魔法使いの法則

一話:旅立ち/3

 塔に入るといくつかの部屋があり、そこで検査は行われていた。 この国の二学年全員が集められているのだから何部屋も用意しているのは当り前か、遥はそう思った。
 見ればどの部屋も開け放たれている、だが誘導員はそこで止まるようにと促す。 遥は待ちぼうけをくらっているクラスメイトと顔を見合わせた。
「一体どうしたんだろうな?」
「さぁ……ただ、少し嫌な感じがします……」
しばらくすると、一番端の部屋にいた検査員が検査結果と思われる紙を持って外へでて行く。 その様子に遥は何かを察した。
「なんだなんだ?」
「きっと反応がでたんですよ……」
遥は小声でそう言うと、クラスメイトは複雑そうな顔をした。 もしそうなら今のはその生徒を捕まえる為に外に出て行ったに違いないからだ。 もちろん複雑なのは遥も同じだった。
 誘導員は端の部屋を一時的に閉鎖すると、再び生徒達の誘導を開始する。 遥はクラスメイトと別れ、誘導された部屋の中へ入った。
 部屋の中に入ると学校では見かけない人達が数人座っている。 その中でも特別目を惹いたのは、真中の席に座っているピンク色の髪をした女性。 今だしっかりとした羽を持った天使の女性だ。
 その女性が立ち上がるとその拍子に純白の羽根が数枚舞い散る。 それはとても幻想的で遥は見惚れていた。
 天使の女性は「はい」と一枚の紙を手渡した。 遥はそれを眺めると、そこには聞き覚えのある言葉が並べられている。詩だ。
「(これ、母さんがよく歌ってくれていた……)」
受けた説明によると、ただ言葉を紡げばいいらしい。
「(どんなリズムだったっけ……確か……)」
次の瞬間遥は普通に唄い出していた。 検査員は動揺していたが、遥の目には入らない。
 全部歌い上げ遥は視線を検査員に戻すと唖然としてこちらを見つめていた。 それに遥はハッとする。 検査にも関わらず普通に唄われても相手は困るだけだろう、遥は動揺のあまり紙を落す。
 しかし慌てて紙を拾い上げようとすると、先程の女性はクスクスと笑っていた。
「とても楽しそうに唄うのね、綺麗な歌声だったわ」
そう微笑まれ、遥は顔を真赤に染めた。 むしろ咎められると思っていた遥からすると意外な反応だ。
「あ、ありがとうございます」
紙を拾いそれを検査員に返すと、遥は深々とお辞儀をして部屋を後にした。
 その直後、検査員の一人が検査結果をその女性に報告する。
「やはり……あんなに綺麗な歌声ですものね」
天使の女性は髪の毛を弄りながらそう呟く。
「生かして捕えなさい……我が友の忘れ形見に傷を付けたら承知しませんよ」
女性は周りにそう告げるとその部屋をでていった。

 検査を終えた帰り道、遥は人通りの少なさにキョロキョロと辺りを見回した。
「(いつもこんなでしたっけ……?)」
本来なら学生は学校にいる時間だからだろうか、 だが二年生らしい学生すら見かけない、遥は言い様のない胸騒ぎがした。
 しばらく歩いていると、後ろから誰かが走ってくる音が聞こてきた。
「黄泉!!」
突然名前を呼ばれ遥は振り返る。 振り返った先に居たのは継とその取巻き達で、 全員手に武器を持っている。
「……何の真似ですか、言葉で勝てないから暴力に物を言わせようとか?」
遥は口の端を引き攣らせ後退る。 しかし彼らは聞く耳を持たず、普段口を挟まない継も「捕まえろ!」と叫んだ。
「……っく!」
抗議しても意味がないとその場を逃げ出すが、 体育の授業はサボりがちで体力の落ちている遥が逃げ切れるはずもなく、 すぐに取巻きの一人に腕を掴まれた。
「放してください!」
そう叫ぶと相手の振り解こうと足掻く、 しかし力の差は歴然で、遥は自分の弱さを思い知り涙がでそうだった。
