Trente et Quarante

第八話:狂おしい想い/7

 ソレイユは通りすがる者達に早く城からでるよう声をかけながらある場所を目指した。
 使用人達もその後ろ姿を不安そうに見つめるが、ソレイユの言いつけ通りに兵士は動き彼を阻む者はない。
 目的の場所に辿り着くとソレイユは警戒しながら扉を一気に開いた。
「いない!?」
 開いたのは王座の間、ここ以外考えられなかったが誰もいない。気になる所があるとすれば、玉座の前に置かれた豪華な柩だけだ。
 階段を昇り恐る恐る柩の中を覗くと、半永久的に咲き続ける冷気を纏う花が大量に敷き詰められとても冷たかった。
 ソレイユは思わず息を呑むと、気味が悪くなり一歩後ろに下がる。
 しかし彼の思いとは裏腹に大きな音をたてて扉が閉まった。驚いて振り返るとまた大きな音で鍵がかかる音がする。
「閉じ込められた……?」
 小さく呟くと辺りを注意深く見回し階段を下りる。騒然としていた外に比べとても静かで、嫌な汗が伝い緊張が走った。
 そしてもう一度扉に視線を戻すと、扉の前に見覚えのあるものを見つけて身体を強張らせる。
「何、で……」
 見つけたのは深紅に染まったウェディングドレスだ。
 ソレイユは恐る恐るそれに触れると、予想に反して布地は湿っぽく、拾い上げれば赤い液体が滴った。
 思わず投げ捨てたが、手に付いた液体に身体が震える。
「血が乾いてしまえば、折角のドレスが台無しでしょう?」
 自身しかいないはずの空間から声が聞こえると、軽く束ねた髪を解かれた。癖が残るのを恐れるようにやんわりと髪を撫でられ、振り向き様に距離を置く。
「リオネルッ」
 ソレイユは歯を剥き出しにして睨みつけた。
 名前を呼ばれたリオネルは表情を無くす。まるで口を聞いて欲しくないというような態度だった。
「ルミエールはどうした」
「置いてきました。最も、あの子の想いを聞き届けない貴方が気にする事ではない」
 リオネルはそういうと少し顔を背ける。
 聞いていたソレイユは唇を噛むと俯いた。しかしリオネルの言葉の意味を正しくは理解していない。
 それが分かるリオネルは少し溜め息をつく。
 その態度にソレイユは怪訝な顔をする。
「お前は、本当に異常だな……」
 小さく呟き、歯を軋ませた。
「まさか、遺体を斬りわけた事を言っているのですか?」
 リオネルは少し首を傾げて言う。
「貴方が巧く斬るから運び辛くて、それに罪人は辱めないと」
 そこまで言うと肩を竦ませた。
「それだけじゃない、何故ブラン様を傷付けようとした」
 拳を握り何かを堪えると、ソレイユは平静を装い聞いた。
「僕を見ていた方の息子だからですけど、それが何か?」
 悪びれた様子もなくリオネルは再び首を傾げた。
 ソレイユには言っている意味がわからない。だけどその態度に幼い頃の自分を思い出し、首を横に振る。
「何故お前がルミエールを悲しませる? 理由次第では、お前でもっ」
 腰に差した剣の柄に手をかけた。
「お父上同様に殺しますか?」
 リオネルはクスリと笑う。
 それを聞いたソレイユの肩が震える。
「やはりあの男の息子なのですね……思考が同じだ」
 嘲笑するようにリオネルは笑った。
 ソレイユ自身、思考が同じだと思っている。しかし第三者に言われると思わず身体が強張った。
「密会していると教えただけなのに、黒の王を殺めたあの男と変わらない」
 リオネルは自分の手を見つめて、口の端を吊り上げて笑う。
「黒の、王?」
 驚き目を見開くと、ソレイユは言葉が震えた。
「そう、黒の王ですよ、貴方のお父上なら何かしてくれると思いました」
 意地悪い笑みを浮かべて喉を鳴らすように笑う。
 まるで先代のように笑うリオネルにソレイユは肩が跳ねた。
「何故だ……」
「はい?」
 ソレイユの問いにリオネルは首を傾げる。
「黒の王を殺させてお前に何の得がある、ルミエールの幸せはっ」
 搾り出すようにソレイユは言う。
 するとリオネルは唇を噛み忌まわしそうに顔を歪める。
「得? 得なんて関係ありませんよ、縋る僕の手を容赦なく払った人だからだ」
