美しく長い金髪。
それをなびかせながらイヴルはある場所へ向かっていた。
その廊下を忙しそうに駆け回る人々は、彼を見初めれば必ず足を止め深々と頭を下げる。
しかし周りには目もくれず、まるで自分以外存在していないかのように前だけを見据えて歩いていく。
その綺麗な青の瞳は暗く、鋭く細められていた。
「兄さん、帰っていたんですか?」
そんなイヴルに忙しそうに駆け回る人々の中心にいた人物が声をかけた。
不意に声をかけられイヴルは歩みを止めその方向を見た。
聞き慣れたその声の主は、同じの金髪、赤色の瞳を持った彼に酷似した少年だ。
しかしその表情はイヴルと違い穏やかで、何より髪が短かった。
少年は壁に寄りかかり二コ二コと笑っている。
そして部下なのだろうか、周囲の者に合図をするとイヴルに歩みよる。
「用がないなら声をかけるな、ウォーシップ」
イヴルはムスッとして腕を組んだ。
ウォーシップと呼ばれた少年はフゥと溜息を付く。
「急に目の奥が熱くなったので心配していたんですよ?」
ウォーシップはそう言って微笑むとイヴルに軽い抱擁をした。
そして「おかえりなさい」と背中をポンポンと叩くとそっと離れる。
まるで壊れ物を扱うように慎重だ。
「僕とは限らないだろう、アスファルかもしれないじゃないか」
イヴルは見透かされている事に不満を露にして言った。
「いえいえ、天邪鬼なアス君では繊細さに欠けますから」
ウォーシップはそうケラケラと笑う。
イヴルは何が面白いんだと言うように呆れると、「いい加減にしろ」とウォーシップを小突いた。
その指摘にウォーシップは何とか笑いを堪えると、笑顔は崩さずイヴルに向き直る。
「私やアス君を頼ってくださいよ?兄さんの痛みは私達の痛みになるんですから」
そう言い聞かせるようにウォーシップは言った。
「……考えておこう」
イヴルはそう言って微笑すると踵を返し、再びある場所に向かって歩き始めた。
朝を向かえたアミルト達三人は宿で朝食を取っていた。
だが三人の食は細く、テーブルに置かれた三人分の食事は中々減らない。
三人共睡眠も満足に取れていない程深く悩んでいて食欲がないのだ。
「ちょっと貴方、それにアレン……男性なんだからもっとお食べなさい」
シェールはそう言うと食事の乗った皿を二人の前に押し出した。
「シェールさんこそ、もっと食べないと身体に悪いですよ」
アミルトは苦笑いを浮かべて他の二人の方に近づける。
「私は食欲がないんだ、これは二人で食べろ」
そしてアレンもまた食事を他二人の方へ近づけた。
「だ、駄目だよ!兄さんが一番体力使うと思うし!」
アミルトは再び今度はアレンの前に食事を追いやった。
「食欲がないと言っているだろ、それに魔法を使うシェールの方が……」
アレンはそう迷惑そうに言うと、今度はシェールに皿を押し付ける。
「貴方達、女性にこれだけの量を食べさせるつもり!?」
シェールはそう怒りを露にすると、その皿は再びアミルトの元へ戻る、まさに同道巡りだ。
このやり取りが小一時間ほど繰り返されている。
そんなに嫌なら残せばいいのだろうが、
食物は貴重な上三人共それほど裕福ではなかった事が影響しているのだろう。
その食事を粗末にするような事は避けたかった。
「わかった……三等分にしよう、これなら文句ないだろ?」
アレンは頭を抱えながらそう提案した。
一時間も擦り付け合いが続いた所為で食事はとうに冷え切っている。
これを全部押し付けられてはたまったものではないからだ。
「三分の一なら……」
「頑張ってもよろしくてよ……」
二人はそれに同意し、それぞれの受け皿に三等分する。
やむをえなくそれを口に運ぶが、冷え切った食事が更に三人を暗くさせた。
「……どうしようか」
「何がよ」
アミルトが苦笑しながらそう呟くとシェールは呆れ顔で聞き返した。
「これからどこに向かうか、か?」
アレンはそう助け舟を出す。
だが二人の返事は待たず、頬杖をつきもう一方の手に持ったフォークで皿の上にウィンナーを弄ぶ。
そしてそれを刺ししばらく見つめていると覚悟を決めたように口に運んだ。
「そう、それだよ!昨日はそれどころじゃなくて決められなかったし……」
アミルトは相槌を打つように言うと、
自分の持っていたウィンナーを刺したフォークをアレンに向ける。
アレンは自分の事は棚に上げ「行儀が悪いぞ」と注意した。
「魔士がどこに向かったのかわかればねぇ」
シェールはそう呟くとウィンナーを半分口に運んだ。
普通に進む会話にアミルトは首を傾げる。
「あれ?シェールさん帰るんじゃないんですか?」
その言葉で辺りが沈黙につつまれる。
周囲でしていた賑やかな笑い声すらも一瞬止まったように感じた。
「貴方わかってないわね」
シェールは呆れたように溜息を付くとフォークをアミルトへ向けた。
アレンが「行儀が悪いぞ」と注意するが、彼女には届かない。
「な、何が?」
アミルトは首を傾げて苦笑いを浮かべた。
「いい?私はアレンデが何故死ななければならなかったのか理由が知りたいの」
シェールは自分の考えをぶつけた。
「そうする事で悲しみを静められる、その上知的探究心が満たされるのよ」
