Trente et Quarante

第八話:狂おしい想い/6

 城に戻ったソレイユの行動に赤の国はかつてない程ざわめいていた。
 黒の国に使者を送り、こちらから和平を結ぶ事を願いでる。そして青の国は双方からの申し出で同席する事になった。
 青の国の兵士達を従えるベルナーと、同じように兵を従え黒の国を待つソレイユ。その姿は、長年いがみ続けてきた現実から見て異常だった。
「いやー、一度拒絶した貴方が膝を折るとは、どういう心境の変化です?」
 ベルナーは隣にいるソレイユにからかうように言う。
 ソレイユは一瞬彼を振り返りすぐ町の外に視線を戻した。
「リオネルですか? いや占いか、どちらにせよ貴方の望み通りなのでしょう?」
 思った事をそのまま口にする。
 するとベルナーは目を丸くした。
「気付いていたのですか? 一体いつから」
「リオネルを紹介された時から、青の国を経由すれば父上では気付けないでしょうね」
 ベルナーは更に驚いたように目を見開く。それは彼が見抜いていた事ではなく、先代を父上と呼んだ事だ。
 ソレイユは一瞬口元を押さえて唇を噛むが、言い直す事はしなかった。
「一体どうして……」
 困惑した表情でベルナーは問いかけ彼の肩に触れる。瞬間何かを感じ取り身体が震えた。
「まさか呪術? だって、彼は」
 かつてない真面目な彼にソレイユは思わず笑いそうになる。
 ベルナーは何故笑いを堪えているのか分からず訝しげに見た。
「私の自業自得なので、ベルナー様が気にしているような事情ではありませんよ」
 ソレイユは苦笑する。
 見透かされている事に気付いてベルナーはまた驚く。だけど自業自得という言葉が引っかかり、最後には溜め息を付いた。
「記憶の混濁、ですよね……、貴方はルミエール様を呪い、そして見守っていたと?」
 ベルナーの言葉に答えるべきか否かソレイユは考える。しかし、いつもと違い真剣な彼に思わず口が開く。
「そうです」
 言い訳をするでもなく、ただ肯定した。
 頭を押さえベルナーは唇を噛む。
「何故? 先代に破られた約束に関係が?」
 占いは完璧ではない、そしてリオネルも適当なのだろう。ソレイユは状況を全て把握できているわけではないベルナーに安堵する。
「その約束を破られた事で、呪術も破られてしまいました。笑えるでしょう?」
 そう言って自嘲気味に笑ってみせる。
 しかしベルナーは普段のように笑えない。
 普段のようにならないベルナーに少し首を傾げる。だけど本当に気に入られていたのだと納得すると、他人の心を理解できない自分自身にまた微笑した。
「ベルナー様の目的は、戦争回避、それだけだったのですね」
「!」
 ベルナーは全てを見抜かれ思わず言葉を噤む。
 赤と黒の間に戦争が起これば、海を隔てた青にも何かしらの影響がでる。占いは絶対ではないが、赤の王が戦争を起こそうとしているのは明白。
 だからリオネルを利用し赤の王を暗殺するよう仕向けた。最も黒の王を殺害された事は不測の事態だったのだろうが。
「貴方の目的の為なら非情になれる所、気に入っていますよ」
 ソレイユは小さく笑う。
「でもリオネルを捨て駒にする事だけは、許しません」
 そして責めるでもなく、ただ釘を刺した。
「……いっそ、責めてくださってもいいのですよ?」
 思わずベルナーは居心地悪そうに言う。
「先代の事は、俺の意志ですから」
 ソレイユは口調を少し崩して言うと町の外に視線を移した。

