Trente et Quarante

第九話:新しい約束/6

 火は止まる事を知らず、ルミエールは不安そうに城を見つめていた。
 ベルナーは彼女が城の中に飛び込まないか心配になるが、ブランが大丈夫だろうと彼に言う。だからベルナーはそれを信じてリオネルを見ていた。
 赤の民が兵士達と一丸になり消火活動に取り組むのを見て、ルミエールは思わず涙ぐむ。兵士達はともかく、赤の民は王族を好いていなかったはずだ。それなのにこうして協力してくれている事が嬉しかった。
 ルミエールは思わず眠るリオネルを見る。彼は赤の国を嫌っていただろう。その気持ちも分かるのに、兄に同意する事はできそうもない。
 複雑な気持ちに首を振ると、今度はざわめきが広がった。そして皆が注目する城門に目を向けた時、思わず涙が零れる。
 そこにはノワールと、肩を担がれながら歩くソレイユの姿があった。駆け寄る兵士達に消火を優先するように指示すると、二人はそのままこちらに向かい歩いてくる。
 それを見てルミエールは立ち尽くした。今すぐ駆け寄りたいのに何故か動けない。
「ルミエール……」
 ソレイユはノワールに担がれたまま名前を呼ぶ。
 だけどルミエールは涙が止まらず、何も言えないでいた。
 ノワールは、小さい溜め息を付くとソレイユを彼女の前に押しとばす。
 いきなりで対処しきれずソレイユは膝をつくと、ノワールを恨めしそうに振り返る。しかしノワールに何か嫌味を言う前に、突然重みを感じて目を丸くした。
「ソレイユッ、ソレイユッ!」
 ルミエールはソレイユを強く抱きしめると、泣きじゃくりながら何度も名前を呼んだ。
 ソレイユは今まで見た事がない程、強く縋り泣く彼女を見て唇を噛むと、少しだけノワールを見た。
 するとノワールはこちらを見るなと言うように首を振る。
 それを見てソレイユは固唾を飲み込む。
「ルミエール」
 小さく名前を呼び、ぎこちない動作で抱きしめ返す。
 するとルミエールは戸惑ったように目を丸くした。
「……俺、小さい頃から、君が好きだ」
 ソレイユはルミエールの耳元で囁く。
 彼の言葉に彼女の身体が震えた。
「怖くて聞けなかった、君の気持ち、教えて?」
 幼い頃のように、ソレイユは途切れ途切れの言葉で紡ぐ。
 唇を噛んで涙を堪えると、ルミエールは彼の耳元に唇を寄せた。
「私もっ、ソレイユが好き……、貴方に三度目の恋をしているの」
 耳元で囁かれソレイユは心臓が跳ねる。それは自分の事を好きだという事よりも、三度目という言葉に対してだった。
 彼の戸惑いに気付くとルミエールは小さく笑う。
「私の初恋は、ソレイユだったから」
 そこまで言うと彼の肩に頭を預ける。
 ソレイユは唇を噛んで涙を堪えた。彼女の望みを無視して、彼女を悲しませていたのはいつも自分だったのだと胸が苦しくなる。
「ごめん、ずっと、ごめんなさいっ」
 父が彼女をくれると言った時素直に受け取れば、彼女が逃げ出した時共に逃げ墜ちれば、気付けばたくさんの選択肢を彼は無駄にしていたのだ。
 彼もまた、城以外の居場所など想像がつかなかった。だからこれは罰なのだと思う。
「もう忘れてしまう、なのに、我侭で、傲慢で……、ごめんなさいっ」
 もうすぐ彼はルミエールを姉と認識するようになる。今までのような一時的なものではなく、罪の重さの分だけ……。
 最後の最後に涙を見せたくなくて、ソレイユは彼女が見られない。
 するとルミエールは首を振り、慰めるように頭を撫でた。
 困惑したソレイユは目を瞬かせると彼女を見る。
「大丈夫、今度は私が、傍にいるから」
 彼に告げると、ルミエールは涙を拭わずに微笑んで見せた。
 逆にソレイユは涙が滲み、首を横に振る。そのような約束はいらない、小さい頃から彼の望みは彼女の幸せだけだ。想いが通じても、それは変わらない。
「そんな、約束、しなくて、いいよ……」
 遠のく意識の中でソレイユはできる限りの笑顔を浮かべて言うと、指輪を握っている方の手を差し出す。
 彼の指輪をルミエールは受け取る。
「預かっているから、姉上でいいから、私が傍にいて欲しいの」
 かつてベルナーは彼の傍にいるべきだと言っていたが、そのような事を言われなくても彼女はただ彼の傍にいたいと望んでいた。
 ルミエールは王妃の部屋から持ち帰った肖像画を懐から出して彼に抱かせる。そしてまた優しく頭を撫でた。
 ソレイユは少しだけ肖像画を見ると、小さく息を吐いて目を瞑る。
 非道な事をさせるほど父を追い込んだのは、自分と母かもしれない。母の姿を利用してこの手を穢した事に後悔はないが、今頃気付いた事実にこれは罰だと再認識した。
「だから今は、おやすみなさい、ソレイユ……」
 ルミエールの声が聞こえてソレイユは薄ら目を開ける。すると彼女は涙目で優しく微笑んでいた。
 これほど罪深いのに、彼女は全てを知っても変わらないのだろう。何故か今はそう確信できて苦笑する。
「……うん、おやすみなさい」
 まるで同意するように言うと、ソレイユは彼女の腕の中で眠りに落ちた。
 眠りについた彼を見守るように、ブランとベルナーそれにノワールは目を瞑ると祈りを捧げる。
 そして長い一日を終える頃には消火活動も終えて、人知れず姿を現した満月が湖に光を降らせた。

...2012.08.21