Trente et Quarante

第七話:決別/3

 誕生日を迎えたソレイユは、今までの式典など比べ物にならない程豪華な服を着せられていた。
 そして誰が見ても機嫌が悪い。
 使用人達は原因に見当が付かずうろたえている。
 その気まずい空気漂う部屋にルミエールは何も知らずに訪れた。まだ残る傷に配慮した露出の少ないドレスだったが、いつもより少し豪華だ。
 彼女の来訪を使用人達はまるで救世主が訪れたように歓迎した。
 ルミエールは何故歓迎されているのか理解に苦しむが、ソレイユと目が合うなり微笑みを浮かべる。
「ソレイユ、十八歳の誕生日おめでとう」
 彼女は開口一番祝いの言葉を口にした。
「ありがとうございます」
 ソレイユの表情が少しだけ綻ぶ。
 それを見た使用人達は、祝いの言葉が足りなかったのだと思い込むと、口々に祝いの言葉を述べた。
 しかしソレイユはまた不機嫌そうに顔を歪める。
 使用人達は何が悪いのか分からず涙目になると、助けを求めるようにルミエールを見た。
「ええと、服にどのくらい費用をかけたの?」
 ルミエールは彼が不機嫌な理由を察したのか、使用人に聞く。
 使用人達が費用を口にすると、ルミエールは苦笑しソレイユは更に苛立ちを露にした。
「お前達、この国にそんな所にかける金があると思うのか?」
 ソレイユは口の端を吊り上げる。
「前王と同じ気を回すな、できる限り切り詰めろ」
 口調も態度も厳しいが、ルミエールの前という事もありいつもより抑え気味だ。
 しかし使用人達は少し困ったように顔を見合わせる。どうやら原因は彼らが気を回したからではないらしい。
「原因が別にあるのか?」
 ソレイユは訝しげに聞いた。
 使用人達は再び顔を見合わせ、その中の一人が事情を話す。
 事情を聞いた二人は使用人達同様顔を見合わせ、ソレイユは頭を抱えた。
「どうなさいました?」
 事情を把握していない当事者とも言うべき人物は、部屋を訪れるなり首を傾げる。
「リオネル……」
 ソレイユは顔を引きつらせ睨みつけると低い声で名前を呼んだ。
「ソレイユ様、今日は一段とお美しい。ルミエール様もそう思いませんか?」
 リオネルは恍惚とした表情で言うと、同意を求めるようにルミエールを見た。
 以前と印象の違うリオネルに突然話を振られて、ルミエールは困惑する。
「下らない事をルミエールに聞くな、どういうつもりだ」
 ソレイユは不機嫌そうに問う。
 何の事かわからないのかリオネルは首を傾げた。
「お前、この国にこんな物にかける費用があると思うか?」
 ソレイユは服を指し示しながら言う。用意するように言いつけたのはリオネルだったようだ。
 前王の悪行は何も女性に対してだけではない。金遣いの荒さも相当な物だった。豪華に飾る事を周りにも強要するから更に性質が悪い。
 ソレイユが青の国主催の大会に出場したのも、実の所は個人資金を稼ぐ為なほど、税金を使うのは気がひける状態だ。
 しかしリオネルは悪びれた様子を見せない。
「美しいものは美しく飾られるべきなのですよ」
 それどころか、以前にも言っていた言葉を口にして微笑んだ。
 ルミエールはこれがあのリオネルなのかと驚き目を見張る。
「美術品じゃあるまいし、鑑賞されるのはごめんだ」
 ソレイユは吐き捨てるように言った。
 リオネルはクスリと笑う。
「そうですね、貴方は何を着ていようと美しい、今後は気を付けます」
「……わかればいい」
 内心今の言葉にも思う所はあったが、ソレイユは妥協して踵を返す。何を言おうがリオネルはやめないのだから適当に流した方がいいと彼は思った。
 バルコニーに向かう彼をルミエールは追う。
「美術品と同じですよ」
 しかしリオネルの呟きに彼女は振り返る。美術品、その言葉を人に向けて使う事は良い気分がしない。
 だけど彼女の視線に気付いたリオネルは微笑みを浮かべ一礼するだけだった。