「折角長の命令されたんだ、逃がすわけねえだろ!」
強く掴まれ更に振り解こうと力を入れてる所為か、掴まれた個所がズキズキと痛んだ。
 力の差に屈し遥は抵抗を止め、腕を引かれるまま歩き出す。 何より長の命令という事は、検査に引っ掛かったのだろう。 逃げたところでどうしようもない。
 しかし母の言残した言葉を思い出し、遥は悔しさに唇を噛んだ。
「(この言葉の続きを知りたかったのに……)」
それは遥がどれだけ考えてもわからない言葉。 考える事はできても、それは自分が都合よく作った言葉にしかなりえないからだ。
 一つ目は『恨みや憎しみは捨てなさい』、二つ目は『許しと安らぎを与えなさい』、そして最後は『そうすれば楽に―……』。
 美姫は遥が忘れないようにと、毎日歌に乗せて教えていた。 だが『そうすれば楽に』の続きをどうしても思い出せない。 苦しくて悲しくて辛いあの日に蓋をし目を背けている所為かもしれない、遥はそう思っていた。
 遥は自分がどうなるのかを考えて沈んだ目をしていたが、最期に……と口に出す。
「恨みや憎しみを捨て、許しと安らぎを与え、楽に―……」
やはり続きは思い出せない、遥は溜息を付いた。
 その時、遥を包み込むようにどこからともなく光り輝き始めた。
「うわあああぁぁぁっ!!」
遥はあまりの眩しさに目を閉じ、継達も目を伏せ「なんだよこれ!」と口々に叫んだ。 突然の出来事に遥を掴む手も放れた。
 とても強く眩しい光だが、どこか優しく何かに包まれてる感覚に遥は心地よさを感じ身を委ねた。
 しばらくして光が消えた時、彼らの前から遥も姿を消していた。

 「……―そして、気付いた時には時計台にいたんです」
暗い小屋の中、遥は声を潜めて今日あった出来事を話し終えた。
 思い出せば思い出す程、今日はまるで良い事がないように思う。 遥は内心苛立って仕方なかったが、助けてもらった男性に当る訳にはいかない。 だからグッと堪えた。
「これで話は終わりです」
気持ちを抑えそこで話を切ると、今まで黙って話を聞いていた男が口を開いた。
「そして彷徨い、次に気付いた時には母の墓石の前に居たのか」
図星をつかれ「う……」と遥は視線そらした。
 男はそこにはあえてふれず、ジロジロと遥を見回す。 遥は珍しい観察や分析をされているような様子に感じ、良い気分はしなかった。
「なんですか?僕は見世物ではありませんよ」
「……すまないな、遠い知り合いに似ていたものでな」
男は謝罪すると、視線をそらした。 だが何か引っ掛かる事があるような表情を浮かべている。
「似ているのは当然なんじゃないですか?」
遥は思った通りの言葉を返した。 男は「何……?」と、遥を凝視している。 それは何かに驚いたような、恐怖したようなそんな様子だ。
 遥は何か間違った事を言っているだろうかと、首を傾げた。
「だってそうでしょう?貴方の知人である母の息子なんですよ?」
一瞬男は止まってしまったが、次の瞬間「その通りだな」と言って苦笑した。
 遥は何かが引っ掛かったが、 この話を続けると大事な事をはぐらかされそうでここは堪える。
「それよりも、貴方は何者なんですか?」
遥は単刀直入に聞いた。
「今頃それを聞くのか」
男の返事に遥は思わず唸る。 完全にしらを切る気だと思ったからだ。
「"今語る時ではない"と言ったのは貴方じゃないですか!」
小声でありながらも遥は叫ぶように言う。 男は目を伏せ回答を考える、そして遥に一度視線を戻すと何か結論を出したような素振りを見せる。 遥は答えを期待して男をジッと見つめた。
「今話す必要を感じない」
男はそういうと立ち上がりドアへ視線を移した。
「は?」
