Genocide

 私は留置所から一応解放こそされたものの、今だ警察署に"保護されている"状態にあった。 共犯者という疑いが消えきれないのと、あの状態の母と帰宅させるわけにもいかないのと、理由は沢山あるだろう。
 そして私の言葉が虚言であるかもしれない以上、浜中洋子さんだけを警護するわけにもいかないらしい。 なのでクラスメイトの家一軒一軒に見張りが立っていた。 今までの事があるから簡単には見張りを突破できないだろうし、 更にそれを突破してターゲットを誘き出す事もできないだろう。
 しかし彼らの親は用事があると抗議しているらしい。 これだけの事件が起きているのに子供が心配じゃないのかとも思うが、 恐らく"朝霧 律"の事を七瀬 智早に問いただしたいのだろう。
 彼が犯人なのかどうかは関係ない、仮に私を庇ったという話だったとしても彼のイメージはよくないはずだ。 実験体である事自体は公表されていないが、もし彼が捕まった事で研究所の事が浮き彫りになったらどうなる。 研究所の安否もあるだろうが、研究テーマ自体が"模範的な良い子"を生み出すというもの。 それなのに実験体は人殺しかもしれないとなれば、黙ってはいられないという事か……。
 面倒な事に生き残った生徒の中の狙われるである人物は、彼が私達に殺害予告していた人物のみ……。 すでに被害に遭ってる人は絶対狙われない、なのに無駄な人員をそこに割いている。 きっとまた突破されてしまう。
 そう考えながら自分が嫌になった。 いつからこんなに悪い方へ考えるようになったのだろう。
 警察署内のある個室の中、入り口には見張りがいて外にはでられない。 私に許されてるのはこの部屋の中にいてできる事だけだ。 幸い自分の携帯は戻ってきている。 先生の携帯はリツ君と夜観之君の元へ行く途中に壊してしまったからないけれど……。
 見張りの人に使用していいかを聞く、すると「いいよ」とあっさり許可がおりた。 不信に思って二人いたうちの許可をくれた人の顔をよく見てみると、以前星垣さんと面会した時家まで送ってくれた母と同期の刑事さんだった。 その人は私に疑いなど持っていないようで、いつも通りに接してくれた。 ここに来て普通に扱ってもらえるなんて思わなくて、目尻が熱くなった。
 部屋の中に戻り夜観之君に電話をかけてみた。 病院にいるだろうけど、もしかしたら電話を取れるくらいには回復しているかもしれない。
 だけどやはり無理で、電話は留守電に繋がってしまった。
「……死なないで、夜観之君」
落胆した私はそう呟いて電話を切った。