 戴冠式を終えて正式に王位を継承したソレイユは、息付く間もなく、今後の方針を決める為会議室に篭ってしまった。
 ルミエールはする事もなく、一人空中庭園で花を眺める。子供の頃と変わらず今もなお美しい。前王が美しい物を好んでいた事の表れのようだ。
 同じように美しいと感じる心があるのに、何故あのように非道な事ができたのだろう。ルミエールはもう解明できない謎に顔を曇らせる。
 ドレス越しに傷に手を当てるとまだ少し傷が痛む気がした。
「私、何でここにいるのかしら」
 ソレイユに戻って欲しいと言われたから、そう考えるのは簡単だ。だけど実際はここにしか居場所がないだけなのではないだろうか。
「実際はどこにも居場所なんて」
 小さい頃に焼き払われたあの家だけが自分の居場所。この城は生贄だった自分の居場所。何故かルミエールはそう線引きしていた。
「ルミエール様、ここにいらしたのですね」
 突然背後から声をかけられルミエールは振り返ると、そこにはリオネルがいた。少し涙目になっている事に気付いて目尻を拭う。
 リオネルは彼女の表情を見るなり悲しげに眉尻を下げた。
「どうして泣いているのですか? 悪者はもういないのに」
 少し困ったように笑む。まるで子供をあやすような表情だ。
「貴方は色々な事を知っているのね、それもソレイユ?」
 ルミエールにとって王が両親の仇である事を彼は知っている。そう感じた彼女は苦笑しながら聞いた。
「それはまあ、ふふ」
 リオネルはまた微笑む。
「ソレイユ、案外おしゃべりなのね。それとも、貴方に心を許しているのかしら」
 肯定と受け取るとルミエールは小さく笑う。
 ソレイユは心配性だ。だけど一人で背負い込む所があるから、誰かに相談しているという事実に少し安心した。
「私も相談してもいい?」
 ルミエールはなんとなく聞く。
 するとリオネルは優しく微笑み頷いて見せた。
「ここは私の居場所じゃない、ソレイユの迷惑にならないかしら」
 傍に居たいのに、自分の居場所とはどうしても思えない。ルミエールは複雑な今の心境を彼に話した。
 リオネルの顔から微笑みが消える。
「これ以上迷惑をかけたくないのに、私……」
 リオネルはルミエールの濁した言葉を自分なりに解釈すると、少し溜め息をつく。
「貴女はソレイユ様の傍で、ただ生きていればそれでいいのですよ」
 そして自分なりの答えを提示し微笑して見せた。
 ルミエールは思ってもいない言葉に目を見開く。
「ただ生きていればいいって……そんなの」
 戸惑い唇を噛む。だけど今の自分は彼の言う通りの存在だとルミエールは思った。
「今までは生贄だからここで生きる意味があった。でも今は違うわ」
 ここから出て行けと言われたいわけではない、なのにその言葉を引き出そうとしている自分の中の矛盾に戸惑いが増した。
「なら、ソレイユ様に捧げられる生贄に、妻になればいい」
 リオネルは微笑んだ。
 ルミエールは彼の言っている意味が理解できない。
「わかりませんか? 貴女の為ならあの方は迷わない、これは素晴らしい事だ」
 だが彼が本気で生贄になるように言っているのは伝わってくる。
「貴女は彼の美しさを輝かせる、それに貴女も彼の傍にいたいのでしょう?」
 リオネルはなおも続けていたが、最後に盛大な溜め息をついた。
「まあ、彼は何か勘違いをしているので、そう望むかわからないのですがね」
 ルミエールは結局何が言いたいのかわからない。ただ今の会話で思い出した事がある。
「そういえば貴方、ソレイユを美術品と同じだって……」
 戴冠式の前に彼が呟いた言葉だ。
「ええ、生きる美術品です」
 リオネルはクスリと笑う。
 その言葉を聞いてルミエールは嫌な気持ちになる。
「どうしてソレイユを物みたいに言うのっ?」
 悲しみに顔を歪ませる。