答えてくれるものとばかり思った遥は、呆気に取られ目が点になる。 その間の抜けた顔を見た男は溜息をついた。
「聞こえなかったか?やがて嫌でも話す時がくる、その時まで待て」
遥はその態度に少し口の端を引き攣らせた。
 しかししばらく考えていると"やがて"という言葉が気になり、今度は愛想笑いを浮かべる。
「まるで再び会う日が来るような言い方ですね」
男は遥の顔を眺めると、その愛想笑いを含めた意味で軽く笑った。
「君自身が消えない限り嫌でも会うだろうな」
「嫌な事言いますね……」
遥は愛想笑いで蓋をしていたのに再び口の端を引き攣らせた。 だが確かに無事この国を抜けられる保証はない。 遥は自分が死ぬかもしれない事実をその言葉で思い出した。
「(人の気も知らないで……)」
遥は複雑そうに顔を歪めた。
 男は遥の気持ちを他所に外に人気がない事を確認する。
「大丈夫そうだな、行くぞ」
そう言うと男はドアに手をかける。 しかし遥はその行動を小声で止めた。
「待って下さい、せめて名前を……」
そして最後に「名前を呼んでお礼を言いたいんです」と付け足した。
 男にジッと遥は見つめられ肩をピクリと震わせるが、 負けるものかとジッと見つめ返した。
「……月」
男は俯きボソッと呟くように喋り、遥は「え?」と首を傾げる。 遥が聞き取れなかった事に気付くと男は振り返る。
「私の名前は赤月だ」
男―赤月がそう言うと、まるでその名前に魔法がかかっているかのように辺りに風がふいたように感じる。 赤月の顔を隠している布がその風で少し舞い上がり、鋭い眼光が遥の目に映った。
 遥はその一瞬の表情にドキッとした。 同じ男として憧れを抱いたのかもしれない。
「えっと、僕は黄泉 遥です。母とは綴りが違うんですけど……」
「知っている、君は一文字だったな」
「あ、やはりご存知なんですね?」
遥は母の知人のそのような説明は不要だったかと、思わず笑ってしまった。
 しかし赤月はその笑顔を見て顔を伏せてしまい、そのまま小屋を出ようとドアに手をかける。
「赤月さん?」
遥は困り顔でそう声をかけ、赤月のすぐ傍に寄る。 それにより一瞬赤月は遥を見たが、またすぐ顔を伏せた。
「……悪いな」
突然の謝罪に遥は意味がわからず首を傾げた。
「あの、何故赤月さんが謝るんですか?」
そう聞くと赤月は再び遥を見た。 遥は首を傾げたまま笑顔を向ける。 しかし赤月の目は苦渋の表情を浮かべてるように遥は感じた。
「……いや、気にするな」
その言葉を聞いた遥は一瞬目を見開いた。 遂数時間前、駿に言われた台詞と同じだ。 ただ偶然だろうと思いながら、瞬間的に顔が歪んだのがわかる。 そして二人が気にかけている事は、同じ事柄なのではないか遥は思った。
 しかし遥は首を横に振り自分の考えを否定する。
「(何考えてるんだ僕は……)」
だが本当に何かを申し訳なく思っているようだった。
「(一体何に謝っているのだろう……)」
遥は気になったが、本人はきっと答える気はないのだろう。 その証拠に遥の様子も気にせず赤月は先に外へでてしまっている。 仕方なく遥は何も聞かず赤月の後を追うように外へでた。
 「あ……」
暗い小屋をでた瞬間、外の眩しさに遥は目を覆う。 しかし眩しさに目が慣れてくるといつもと変わりない雰囲気に何故か寂しさを感じた。
 赤月に早く来るようにと急かされ、遥は後を追う。
「(この見慣れた景色を心に焼き付ける余裕はないんだ……)」
遥は残念に思いながらも赤月に付いてグランスの西側へ向かった。
 人気のない道を通っているのか誰とも出くわさない、それが逆に不気味に感じた。 そしてある一角に差し掛かると赤月は立ち止まる。
「この辺りだったか……」
「何がですか?」
赤月は遥を一度振り返るとすぐ視線を外し辺りを見回した。