 そう言い捨てると明らかな苛立ちを込めて舌打ちをした。
「青だって変わらない、赤の王を暗殺する為に僕を利用しているだけだったっ」
 復讐、その言葉がソレイユの脳裏に浮かぶ。そしてリオネルの野望を全て見抜けていたわけではない事実に唇を噛む。
「どいつもこいつもっ!」
 リオネルはそう叫ぶと燻り続ける怒りに身体を震わせる。
 ソレイユはいつかの自分のようだと感じた。
「……話が逸れましたね、でもわかるでしょう? 貴方はお父上と同じだと」
 リオネルは嘲るように笑うと、彼を通り過ぎ血塗られたウェディングドレスを拾う。そしてまた彼の背後に立つと、それを合わせるようにした。
 服に血が染みる。だけどソレイユは動く事ができない。
「貴方が最も美しかったのは、これを着ていた時だ」
 彼が動かないのをいい事にリオネルはヴェールを被せる。
 血塗られたままのヴェールから血が滴り、髪を濡らした。
「貴方はもう、生きているだけで、ルミエールを苦しめる」
 いつものようにクスリと笑う。だけど顔を伏せているその姿はまるで泣いているみたいだ。
 背後のリオネルがどういう表情かソレイユにはわからない。しかし声が震えている事に気付いてソレイユは驚くと後ろの様子を伺った。
「呪術が解けても変わらない、貴方は変わらないのですよ」
 そう言うとリオネルは振り返ろうとしたソレイユの目をヴェール越しに覆い隠す。
 ソレイユは思わず剣の柄に手をかけるが、耳元で囁かれた言葉に身体の力が抜けていくのを感じた。
「今の貴方では、もう僕の呪術に抗えないでしょう?」
 リオネルは淡々とした声で聞く。
 膝をつきソレイユはリオネルを見ると、視界が歪んだ。意識が朦朧とする代わりに記憶混濁による頭の痛みが消え、今にも眠りに落ちそうだった。
「貴方の事は好きでした。全てを備えた神の子……なのに妹と同じ傷を持っていたから」
 傍に膝を付きリオネルはまるで慰めるようにソレイユの頭を抱きしめる。
 ソレイユは困惑するが、抵抗する力は残っていない。
「手を払うでもなく、利用するでもなく、傍に置いてくれた貴方だから」
 リオネルはソレイユの額に口付ける。そして穏やかな動作で彼から離れると、立ち上がり見下ろした。
「だけど、弱っていく貴方が妹の心を傷付ける度、僕は思い出すのです」
 唇を噛み睨みつけるようにしているが、表情はとても苦しげに歪む。
「祖先の悲願、それを邪魔した馬鹿の者の血は、根絶やしにしなければ……そう考えていた頃の自分を」
 そこまで言うとまた城のどこかから爆発音が響いた。
 城全体が揺れるが、ソレイユはその事には何も触れずただ彼を見上げる。
「お前の好きにすればいい……だが、ルミエールは? 故郷に、幸せは、あるのか?」
 縋るようにソレイユは問う。
 しかしリオネルは首を横に振る。
「どこにもありません、僕が、こうして奪うのだから」
 ソレイユは今にも倒れそうな自分の身体を支え彼を見た。リオネルの言葉の意味が理解できず、ただ幸せはないと言われた事だけに囚われる。彼女と出会い、彼女の幸せだけを願ってきた彼には耐えられない。
「まだ気にしてくれるのですか? ……今でも貴方は美しいままですね、だから」
 自分の身も省みずルミエールを気にするソレイユを見て、リオネルが少し笑む。
 だけどソレイユはそれがルミエールの為の笑みではないと分かる。
「美しい貴方に目覚めぬ眠りを、そして永遠の宝になるといい」
 リオネルは彼に囁き続けた呪いの言葉を紡いだ。
 先程耳元で囁かれた言葉を復唱され、ソレイユの目は虚ろになっていく。それでも歯を食いしばり耐えた。
「お願いだ……、ルミエールをっ、幸せにっ」
 ソレイユは焦点が合わない視界に必死に手を伸ばす。しかしそれはリオネルに触れる前に力尽きた。
 倒れた瞬間彼の被っていた冠が床を転がり、リオネルの靴を打つ。
 寂しげに冠を眺めながら、リオネルは届く事のなかった彼の手をやんわりと掴む。
「さようなら、僕の国王陛下……」
 そう言うと手の甲に口付ける。そして彼を横抱きにすると階段の上にある柩に横たえた。

...2012.08.14