 ソレイユを取り巻く環境は、今も昔も変わらず悪いままだとそう思った。
「どうしてって」
 リオネルは少し困ったように苦笑する。
「あの馬鹿の者のご子息でありながら、あの方は知力を備えている」
 話が噛み合わない。ルミエールは少し困惑した。
 それでもリオネルは続ける。
「それだけには留まらず容姿も端麗だ。まさに国宝じゃないか」
 同意を求めるようにリオネルは首を傾げた。
 今までの印象と不釣合いな饒舌、ルミエールはその異様な状態に恐怖を感じて後退り首を横に振る。
 リオネルは理解されなかった事に少し寂しげな顔をした。
「わからない子だな、ルミエールは」
 そう呟くと顔を伏せる。
 だけどルミエールは先行した恐怖に何も言わなかった。

 しばらく無言で対峙していたが、さすがに居心地が悪くなったリオネルは、一礼すると彼女に背を向けようとしていた。
「おや、リオネル君」
 しかし背後から声をかけられ足止めされてしまう。
 リオネルは少し不満そうに顔を歪めると声の方向を見た。
「何故このような場所に? ベルナー様」
 名前を呼ばれたベルナーは肩を竦める。
「それは入城許可を得たから、って、そのような顔をするものじゃないよ」
 唇を尖らせて返しているが、その表情はとても楽しそうだ。
「大丈夫、用事があるのは君の方じゃない」
 ベルナーはルミエールに目配せすると、すぐリオネルに視線を戻した。
 ルミエールは戸惑いを露にする。
「貴方がルミエール様に何の用事があると言うのです?」
 リオネルは更に不満を滲ませて言った。
 ベルナーはまた肩を竦める。
「何のって、あの難攻不落って感じのソレイユ王子、いや王が執着するお姫様だろ?」
 楽しそうに言うとルミエールに向けて笑顔を見せた。
 ルミエールは少し困惑する。
「どうしました? あぁ、貴女が彼の実の姉じゃない事なら知っていますよ?」
 ベルナーは首を傾げてルミエールの様子を伺う。
 それを見ていたリオネルは口の端を吊り上げる。
「これって言っちゃ駄目? まあいいじゃない、君は早くソレイユ王の所に行きなよ」
 ベルナーは手を振りながら言う。
 リオネルは怪訝そうに見ていたが、実際にソレイユが呼んでいるという事に気付くと途端表情が明るくなった。
「わかりました、お二人共失礼致します」
 嬉々とした様子でその場を後にするリオネルを横目に、ベルナーは溜め息をつく。
「んー、余計な事はしないでくれそうだけど、さすがにあれは気持ちが悪いな」
 愚痴とも取れる呟きにルミエールはどうすればいいかわからない。
「あ、すみません」
 ベルナーは謝罪しまた微笑む。
 ルミエールは慌てて首を横に振る。
「ソレイユ様に対する彼、少し気持ちが悪いでしょう? 男色趣味なのかな」
 ベルナーは呆れたように肩を竦めた。
 しかしルミエールは複雑な表情を浮かべる。そういうものではない事を彼女は知っているからだ。
「生きる美術品、何だそうです……」
 先程リオネルに言われた事を彼に告げると、溢れてきた涙を慌てて拭う。
 ベルナーは目を丸くすると、今度は明らかに呆れた顔をした。
「でも彼がソレイユ様に価値を感じているなら、マシですよ」
 呆れた顔はそのままで言う。
 わけのわからない理由にルミエールは表情を曇らせた。
 わからなくていい、そういう風にベルナーはまた笑う。
「あの、私に用事と言うのは?」
 困り果てたルミエールは話を逸らそうと用件をすり替える。
 ベルナーは逸らそうとしている事にすぐ気付いたが、「そうでしたそうでした」と楽しげに笑った。
「ルミエール様、貴女、ここには不相応だと考えておられるようですね?」
 ルミエールは口に出した覚えのない事を彼に言われ驚き警戒する。
 ベルナーは落ち着いてと言ってまた笑う。
「占いですよ。他国には縁がないようですが、私の国では盛んなので」