「ここに"君の協力者"が来るんだ」
「協力者?」
目しか見えていないのに、赤月の表情はどこか不満そうなのが判る。 しかし遥が考えている事などお構いなしに赤月は続けた。
「自分の意志のない奴だが、君がここをでる為なら協力するはずだ」
「信じて大丈夫なんですね?」
赤月は簡単に「あぁ」と返す。
「なら信じます」
遥はそう言うと微笑む。 それは心を許した相手にしか見せない遥の本当の笑顔だ。
 赤月は一瞬戸惑ったが少し寂しそうな微笑みを返してきた。 そして何も言わず踵を返す。
「行ってしまうんですか?」
「私がこの街に居ると嫌がる者がいてな……」
赤月は先程とは違い苦笑いを零した。 遥は何故グランスに入れたのか疑問に思ったが、詮索するような真似はよそうと言葉を飲み込んだ。
「赤月さん、ありがとうございました」
何の疑いもないその感謝の言葉に赤月は戸惑ったが、再び少し寂しそうに微笑むと謎と遥を残してその場を去った。
 赤月は遥の住む家付近まで足を運ぶ。 何かを思いながらその家を見上げるが、軽く溜息を付くとその場を去ろうと踵を返す。 しかしある声が赤月の足を止めさせた。
「おい、あんた」
そう呼び止められ赤月は聞き覚えのある声に振り返ると、彼の視線の先には麗羅が立っていた。
 赤月の表情は先程遥に向けていたものではなく、明らかに友好的ではない。 そして麗羅も普段遥達に見せてるような軽い感じは一切なく、冷たい表情をしていた。
「遥君は麗羅、君の指定した場所に連れて行った。あとは好きにすれば良い」
「そりゃどうも」
麗羅はお礼とは程遠い態度で返した。
「つーか、あんたにとって遥は邪魔なんじゃねーの?何で助けてくれんだ」
「憎めない子供だからだ」
憎めないってな……と麗羅は訳がわからないと言うように両手をあげる。 その様子を赤月は不機嫌そうに眺めていた。
「人攫いが妙な事言うじゃねーか」
麗羅は蔑んだ笑みを浮かべながらそう言い放った。 しかし赤月は何も反論せず、二人の間に沈黙が走る。
「あんたの所為でどんだけの人間が不幸になったと思ってんだ?」
更に麗羅は「今頃手の平返す気か?」と続ける。
「その事実に言い訳する気はない」
赤月は顔を背けるが、特に表情は浮かべなかった。
 しばらく麗羅は無表情のまま、赤月を見つめる。 そして赤月も、まるでお互いの出方を伺っているようだ。
「大体、あんたは遥を見捨てた方が良かったんじゃねぇの」
「彼女の死で状況が変わっただけだ」
赤月は唇を噛むと「いや、まんまと乗せられたと言うべきか……」と続けた。
 その様子を見ていた麗羅は見下すようにケラケラと笑った。
「恨みなんざ買うからそういう事になんだよ」
そして吐き捨てるように言う。 しかし目はまるで笑っていなかった。
「で?このまま置いておくのも危険だから外に出して様子見ってか?」
「……あぁ」
「本当勝手だな」
麗羅はそう返すと赤月を睨みつける。 しかし、すぐそれは溜息にかわった。 二人共複雑な状況に置かれているようだ。 だが二人が敵対している事実にかわりはなかった。
 またしばらく沈黙を作ると、赤月が家を見つめながら口を開いた。
「あの子は……どうしている?」
「あんたがいたから家に置いてきたけど?」
麗羅はイジメを楽しむ子供のように意地悪い笑みを浮かべた。
「感謝する……」
しかし麗羅の態度とは裏腹に赤月はそう微笑む。 麗羅は面白くないという風な顔をしたが、 自分の持っていない羽で空へ飛んでいってしまった赤月を咎められるはずがない。 麗羅は赤月が舞い散らした漆黒の羽根を睨みつけた。

 武器を持った麗羅は遥がいるであろう辺りに向かっていた。 遥に麗羅、そして茜が住んでいる家からは西の方角だ。