二人は意味がわからず首を傾げた。
悲しみというところは判る、しかし知的探究心とは一体何のことだろうか。
「ただの言い伝えかと思われていた天士や魔士よ?」
その言葉を聞きアレンはああ……と察したように力を抜いた。
アミルトは今だ判らず今度は怪訝な表情を浮かべる。
「魔士を追えばデータが採取でき、倒せば更に詳しいデータが作れるのよ!」
シェールは熱弁をふるうと、フフッと笑いフォークをおろした。
アミルトは見た事のないシェールの笑顔に頬を赤らめる。
「それに、私には探しものがあるしね」
アレンはもくもくと自分の分の食事を口に運んでいたが、不意に手を止めた。
「腹違いの兄の事か?」
「えぇよく知ってるわね、アレンデに聞いたのかしら?」
シェールはそう聞き返した。
アレンは「まあそんなところだ」と苦笑した。
「シェールさん、兄がいるんですか?」
「一応ね、あまり覚えていないけど」
シェールの返事にアミルトは「それって探しようがないんじゃ……」と首を傾げた。
しかしシェールはアミルトの様子を気にも止めず、食事を再開した。
「アミルト、喋ってばかりいないでさっさと片付けろ」
アレンがそう言って溜息を付くと、アミルトはッハとして目の前の食事を食べ始めた。
「レーファスでいいんじゃないか、情報収集するにせよ大きな街にでるのが一番だろう」
アレンがそう提案すると二人は口をもごもごとさせながら頷いた。
その二人の様子を見てアレンはまた「行儀が悪いぞ」と苦笑したのだった。
三人はチェックアウトを終えると宿屋をでた。
外は少し風が強く、弱々しく生えた木々を揺らし葉が散っていく。
「今日は風が強いわね、レーファスまで何日かかるかしら」
シェールは風になびく髪を抑えながら言った。
「そんなに遠いんですか?その途中に村とかあるのかな……」
アミルトは困り顔で唸った。
レーファスまでの道のりがどれだけあるのか知らなかったからだ。
男二人旅なら野宿も気にしないが女性がいるのだ。
気を使わない方がおかしい。
「貴方お坊ちゃんなのね、でも野宿は覚悟しておいた方がいいわ」
シェールの言葉にアミルトは呆然とした。
気を使ったつもりが自分が温室育ちと勘違いされてしまったようだ。
アミルトはショックを受け落ち込んだ。
「アミルトは村からでた事がないんだ、野宿なんてした事がないな」
アレンがそうフォローを入れるとアミルトは更に落ち込んだ。
シェールは口に手をあて「あらそうなの?」と驚いた。
「まあ野宿したくないのなら素早く行動すればいいのよ、行きましょう」
そうアミルトに言うと出口の方を指刺した。
しかしその指差した方向を見てアレンは訝しげな表情を浮かべると、
宿の前でと足を止めた。
旅人らしき人物がこの村にやってきたのだ。
こんな辺境にわざわざくる旅人は少なく、
恐らく最終目的地はアミルト達の故郷であるあの村になるだろう。
あの事件で起こした光は天までのびていたしあの眩さだ。
最低でもこの大陸にいたものなら誰しも目にしたはず。
にも関わらずあの村に向かうというのはよほどの物好きだ。
「貴方、この先の村に向かうのなら止めておいた方がよくてよ」
シェールは通り過ぎ様にそう助言した。
その旅人は長身でダークブルーの短髪、青くそして緑色のような瞳が三人を見つめた。
「何故だ?」
旅人は訝しげに聞き返す。
シェールは知らないの?という風な素振りを見せた。
「光の柱を見なかったかしら?あれが起きた日にこの先の村は滅んでしまったの」
シェールの言葉を聞くなり旅人の細い目が大きく見開かれた。
そして「だからか……」と呟くと全ての状況を飲み込んだように頭を抱えた。
「誰かに会いに来たんですか?」
アミルトは悲しげにオロオロと聞いた。
「連れが故郷へ帰っていた、何やら胸騒ぎがして来てみれば……」
旅人は表情はあまり変えず言った。
しかし三人のやり取りを聞いていたアレンはその旅人の腕を突然掴んだ。
「ちょっと来い……っ」
「お前は……」
アレンを見初めた旅人は彼の顔を見つめ小さく何かを呟いたが、
その言葉を飲み込みへ入っていった。
「兄さん!?」
アミルトは突然の事に驚き叫んだが、アレンは何も言わずズカズカと中へ進んでいってしまった。
その場に取り残された二人は風の冷たさに耐え切れず再び宿に入る事にした。
部屋に忘れ物をしたとフロントに言い、アレンは自分の泊まっていた部屋に入り鍵をかけた。
そして掴んだ腕はそのまま旅人を振り返ると旅人も何も言わずアレンを見つめた。
「……お前は何だ?」
旅人は沈黙を破った。
「私は……アレンだ」
アレンがそう答えても旅人は何も言わない。
「連れの名前は……?」
旅人は腕を振り解こうとはせずアレンをしばらく見つめた。
聞かなければいけない理由があるのだろうと旅人は閉じていた口を開く。
「アレン・バートミアス」
アレンは予想通りの名前に思わず俯いた。
旅人はその様子に聞き返さずにはいられない。
「アレンに一体何があるんだ」
そう聞かれたアレンの足元は昨晩のように涙で濡れていた。
...2009.05.15/修正01