智早は銃を構えた。
「あの娘が邪魔なのね」
 銃口が向けられた先は私だ。
「っな!!」
 リツ君は真っ先に反応し、智早に詰寄ろうとする。 しかしそれは許されず、頬をぶたれその勢いでその場に崩れ落ちる。 そして引き金は引かれた。
「!!」
 リツ君は這いながら呆然と見つめていた。
 だけど私に痛みはない。 何故かわからない。 でもすぐに気付いた。
「さ……斉藤さん!?」
 斉藤さんは胸を抑えその場に崩れ落ちた。
「斉藤さんどうして!!」
 彼女は答えずただ微笑んでいる。
 それを見て私は涙腺が崩壊した。 どうして私はいつも守られているのだろう。 あんなに斉藤さんは怯えていたのに、みんなそうだったのに、どうして私は守ってあげれない。
「律、貴方がモタモタするからよ」
 智早はあきれたようにそう告げる。
 リツ君は私が撃たれていない事にッホとしたようだったが、 私が斉藤さんを抱き締めて泣いている姿を見て再び顔を背けた。
「さて……」
 カチャン……と何か音が聞こえる。
「どうして!?」
 私はそちらが見えなかったけど、リツ君の叫び声で気付いた。 再び銃が私に向けられているのだ。
「斉藤の娘は最後じゃないでしょう?坂滝のるんで終わり、でしょ?」
 そう言って微笑する。
「話が違う!それに、最後は彼女じゃない、僕だ……!」
 リツ君は再び智早に向き直る。
 だけど智早は面白くないというように彼を再びぶった。 そしてまた崩れ落ちた彼に追い討ちをかける。
「貴方は私の最高傑作なのよ!!あんな女の子供でも最高の出来にしてあげたのよ!」
 智早はそう暴言を吐きながら蹴りつける。
 私は苦しそうな声と痛そうな音にッハとしてそちらに目をやった。
「世間から賞賛されるほどの能力を与えてあげたのは誰!?私よ!」
 彼はそんなもの望んでなかった。 ずっと苦しんでたし、悲しんでた。 なのにどうしてこの人は勝手な事が言えるのだろう。
 智早はまるで言う事を聞かないリツ君を更に痛めつける。 まるで誠華さんへの恨みをその子供へぶつけているようだ。
 私の声は届くわけがない、彼女は今彼をいたぶるのに必死だ。 だけど喚く彼女の暴言に私は耳を疑う事になる。
「たった三ヶ月で恩が返せるんだから大人しく従いなさいよ!」
 三ヶ月……? どこかで聞いた事のある月数だ。
「十七年間楽しかったでしょう!?でもね!あんたを賞賛する奴はみんな屑なのよ!!」
 何が十七年間なの……? だけど私達は今十七歳だ。
「屑はこの世にはいらないわ!そう刻み込んであったでしょう!?」
 まさか……そんな事。 でも頭の中で答えが導き出された。
「さあ殺しなさいよあの娘を!殺し方なら一杯頭に詰ってるでしょ!?」
 彼はなるべくしてこうなったんだ。 智早が全ての元凶だったんだ。 理由はわからないけど……誠華さんへの復讐のつもり? それとも自分の嫌いな人間を殺す為?
「律君が一体貴女に何をしたの!?どうしてそんな目に遭わなきゃいけないのよ!!」
 気付けば私は叫んでいた。 人の頭を勝手に開けて、勝手にそんな恐ろしい物詰め込んで、何でそんな事ができるの。 私には理解できなかった。 いや、きっと誰も理解なんてできない、彼女自身にしかできない。
 智早は彼に暴力を振るうのをやめた。 そしてゆっくりこちらに銃を向ける。
「もういいわ、私が殺してあげる」
 私は斉藤さんを抱き締めたまま、ッギュと目を瞑った。 私は殺されるんだ……だけど真実がわかったから、悔しいけど覚悟を決めた。
 私を狙った銃声は辺り一体に響き渡った。

...2010.05.30