Trente et Quarante

第五話:深紅の花嫁/2

 ルミエールに起きた出来事を知らされ、ソレイユは玉座の間に急いだ。黒の使者が来ているのなら、恐らくそこにいるはずだろう。
 こみ上げる怒りに握りこんだ拳が震えている。
 だけど彼の表情は怒りと悲しみの入り混じった複雑なものだった。
 玉座の間に辿り着くと、黒の使者に対してまるで聞く耳を持たない赤の王がそこにはいた。
 黒の使者が怯え震えている。
 短気な王は今まさに剣を抜き、使者を殺しそうなほどの勢いだった。
 しかしソレイユは動じず、王と使者の間に割って入った。
 無論、使者を助ける為ではなかったが、使者は慌ててソレイユの後ろに隠れる。
「どういう事だ!?」
 ソレイユは声を荒げ王を問いただす。
 だけど彼は王に騙されたという事を察していた。ただそれでも問いつめずにはいられない。
「ルミエールが他人じゃなくなれば手は出さない、そういう約束だっただろ!?」
 怒りに震えるソレイユに王は溜め息をつくと、すぐに皮肉めいた笑みを浮かべる。
 よく考えればこの男はそういう人間だ。だからこそソレイユは余計に腹が立った。
「ルミエールは貴方を父だと認識していた!俺の事だって……っ」
 ソレイユは苦痛を顔に滲ませ俯く。
 赤の王はその様子に笑みを零す。
「お前、随分可愛げのある表情を浮かべるようになったな」
「なっ!」
 ソレイユは怒りを露にして王を睨んだ。
「昔のお前は、無関心でいられたはずだろう?」
 王は喉を鳴らすように笑う。
「感情などなかった癖に」
 ソレイユは反論する事はせず、拳をきつく握る。爪が食い込んで痛みを感じるのに、それを止める事ができない。
「大体、他人でなくなる事などない、娘じゃないのだから」
 王は事実を突きつけると、ソレイユには目もくれず大臣を呼んだ。
 ソレイユは引きとめようと、口を動かすが言葉が上手くでてこなかった。
「だが……惜しいな」
 赤の王は珍しく機嫌がよく、立ち上がるとソレイユの傍に寄る。
「随分王妃に似たじゃないか……」
 そして彼の目の前に立つと、顎を持ち上げた。
「可愛げがあるのなら、代わりはお前でも構わないぞ」
「……!」
 王はソレイユの反応を十分に堪能すると彼を嘲笑し、手を放す。
 背後にいる黒の使者が変な声をあげたのが聞こえたが、ソレイユは何も反応ができない。
 その間にも王は彼らから離れていく。
 そして王に最も忠実な家臣達の名を一通り口にすると、会議室に集めるよう指示し玉座の間を後にした。
 ソレイユはこみ上げる怒りに身体を震わせる。
 ルミエールに王が父親だと刷り込む事はできても、血はどうにもならない。最初から出来ない約束を交わしていた幼い自分に腹を立てた。
 そして母が自分に言いつけた言葉の意味にも……。
「あ、あの」
 後ろに隠れていた黒の使者が申し訳なさげに声をかける。
 赤の姫が王の娘じゃない事実、それを聞かれた。恐らく今の会話で王が次の妻にしようとしているのも気付かれたはずだ。
「国に帰れ……陛下は聞く耳など持たない」
 だけど国の体裁などどうでもいいと感じたソレイユは、無表情でそう告げた。
 黒の使者は一瞬困ったようにしていたが、一礼するとすぐに玉座の間を飛び出す。
「……っ」
 どうしたらいいかわからない。ソレイユは茫然と立ち尽くしそうになった。
 だけどある事が頭を過ぎると、彼は走り出す。
 今、ルミエールは泣いているかもしれない。そう思うと我慢ができなかった。

 ルミエールの部屋の前、ソレイユはその場に立ち尽くしてなかなか声をかける事ができない。
 リオネルのように自分も拒絶される、彼はそう思ったからだ。
 それに何て呼べばいいのか彼にはわからない。白々しくまた「姉上」と呼ぶのか、ソレイユは悩んだ。色々な思いが交錯して、何も感じなかった幼い自分に戻ったような感覚に陥る。
 だけど実際そうはならず、ノックをすると手が震えて変な音がする。拒絶される事を無意識に恐れているようだ。
 ソレイユは自分自身に苦笑し、開かないとわかっているドアノブに触れ、額をドアにあてる。
「……ルミエール」
 呼びかけられたルミエールが中で小さい悲鳴をあげる。
「俺も、怖いですか?」
 ソレイユ自身は笑っているつもりだった。しかし声は震えて、予想以上に今の状況が辛いらしい。
 心配しているのか、心配されたいのか、これではルミエールを困らせてしまう。そう感じたソレイユは、自嘲気味に「すみません」と告げドアから離れる。
 だけど彼が立ち去る前に、ドアの鍵がカチリと音を立て開いた。
「ソレイユ……ッ!」
 ソレイユは驚き、ドアの方を振り返る。
「行かないで……行かないでっ」
 ルミエールは部屋を飛び出しその場に崩れ落ちると、泣きながらソレイユに懇願した。
 ソレイユはルミエールの格好を見て顔が強張る。
 裂かれた衣服から覗く白い肌には、赤い痕が幾つも残っていた。それを隠すようにルミエールは自分自身を抱きしめているが、わざとらしくつけられた痕を、全て隠す事などできない。
「ソレイユまでいなくなったら私、私は」
 母の姿と重なって、ソレイユは目眩がした。だけどそれを堪えルミエールに駆け寄ると、いつも羽織っている上着を彼女にかける。
「泣かないでください、泣かないでっ」
 こんな風に泣かせたくなかった。やはりどこかで選択を間違えたのだと、後悔が彼を支配する。
 ノワールといる事が幸せならそれを叶えてあげたい。ただ王妃の代わりに連れてこられたこの娘に幸せになって欲しいと、そう願っただけなのに……。
 王は黒の王を手にかけ、ノワールは彼女を拒み、ノワールを失った彼女は鳥籠に戻されてしまった。
 ソレイユは自分の腕の中で泣きじゃくるルミエールを優しく抱きしめる。
「ここでは、安心できないでしょう……行きましょう」
 ソレイユはこの場を離れる事を提案すると、リオネルをはじめとした直属の従者を数人呼び寄せ、自分の所有する別邸に彼女を連れ出した。

...2012.06.19