 そう言うと袖からタロットカードを出して彼女に見せた。
 ルミエールは目を瞬かせる。
「呪……魔法の類が優れていると聞いた事は」
「それの一環です、呪術も含めて」
 肩を竦ませベルナーは言う。
 しかし仮にそうだとして何故彼は彼女を占ったのか。そう考えが至ると益々ルミエールは警戒した。
「それは貴女次第で赤の国との関係が決まるとでたから」
 悪びれた様子もなく最初に占ったらしい内容を告げる。
 国家間の友好関係まで魔法頼りなのかとルミエールは目を丸くした。
「これが案外バカにできないのですよ」
 ベルナーは笑いながら言う。
 何かとすぐ笑ってみせるベルナーに、ルミエールは困ったように眉をひそめる。
「結果が具体的ではないのが申し訳ないのですがー、そうだな……」
 だけどベルナーは気にした様子はない。
「ソレイユ様から離れるのは止していただきたい」
 リオネルと同じ事を言うベルナーに、ルミエールは悲しげに顔を歪めてみせる。また生贄か、そう彼女は思った。
「彼は今とても不安定なのですよ」
 しかし予想に反してベルナーはソレイユの状態を語る。
「今度は貴女が、彼を見守る立場に回りなさい、と」
 ベルナーの何かを見透かしているような言葉を告げる。
 ルミエールは俯き気味に今ベルナーの言っていた事を思い返すが、不安定だというソレイユの事が気にかかるだけだった。
 傍にいればそれは改善されるのか、だけど自分の存在が不安定にしているのではないか、周りが傍にいろと言う程彼女は傍にいてはいけないのではないかと錯覚してしまう。
「それに、貴女はここに不相応などではありません」
 得意げにベルナーは言った。
 ルミエールは彼を見ると、不安げに首を傾げる。
 するとまたベルナーは笑う。
「確かに貴女は王の娘ではなかった。だけど貴女は間違いなく王族で赤の姫だ」
 最近思い出したばかりの幼い記憶がルミエールの脳裏を過ぎった。
 両親は何も言わなかったが、兄が度々『知に優れた赤の王族』なのだと言っていたように記憶している。
 そして知に優れたというだけあり、兄はとても優秀だった。祖父母が歴代の中で最も優れていると言う程に。
 しかし古びた本を片手に、いずれはこの国を取り戻さなければいけない、悪者を許してはいけない、これは使命なのだと語る様はとても異常だった。
 それに彼女自身は平々凡々。幼い頃はそれなりに信じていたような気もするが、今となってはとても信じられはしない。
「おに……兄の、戯言ではないと言うのですか?」
 ルミエールは怪訝そうに聞く。
「くっ、戯言だって!」
 ベルナーはよほど面白かったのか、堪えきれないというように噴出す。
 いきなり噴き出すように笑い出した彼にルミエールは変な物を見たように目を丸くする。
「ああ、すみません。お兄様は事実を口にしていますよ」
 ベルナーは笑いながら告げると一冊の本を差し出した。
 ルミエールは恐る恐るその本を受け取る。
「ここでは伝わっていない事がここには書いてあります……まあ」
 語尾を濁らせベルナーはクスリと笑う。
「今までの赤の王は、学が無いから本を読めなかっただけかもしれませんがね」
 ルミエールはリオネルのような笑い方をする彼に少し肩を強張らせた。
 それに歴代の赤の王を嘲笑しているのが少し気に掛かる。今の王がソレイユでなければこの人の発言は国家間で問題になるとさえ思う。
「おや、貴女を苦しめた王ですよ?」
 ベルナーは驚いたように目を丸くする。
「それでも、ソレイユのお父様ですから」
 ルミエールは少し顔を伏せる。何故彼も王が仇なのだと知っているのか気になるが、また占いかもしれない。だから追求するのをやめた。

 夜になりルミエールはソレイユの部屋に戻ると、自分に与えられたベッドに横たわる。
 受け取った本を読もうと頁をめくるが、今では使われていない言語も使われていて思うように進まない。