 黒の王ブランは、兵に守られるようにやってきた。
 本来は赤の国が黒の国に出向くという話だったが、赤の国で和平を結ぶ方が長く平和であり続けられると占いにでたのだ。
 ソレイユはその時ばかりは占いを否定したが、ブランが出向く事を了承した。
「あの方が、ブラン様……」
 穏やかな表情に強い意志を秘めた瞳、線の細さからは想像が付かないほど強い存在に見えて、思わずソレイユは呟いた。
 すぐ近くまでブランが来ると、ソレイユは深々と頭を下げた。
「ご足労頂き感謝します、ブラン様」
「こちらこそお招き感謝します、ソレイユ様。そしてベルナー様、お久しぶりです」
 ブランは穏やかな微笑みを浮かべ言葉を紡ぐ。
 しかしベルナーの表情は晴れない。ただ黒の王の事で顔を合わし辛いというよりは、彼を個人的に苦手視しているように見える。
「ああ……はい、お久しぶりです」
 ベルナーは目を逸らしながら返事した。
 そのような彼が珍しくてソレイユは目を見張る。
「理想主義は、苦手で」
 小さく呟きベルナーは溜め息を付いた。
 占いのような不確定なものを使うがベルナーは現実的だ。自分の背負うものの為なら犠牲も厭わない。
 それに対してブランは現実的には難しい理想を抱えて犠牲を出すなど考えもしない。その所為か考えが甘いと思われる事が多かった。
 ソレイユもどちらかといえば現実的だからか、ベルナーの気持ちが少し分かる。しかし実際ブランの理想である和平を結ぶ事に決めた事もあり、甘いというよりは頑なという印象に変わっていた。
「ノワール様とは、考え方を違えているのですね」
 思わずソレイユは言う。
 父を殺されるという現実にノワールは赤との争いを選んだ。むしろそれが普通で、ブランは現実を見ようとしていないようにさえ見える。
 ブランはソレイユの言葉に目を瞬かせ苦笑する。
「病気がちな私を見ていた所為ですよ。現実は変えられないと思っている」
 ソレイユは訝しげに首をかしげる。
「でも病気がちだから動けない、力がない、何も変えられないとは、思いたくない」
 真っ直ぐソレイユを見つめブランは言う。
 兄は身体が弱いから支えなければいけない、そういう義務感を持つノワールに反した言葉だ。
 そして自分自身の考え方も否定されたようにソレイユは感じた。
「それで、ノワール様は連れてこられなかったのですか?」
 ブランは再び目を瞬かせると微笑する。
「いえ、所用ででかけているのです、ノワールに何か?」
「そういう、わけでは……」
 戸惑いソレイユは口ごもる。あの一件をノワールは本当に話していないようだ。
 ただ隠しているようで良い気はしない。とはいえ、今から和平を結ぶという場で話すような話でもない、ソレイユはまた額を押えた。
「ソレイユ様、立ち話はそのくらいで」
 いつまでもその場から動きそうもない二人にベルナーが言う。
 するとブランがしかめ面で彼を見た。まるでこの国の主はソレイユだと訴えているような目だ。
 ベルナーは顔を背けると項垂れる。二歳年下相手にいつもの調子がでない。
「そうですね、城にご案内しますよ」
 彼の様子は気にせずソレイユは言うと軽く手招きをする。
 しかし一行が動き出す事はなかった。
「っ!?」
 突如激しい爆発音が響き、ソレイユは音の発生源を振り返る。すると城の端から煙があがっていた。
「これは、まさか……」
 ソレイユは小さく言うと、頬を汗が伝う。
 ベルナーは何も言えず動揺した様子でその煙を眺めていた。
「お二人共しっかりしてください! まず城内に残る者の避難を……!」
 目の前の現実に完全に遅れを取る二人を見て、ブランは一喝する。
 だけど彼が一歩踏み出た瞬間、我に返ったソレイユが彼を押し飛ばした。
「っ!」
 よろけたブランは周りにいた兵士によって支えられると、目を丸くして足元に刺さった矢を見る。
 ブランは先程ソレイユの見ていた方角に目を移すが、薄らと見えた人影に口が上手く動かない。
「半分はブラン王を守れ! もう半分は城内に残った者の避難と消火だ!」
 ソレイユは赤の軍勢に叫ぶと、剣の柄に手をかける。しかし抜く事はできず握るだけだった。
 それを見てベルナーは何かに気付いて城を見ると唇を噛んだ。
「俺は、犯人を追うっ!」
 固く目を瞑りソレイユは奥歯を軋ませていたが、何かを誓ったように目を開くと駆け出した。
「駄目……だ、駄目ですソレイユ様!」
 ブランは叫び、それに呼応するようにベルナーも呼び止める。
 しかしソレイユは制止も聞かず城の中に飛び込んだ。

...2012.08.14