 ただ心配で仕方なくて願うように……。

29.主犯

 携帯を閉じて一度外に目をやった。 もう日が落ちかけている。 そして考えを巡らせるために宙を見て再び携帯を開く。 登録の少ない私の電話帳の中からだした名前は朝霧 律。
 しかし電話をしようと思っても、彼にかける事は悪い事じゃないだろうかと不安が過ぎった。 これはこれで許可を得た方がいいかもと……。 だから私はこそこそとまた見張りの人に話し掛けた。
 その人は少し驚いていたし、許可を出していいものか悩んでいた。 だけど見張りをもう一人の人に任し、その人の監視下での通話ならと許可をくれた。
 私は電話を見つめながら、すごくドキドキしていた。 それは胸のときめきとか、そういうものではもちろんない。 電話をして何を言うつもりなのか……そういう意味だ。 自首を勧めるにしても今までだってずっとそうしてきた。 じゃあ今しようとしてる事をやめるよう説得するのかというと、 それだけを止めても仕方ない。 結局は彼を自首させるか逮捕してもらうかしなければいけないのだから。
 意を決して通話ボタンを押す。 二人で固唾を飲んで相手がでるのを待つ、その時間がやけに長く感じた。
『うわああああああ……!!あ……っああああ……!!』
 電話が繋がってすぐに聞こえてきたのは誰かの叫び声。 思わず身体がブルッと震えた、隣にいた刑事さんも顔色を変える。
『……のるの携帯から何の用?』
 しばらくして酷く冷たいリツ君の声が聞こえてきた。 私が電話をかけられるはずがないというような口ぶりだ。 それに遠くからは痛みに悶絶するような声が幾つも聞こえてくる。 もう隠す必要がないから彼は強行突破を謀ったという事がすぐ判った。
「リツ君……っ」
 私はリアルタイムで人を傷付けている事実に思わず言葉が詰った。
『……!』
 彼は私の声に驚いていた。 そして瞬時に近くに誰かいるはずという事を理解した。
「もうやめてっ自首するって言ってたじゃない、佐々川君達見つけてもらえたのに……っ」
 私は搾り出すようにそう呟いた。 彼らが見つかったならそこから何か証拠を警察の人達が探してくれるかもしれない。
「なのにどうしてこれ以上悪事を重ねるの……っ」
 刑事さんに彼が言うような酷い関係じゃないのはバレるだろうけど構わなかった。
『犯人を捕まえてくれないからだよ……』
 彼は何かをカツカツと歩く音を響かせながらそう答えた。
 私は可笑しな事を言うなと、そう思った。 犯人はリツ君だ、他に誰がいるというのだろう。
『最初は僕だけのつもりだった、でも大元がいるんだよ』
 彼は傍に刑事さんがいるのを見越してそう語っている。 まるでこれが最後のチャンスだと言うように。
『主犯と共犯者、暴走してる奴、星垣の仇、極刑を免れないはずの奴はこのくらいか……』
 途端カツカツと響いていた足音が消えた。 彼は誰かを見つけてクスっと笑う。
『ごめん、父さんだ……』
 瞬間ガシャンッ!とすごい音が聞こえた。 どうやら彼は携帯を投げ捨てたようだ。
『……知ってたのか』
 壊れかけの携帯がノイズ雑じりの音声をこちらに届けてくる。 僅かに聞こえる声は恐らく先生だ。
 刑事さんは「何者?」という困惑した表情を浮かべたが、 決して携帯を切るようには言わない。
『母の事調べたらついてきただけだよ』
 彼はそう冷たく言い放つ。
 私は心が抉られたような気持ちになった。 彼は先生が父親である事を知った上で「殺す」なんて恐ろしい言葉を吐いていたのか? いや、あの時の彼は律君だったのか? 前から少しずつリツ君がでてきていたのだと思っていたのに、わけがわからなくて苦しかった。
『ところで、教師が寮に何の用?』
 彼は自分の居場所を教えるようにそう先生に問うた。
 刑事さんは私一人残し朝霧 律の居場所を伝えに行ってしまった。 すでに何人もの見張りの刑事さんが負傷している事実も含め……。 そして恐らく、浜中さんは寮にいるのだろう。
『……判ってるだろ?』
 先生はそう彼に質問を返した。
 彼は『さあ』とからかうように返すが、本当はわかっているはずだ。 先生が自分を止める為に来た事を、だから彼は笑った。
『ああ……邪魔だよ"父さん"』
『!』
 しばらくして、またカツカツと響く足音が聞こえてきて、 その足音をびちゃびちゃと水音が掻き消した。 そして何かが倒れる音、 同時に苦しみを堪えるような悲痛な声が聞こえてきて何が起ったのか瞬時にわかった。
「先生……ッ!?」
 聞こえるわけがないが叫ばずにはいられなかった。
 先生は壊れかけの携帯のすぐ傍に倒れたらしい、 ノイズに掻き消されそうな先生の声が聞こえる。
『り、つ……っ誠華、さん……っ』
 先生は痛みに苦しみながら心の痛みに泣いていた。
 一部始終を聞いていた私は弱っていく先生の声に耐え切れなかった。 携帯を握りしめ、見張りの刑事さんに無茶としりながら外に出る事を懇願した。 勿論無理に決まってる、だけどもう私だけなんだ。 彼を止めなきゃいけない、これ以上誰かが傷付く前に……。 そう思ったら涙が止まらなくなって膝を付いて泣いた。
 携帯から流れていた音はノイズが強くなり、最後には壊れて消えた。

