Trente et Quarante

第九話:新しい約束/3

 休む事なく馬を走らせたノワールは、赤の国のすぐ近くで馬を止めると目を疑った。
 そして共にいたルミエールも身体を震わせうろたえる。
 二人にはあちこちが燃えている城が映っていた。
「ソレイユッ!?」
 ルミエールは口元を抑える。胸がざわついて不安が拭えない。
「急ぎましょう!」
 ノワールはルミエールにそう呼びかけると、また手綱を引く。
 頷いて先程までと同じようにしがみつくが、ルミエールの腕は尋常ではない程震えていた。
 怯える彼女にノワールは少し苦しさを感じると馬を速める。その速さでカツラが飛び黒髪が露になるが、構っていられない。
 しかし赤の国まで来るとその光景は益々激しさを増して見えた。
 先に馬から下りたルミエールは、町の中央まで駆けていくと首を横に振り立ち止まる。
「どうして、こんな事にっ」
 町全体がざわめいているのも耳に入らない。だけど駆け回る兵士の中に異国の兵が交じっているのを見て、戦ではないと気付く。
 ルミエールは兵士達に指示を出している人物を探す事にする。それはソレイユかもしれない、そしてそうであれば心を落ち着けるとそう思った。
 しかし指示を出していたのはベルナーと、見覚えのない白い髪の青年だ。
「ソレイユッ、ソレイユはどこっ?!」
 ルミエールは現状が理解できずその場に崩れると泣き叫ぶ。
 彼女の叫び声に気付いたベルナーは驚き振り返る。
「落ち着いてくださいルミエール様!」
 だけど呼びかけたのはベルナーではない。その人は白い髪をなびかせこちらに向かってきた。
 しかし後方から罵声が聞こえ、ルミエールはそちらを振り返る。するとそれは後を追ってきたノワールに向けられていた。
「あんた今までどこにいた! あんたが火を点けたんじゃないのか!?」
 赤の民の一人がそう叫ぶとノワールを取り囲み非難する。
 ノワールは言われのない罪を押し付けられ戸惑うが、それだけ黒と赤の確執は深いのだと感じてどう反論すればいいかわからなかった。
「やめてください! ノワール様はそのような方ではありませんっ!」
 ルミエールはノワールを庇うように民衆達の前にでると叫ぶ。
 だけど彼女を見ても赤の民は心を動かされる事はなく、益々火に油を注いでいるようだった。
「姫面するなよ生贄風情が!」
 一人が言い捨てると、ノワールに向けられていた視線はルミエールに向けられる。
「そうだ生贄の分際でっ何で戻ってきた! あんたもグルか!?」
 民衆の心ない言葉にルミエールは身体を強張らせた。やはり自分の存在はソレイユの迷惑になっていたのだと思い表情が曇る。
「私の事は何とでも言えばいい」
 すると今度はノワールが彼女を庇うように前にでた。
「だが、勝手に生贄役を押し付けておきながら、その言い草はないのではないか?」
 ノワールは民衆達を一瞥し一人一人に言い聞かせるように叫ぶ。
「彼女は今までずっとソレイユ様の傍にいたのだ、彼の元に戻って何が悪い!?」
 民衆は言いよどむが、それでも自分達を擁護する。
 それを見ていたノワールは思わず苛立ちが募った。
「ノワールやめて、皆、戻ってこないソレイユ様が心配なだけだよ」
 聞き覚えのある声がノワールを嗜め、赤の民は彼の為に道をあけた。
「兄上!」
 ノワールは盛大に驚く。
 それを見てブランは小さく溜め息を付いた。
「何故ここに? もしもの事があればいけないといつも……!」
 慌てた様子でノワールは小言を浴びせる。
「過保護だといつも言っているよね? それに、そのような話今はいらない」
 しかしブランはそれを制止すると、状況をきちんと確認するようノワールに促した。
 赤の城が燃え、城内から続々と使用人達が避難している。そして今ブランは、ソレイユを心配していると口にしていた。
「ブラン、様?」
 ノワールが口にするより先にルミエールがブランを呼ぶ。
 ブランが振り返ると、彼女は酷く顔色が悪かった。
「ソレイユが戻ってきていないとはどういう事なのですか!?」
 城とブランを交互に見て、ルミエールは縋るように問う。
 ブランはもう一度落ち着くように言うと事情を話す。しかし自分が襲撃されたばかりにソレイユは犯人を追ってしまった。それは彼の表情を曇らせる内容に他ならない。
 それを察したベルナーは彼の話し難い内容を代わりに話した。
「力ない私と、真実に目を伏せた父の落ち度です」
 最後にブランはそう呟くと悔しげに頭を垂れる。
「いえ、この事態は全て、私のっ」
 釣られるようにベルナーも顔を背けた。
 まるで彼らには犯人がわかっているようにノワールには映る。そして兄の様子から犯人の見当が付いてしまうと申し訳なさそうにルミエールを見た。
 しかしルミエールは犯人どころではない様子で、城を恐ろしげに見つめている。
 赤の他に黒と青の兵がいるお陰で火の勢いが増す事は避けられているが、これだけ黒煙があがっているのにソレイユは一向に城からでてこない。
「……どうして、どうしてでてこないの? ソレイユッ」
 まるで何かに憑かれたようにルミエールは城の方に踏み出した。
「駄目ですルミエール様、入れ違いになったらどうするのです!」
 ノワールは彼女の腕を掴み引き止める。ソレイユは彼女が探しにくる事を望まないだろう、そして彼自身も危険に飛び込もうとしているのを見過ごす事はできなかった。
「もう、嫌なの……っ!」
 ルミエールは悲痛な声をあげると、ノワールの手を振り払い城に駆けていく。靴が脱げ瓦礫を踏んだ彼女の足に血が滲む。それでも彼女は気にも留めず城の中に消えた。
 驚いたように彼女の後姿を見送ってしまったノワールは、払われた手を見つめ強く握ると、何かを決意したように彼女の後を追う。
「ノワール!」
 ブランは止めようとするが、突如痛んだ胸を押さえ蹲った。必死に痛みを堪えて顔をあげるが、もうノワールの姿はない。
「ノワール……?」
 たった一人の家族が火の中に飛び込んだ事にブランはうろたえる。
 しかし弱りかかった心を必死に奮い立たせ、少しでも消火を早める為に的確な指示を出そうと決めた。
「ブラン様……」
 一部始終を見ていたベルナーはブランの行動に何かを覚悟すると自嘲気味に笑う。
「インドアの僕には、こういうのは向かないのですがね」
 青の兵にブランの言う事を聞くよう告げると、ベルナーもルミエール達の後を追った。

...2012.08.21