 しばらく黙って麗羅に付いて来ていた茜だったが、 遂に我慢できなくなり早いペースで歩き続ける麗羅の袖を掴んだ。
「ねえ……どうして剣なんか持ってくの?」
「んなの決まってんだろ」
麗羅は普段の様子では想像つかないほど不機嫌そうな顔をしていた。 茜は少し気迫負けしつつも話を続ける。
「だって相手は遥だよ?幼馴染で親友じゃない!」
「こうするしかねえんだ、仕方ねぇだろ!」
その理由のない言葉に茜は間違ってると言う風に首を振った。
「魔力を持ってるってそんなに悪い事?遥は遥なのに!」
彼女の言っている事は間違ってはいない。 魔力を持っていようが彼の人間性がかわるわけではないのだ。 実際にクラスメイト達も連絡は行っただろうが遥を捕まえようとはしていなかった。
 話を適当に流していた麗羅だったが、あまりのしつこさに茜の肩を掴むと顔を覗き込む。 真剣でいてどこか怖い目が射抜き茜は肩を震わせる。
「十七歳の魔力所持者を捕まえるのはこの国のルールだ!」
麗羅は今にも泣き出しそうな悲しい目をした茜を見て、 やりすぎたと思ったのか唇を噛み手を放す。 そしてそれ以上は何も言わずスタスタと再び歩だした。
 一方、遥は赤月の残した言葉の意味を考える。
「(自分の意志のない奴……か……命令に忠実とは違うのかな?)」
遥は腕を組んで唸りながらブツブツと自問自答していた。
"君の協力者"という事は、赤月には友好的ではないが遥には力を貸してくれるという事なのだろうか。 大体何故誰か検討がつかない人が自分に協力してくれるのかも疑問だ。
「(謀られてる……何て事はないですよね?)」
遥はそこまで考えていけないという風に首を振る。 ここ数年何かと人を疑って生きている気がして反省した。 こんな自分を見たら母はどう感じるだろう、そう思うと遥は胸が痛かった。
「(どちらにせよ、他にできる事もない、信じよう)」
そんな言葉が脳裏を過ぎった時、三人の時が重なった。
 「遥!」
不意に聞きなれた声に呼ばれ、遥は驚いて振り返る。 幼馴染二人の姿を見初めると遥は複雑な表情を浮かべた。
「茜……それに麗羅じゃないですか……どうして」
協力者というのはこの二人の事なのだろうか、遥は思った。 しかし、二人が外に出る方法を知っているとは思えない。 特に茜は生まれからグランスの住人、遥や麗羅のようにこの国に亡命してきた者ではない。 最も遥は、物心付く前にはもうこの国に居たので外を覚えてはいないのだが・・・。
 そして視線を落した遥は何かに気付き、気心しれた二人でも傍に寄るのを止める。 麗羅が剣を手にしている事に気付いたからだ。
「気付いたか遥、こういう事だ」
麗羅は剣を抜くと、遥の方に突きつけた。
「なるほど……貴方も継達と一緒って事ですか」
麗羅は苦笑しがちに強がりを言う。 その瞬間麗羅は髪をかきあげ横を向き、そしてまた遥に視線を戻すという不自然な動作をした。
 不自然な動作に何か感づいた遥は身構え麗羅の出方を伺う。
「麗羅やめよう!やっぱり遥は遥だよ!」
二人の間に茜が割って入り、鞘を持っている方の腕を握りそう叫んだ。 遥は一瞬気がそれて茜……と呟くと、麗羅に向き直る。
「魔力を持つ事は悪い事何ですか?ここに存在してはいけないって理由になるんですか?」
「聞かなくてもお前は判ってんだろ?該当した時点でここに存在する事は許されねーんだよ!」
麗羅はそう言い放つと茜の腕を振り払い遥に向かっていく。 遥は身構えたまま瞬きをせずに麗羅を見つめる。 茜は耐え切れず目を固く瞑った。
 麗羅は振りかぶるようにして遥目掛けて横に斬りかかる。 しかし遥は大きく振りかぶったその瞬間に麗羅目掛けて跳躍し、彼の肩に手をかけ更に高く飛び上がる。 そしてその勢いに任せて彼の背を踏み台にしその背後に着地した。