 十二月二十日火曜日、昨日の出来事を早速全てのテレビ局が放送していた。 負傷者数十名、死亡一名という今までで最も被害の大きい事件という風に取り上げられている。 一連の事件と言いながらまるで別件というような言い回しだ。
 死亡したのは浜中さんで、遺体は壁際に追い詰められていて、表情は恐怖に怯え酷く苦しそうだったという。 誰が一番酷いなんて言うつもりはないが、今までで最も残虐だと言っていいのかもしれない……。
 そして負傷者のほとんどが警察関係者でありながら、たった一人教師がまじっていたという。 それは二学年担任まで報道されていた事を考えたら、千草先生以外の答えはなかった。
 あとで刑事さんがこっそり教えてくれた話によると、内臓を損傷し出血多量の重体だそうだ。 更にやっと聞けた夜観之君の近況も、今だ意識が戻らず危険な状態だという。
 なのに私は容疑者扱いとはいえこうして警察に守られている。 一緒に彼を止めようと言ったのに、二人を危険に晒して自分だけ逃げている。 辛くて、今すぐ彼を止めに行きたかったけど、疑いは消えず今日も軽い軟禁状態にあった。
 刑事さん達は四六時中忙しく駆け回っていたが、昼頃になって更に慌しさを増した。 昨日リツ君と応対していた刑事さんが私のいる部屋に数名の部下とやってきて、なんとなく原因を察した。 リツ君が再び連絡を入れたのだろう。
「あの……何か?」
 私は余計な事は口にしないようにした。
「犯行予告があった……次は誰が狙われているかわかるかい?」
 後手に回りっぱなしの刑事さんは昨日とは比べものにならない程しおらしい態度だった。 それに答えればまた疑いは濃くなるかもしれない、 だけど無視する事はできない。
「……向ヶ丘 銀君だと思います」
 私の言葉を聞いて、刑事さんは部下に指示を出した。 向ヶ丘君に重点を置いて警護し、他のクラスメイトは極力少数。 他生徒を放置するわけにもいかないのはわかるけど昨日の警備とあまり変らないのが心許ない。 だけど刑事さんも好きでそう指示したのではないというのはわかった。 昨日一日で人手がここまで減ってしまったという事なのだろう。
 部下がいなくなると昨日の刑事さんに連れられて部屋をでた。 向かった先にはどこかで見覚えのある人が二人、 高水さんと久納君だった。
「二人共どうしたの?」
 私は驚き二人に駆け寄った。
 二人は少し申し訳無さそうにお互い顔を合わせる。
「解毒の必要がないなら、あいつに従う必要ないだろ」
 久納君はそう言って顔を背ける。
「だから……私達がされた事とか、学校で起きた事を相談しに来たの」
 高水さんが続けた。
 二人はずっと私や夜観之君の事を気にしてくれていたようだった。 そして昨日のニュースを見た。 犯人が犯人と名乗りをあげたのに、容疑者は別にいる。 リツ君の様子から容疑者が私だと気付き今こうしてここに来てくれたらしい。
「ありがとう!」
 私は思わず笑顔で御礼を言った。 被害を受けたクラスメイトの中で二人だけはこうして来てくれた。 私が解放される保証はないけれど、 彼が昨日の事件以外にもクラスメイトに毒を盛っていた事だけは証明される。 何より、リツ君の言葉は口からでまかせかもしれないのに、 こうしてやってきてくれた彼らの行動が嬉しかった。
 二人は少し戸惑い顔を見合わせると、「ごめん」と一言あの時の事を謝罪した。

 二人のお陰で完全に容疑者から外されたわけではなかったが待遇は変わった。 彼の用意した暗号から次に狙われる人物を特定していた事等を話した。 そして、この三ヶ月でまるで夢でも見ているかのように急変した朝霧 律の事も。 更に星垣さんに聞いた父が事故に見せかけて殺されたらしいという事、 父と律は同じような実験体である事を説明した。
 話してすぐは刑事さんはそんな話があるものなのか?という半信半疑だった。 しかし星垣さんにも事情聴取をした結果、まったく同じ説明が返ってきたらしく、 最終的にはその話を信じてくれた。
 警察はもともと一連の事件があの朝霧 誠一郎の病院と何か関わりがあるのではと踏んでいた。 少なくとも病院が立ち入りを許さないあの廃墟に何かあるだろうと思っていた。 だが私や星垣さん、それに高水さんと久納君の話を合わせれば、 病院もとい研究所に逮捕すべき人物がいる事は確かだった。
 数時間後、警察は朝霧夫婦に任意同行を求めた。 夫婦は勿論拒否し、誠一郎にいたってはものすごく強気だった。 しかし車内から彼らどころか息子律とも違う血液が検出され、 二人は事情聴取を受ける事になった。
 調べた結果血液は井口さん・山里さん・由比さん・永山君のものだった。 誠一郎はまったく知らない様子で容疑を否認したが、 波子の方はガタガタと震え四人の遺体を運び遺棄した事を認めた。 だけど他の遺体については何も知らないと容疑を否認、更に自分は殺していないと言う。 じゃあ井口さんは一体誰に殺されたのか……。 彼女はリツ君と七瀬君の目の前で殺されているというのに。
 だが波子から妙な証言を得た。
"井口さんを殺したのは息子の律だと思った。 そして思わず彼女を運び出したが、処理に困っていたところを七瀬 智早が引き取ってくれた。"と……。
 何度聞いても同じ事を繰り返し、最後にはひたすらある言葉を繰返すばかりだったらしい。
「だから他人の子に関わりたくなどなかったのだ」
 まるで朝霧 律が全て悪いという言い方。 その話を聞いた私は悲しくてそれに怒りが込み上げてきて、許せなかった。