 仕方なく辞書と交互に睨み合いながら読み進めていると、特に気にかかる情報すら得られないまま睡魔が襲ってきた。
 本を片し枕に顔を埋めた。うつ伏せで寝るのは窮屈だが何故かそのまま眠りを受け入れたくなる。
 しかし彼女が眠りに入る前に、酷く疲れた様子のソレイユが戻ってきた。
 眠気は吹き飛びルミエールは身体を起こす。
「お疲れ様、ソレイユ」
 ソレイユは一瞬目を丸くしたが、すぐやんわりと微笑んだ。
 話を聞くと国政についての方針は簡単に決まったらしい。彼を疲れさせた要因は同じ部屋にルミエールを置いている事で起きた弊害だった。
 ルミエールは自分の我侭を反省する。姉弟ではない成人の男女が同じ寝室を利用するなど、確かに何か言われるに決まっているからだ。
「なので、これを」
 ソレイユは小さい箱を手渡す。
「え、何?」
 ルミエールは受け取った箱を不思議そうに見つめた。
 中身を想像して戻ってきた幼い頃の気持ちが少し高鳴る。ただそれが今の自分の気持ちと同じかはまだ分からない。
「何って、指輪です」
 しかし中身を見る前にソレイユが答えを言ってしまった。
「ど、どうして言ってしまうの?」
 ルミエールは早く開けなかった事を後悔しながら涙目で言う。だけど想像通りの中身に思わず赤面した。
 ソレイユは首を傾げる。
「どうしてって、あの人達は体裁を気にしているのですから、はめておけば欺けます」
 言っている意味がわからずルミエールは一瞬呆気に取られる。しかしすぐ意味を理解した。
 つまりこれは婚約とか結婚とか、そういう意味を含めた指輪ではない。
 そこまで行き着くとルミエールは盛大に溜め息をついた。
 ソレイユは何か不満に思わせてしまったのかと慌てる。
「いいの、貴方は昔からそういう人よね」
 少し目を逸らしルミエールは苦笑いを浮かべた。
 それを見てソレイユは益々大慌てだ。
 しかしルミエールは気にしない。
「欺くって事はソレイユの分もあるの?」
 唐突にまたソレイユに視線を戻すと、首を傾げる。
「は、はい?」
 ソレイユは困惑しながら答えたが語尾が不安定だ。
「どっち」
「あ、ります」
 ルミエールに答えを聞き出すと箱を開けた。
 中に入っていた銀の指輪はどちらも同じくらいの大きさに見える。
 ソレイユの指が細くて綺麗なのを彼女は知っているが、さすがに同じ大きさだと悲しい気がした。
 しかし比べてみると少し大きさが違う。
「ブカブカ」
 試しに大きい方をはめて見るとやはり合わない。それを見て楽しげに笑うとその指輪を外してソレイユの手を取った。
 ソレイユは目を瞬かせる。
「こういう物は、いつも身につけておくものでしょう?」
 ルミエールは微笑みを浮かべると、抵抗しないのをいい事に彼の指に指輪をはめた。そして今度はきちんとはまる。
 指輪のはまったソレイユの手を満足そうに見つめると、自分用の指輪の残った箱を彼に渡す。
「え」
 渡されたソレイユは少し戸惑う。
「はめて?」
 特に意味のない指輪なのはわかっていたがルミエールはそうお願いした。
 困ったようにソレイユは目が泳ぐが、震える手で彼女の手に触れる。
 ルミエールは何故怯えるように触れるのかわからないでいたが、嫌だからという理由ではない事だけはわかっていた。だから何も言わない。
 指輪をはめてもらうと、ルミエールは手を天井に向けてかざす。深い意味はなくても同じ物を付けている事が嬉しくて、思わず笑みが零れる。
「きっと、あの頃と同じなのね」
 幼い頃の気持ちと同じものを今持っている、そう感じたルミエールは思わず呟いていた。
 だけどソレイユは悲しげに微笑む。
「俺……頭がおかしいのかもしれない」
 嬉しそうなルミエールを見て同じように嬉しいと感じているのに、ソレイユの心は晴れやかではなかった。

...2012.07.31