 麗羅と遥は振り返り、お互い視線を交わす。
「ここに存在する事が許されないなら、お別れですね」
茜は遥の声に気付いてそっと目を開く。 しかし遥はそう言い放つとすぐ茜を横切りどこかへ走りさってしまった。
「は……遥!」
茜は今にも泣きそうな顔でそう名前を呼んだが、遥の姿はもう見えない。 麗羅は何も言わず、剣を鞘にしまった。
 残された二人の間にしばらく沈黙が流れる。 そして時間が経てば経つほど茜の中でそれは麗羅への怒りに変換されていく。
「麗羅!」
「あ?」
麗羅が返事をすると、茜はいきなりボカボカと叩き始めた。 それを想定していたのか、麗羅は顔だけはガードしている。
「バカ!バカァ!酷すぎるよ!当ってたら遥死んじゃったかもしれないのに!」
「痛ッ!お前いい加減にしろよ!」
麗羅は茜の手首を掴むと呆れ顔で溜息をついた。 茜は目尻に涙を溜めたまま腕を振り解き、何も言い返さず麗羅を睨む。 その様子に麗羅は再び溜息をついた。
 二人は一切会話しなかったが、今にも泣き出しそうな茜の様子に麗羅は口を開きかけた。 しかし誰かが近付いてくるのに気付き茜を後ろに追いやると麗羅はその方向を振り返る。
「淳、黄泉は見つけたか?」
現れたのは千夏 継とその取巻きだ。 相変わらず継はあまり口を聞かず、取巻き達がごちゃごちゃと喋っている。 麗羅はそのタイミングの良さに小さく舌打ちをした。
「追い詰めたんだけど逃げられちまった」
愛想笑いを浮かべそう告げる。
「あいつは一人だったか?」
この質問に麗羅は一瞬顔を顰める。 赤月と継達が鉢合わせた事など聞いていない。 面倒事増やしやがってと麗羅は心の中で赤月を呪った。
「は?一人だったけど?」
そう答えると継は「そうか」と言い、取巻き達に手分けして探すよう指示を出した。
 麗羅は質問も捜索も他人任せな継の態度に少し口の端を吊り上げ不機嫌になる、 しかしこれ以上一緒にいると面倒だと茜を手招きし「じゃあな」と踵をかえした。
「待て淳」
だが継はそれを許さず麗羅の手首を掴む。
「んだよ?」
麗羅は継を睨みつけるが継はまるで動じない。 むしろ取巻きがいない時のほうが彼は強気だとさえ思える。
「お前も微弱だが反応がでている、逃げ回っていたからには気付いてるんだろ?」
「……え?」
その瞬間茜は先程の遥とのやり取りと今知らされた事実とで混乱した。 麗羅は更にきつく継を睨みつける。
「お前にも来てもらう」
継は無表情でそう言い放つ。 しかし麗羅はクククと笑い始めた。
「……鍛練怠ってたからな、やっぱ反応でちまったか」
そう言うと継の腕を振り払い、剣をすぐ後ろにいる茜に投げ渡す。 茜は意味もわからずそれを受け取り、麗羅は茜の腕を引き継に背を向けて走り出した。 遥が走り去った方向だ。
「鍛練……お前ラーンデットの回し者なんだな……!」
「ここの警備が薄かった所為でな!!」
麗羅はそう嫌味っぽく返すと今度は茜を抱きかかえた。 茜は顔を真赤にして身体を強張らせる。 しかし暴れれば麗羅も囚われるという事を理解し茜は暴れる事はしなかった。
 行き止まりに差し掛かり、茜は継に追いつかれてしまうと内心焦る。 だが麗羅はゴミ箱や出窓の縁などを伝ってあっという間に建物の屋根に登ってしまった。
 麗羅が抱えている茜を見ると、さすがに堪え切れずビクビクと震えていた。
「待て淳!!」
継は追いかけようとしたが、運動神経も良く何よりラーンデットで訓練を受けていると思われる麗羅に追いつけるはずがない。 継が屋根に登った頃には麗羅達は屋根伝いに移動していて影も形もなかった。

...2008.10.16/修正02