 その日の夜、見張りの交代のために向ヶ丘君の家へ向かう人達に私は同行させてもらった。 彼が携帯を壊してしまった以上直接話をするしかない。 何より自分も身体を張らなければ止められる相手じゃない。 身体を張っても止められるかわからない。
 どんなに守備を固めても彼を捕まえなければいつまでも終わらない。 このままでは警察も人手が足りずに治安にも影響がでそうだ。
 しかしどうしてこうも上手くいかないのだろう。 もうすぐ交代だと気でも抜けていたのかもしれないが、それにしたって手際が良すぎる。 見張りの警官が何人も蹲って倒れていて玄関の扉は開け放たれている。 段々と野次馬すら集まってくる始末だ。
 私は外で待つ事になり、野次馬にあれやこれや聞かれる事になった。 勿論答えられるはずがないのだが……。
 救急車が到着し怪我人が搬送される中、家の様子を見てきた警官は誰もが無念そうな顔をしていた。 いや進入を許してしまった同胞とすぐ駆けつけられなかった自分達への苛立ちか……。 向ヶ丘君の両親は辛うじて息があったが、本人はすでに絶命していた。
 野次馬が帰り現場を保存する作業の時も私はその場で待ち続けた。 身柄を拘束されてるという立場は変わらないからだ。
 迷惑をかけないよう少し離れた位置で表札の辺りをずっと眺めていた。 よく見てみると角にヒビが入っていて少し砕けていた。 視線を横にずらすと同じくらいの高さの塀に何かが埋ってる。 私は本部に電話をかけていた人が電話を切ったのを見計らってその事を伝えた。
 埋っていたのは銃弾。 後に現場に居合わせた警官に話を聞くと"銃声が聞こえた方向に気をとられた時にやられた"と答えた。 寮の方も調べて見ると同じような痕がこちらにもあった。
「朝霧 律は単独犯ではない」
 警察は誰か銃を持った協力者がいるとそう判断した。
 私もこの状況では協力者がいる方が自然だとは思う。 しかし、彼が一体誰に協力してもらうというのだろう。 夜観之君はもういない。 先生は彼にやられて協力などするはずもない。 そう、誰もいないはずだ。 考えれば考えるほど妙な方向に考えは進んで行く。
「でも、まさか……」
 私はこの考えに自信が持てなかった。 嵐のように過ぎ去っていくこの三ヶ月間、いや、彼からすれば四ヶ月間か。 その期間ずっと彼は憎んできたはずだ。 これは律君でもリツ君でも変わりない筈なのだ。
 だけど朝霧夫婦は捕まっていて今日の犯行に協力はできない。 クラスメイトの中に協力者がいる線も考えたが、 協力させられてるにしても拳銃何てどうやって入手するというのか。 そして研究員の中では今まで彼は良い子だったはずで、 その子供達も彼をそう見てきたはずなんだ。
 ここまで決め付けてしまえばもう一人しか残っていない。
「協力者は……七瀬 智早?」
 研究所の最高責任者が研究員に恨みがあるのかはわからない。 しかしもう彼女以外の犯行は考えられないようにさえ思った。
 私のような素人とは違い、警察はとっくにこの考えに辿りついていた。 そして可能性が他に見当たらない以上、七瀬 智早に任意同行を求める為に彼女の元を訪れた。

...2010.04.29