Genocide

 十一月二十四日木曜日、私は昨日記憶を取り戻した。 だけど再びゲーム盤の上に戻ってきたという自覚はなかった。 リツ君が自首する意志を固めている以上恐ろしいゲームは止まったと言っていい。 あとは、夜観之君だけなんだ。
 私は少し遅めに学校に着いた。 特に理由があるわけではなく単純にゆっくりしていただけだ。
 廊下を歩いていると見覚えのある人物が俯きながら歩いてきた。
「夜観之君!」
 私は声をかけた。
 夜観之君はピクッと身体を揺らすと私を見た。 具合が悪いのだろうか顔色が悪い。 だけど更に青褪めていくのを見て原因は私というのがわかった。
「いきなり名前呼んじゃってごめんね!記憶戻ったから……つい」
 私は思わず謝罪すると、夜観之君は唇を噛み締めて首を横に振った。
「その苗字嫌いっつったろ?そんな事気にしちゃいねーよ……悪ぃ」
 夜観之君は苦しげに笑うと私を横切っていった。
「や、夜観之君授業……」
「気分悪ぃから保健室、そう言っといて」
 私の問いに夜観之君は振り返らず、手を振って答えた。 聞きたい事はいっぱいあるけどそれ以上引き止める事もできなかった。 それは夜観之君が震えていたからかもしれない。
 夜観之君の姿が見えなくなると入替りでリツ君が姿を現した。 私以上に遅い登校だったようだ。
 リツ君は私の姿を見初めると唇をきゅっと噛み締め立ち止まった。
「おはよう……あの、夜観之君気分悪いから保健室だって」
 私は軽く挨拶をして夜観之君の事を伝えた。
「……そう」
 リツ君は軽く顔を背けると気のない返事をする。 二人共明らかに様子が可笑しい。 記憶をなくしていた間も今思えば可笑しい所はあった。 だけどそれとは違うのだ。
 私は「あの、昨日は……」と口を開いた。
「もうホームルーム始まるよ、行こう」
 だけどリツ君はそれを遮り私を横ぎった。

 ただ昨日何かあったという事、それだけは明確だった。

23.止まらないゲーム

 十一月二十六日土曜日、私は一昨日の事が気に掛かって一睡もできなかった。 それは昨日も同じで身体が重たかった。
 記憶障害の件以来、母はできる限り帰ってくるようにしている。 だから心配をかけさせそうで申し訳なかった。
 眠れなかった理由はたくさんある、夜観之君の様子、リツ君の態度、何もかも……。 だけど一番気に掛かったのは、二十四日からスケジュール十八番目の井口さん、そして十九番目の芝崎 満君の姿がなかった事だ。 偶然にしては出来すぎていて、スケジュール通りにゲームが進行しているとしか思えない。 だから信じたくはないけれど、井口さんは殺されているのだろう。 更に芝崎君を最後に無関係の生徒はいなくなってしまった。 これから先ゲームが進行すれば必ず命が消えていくのだ。
「(どうしてゲームは進んでるの?一昨日……何があったの……っ)」
 私はうつ伏せになって枕を抱き込んだ。
 思えば毒の期限も一ヶ月を切り、命が危い状態。 消えかけてるのは今いるクラスメイト全員という事だ。 リツ君に解毒する意志はあるのだろうか、 週に一回全身に痺れが起きるから忘れたくても忘れられないのに。。 迂闊にゲーム盤を弄れない状態なのは判るけど、何故いつまでも命を握りつづけるのか……。
 このまま解毒してもらえずに十二月二十四日を迎えれば、私と夜観之君は命を散らすだろう。
「(あと一ヶ月じゃ……この子も巻き込んじゃう……)」
 私は寝返りをうつと天井を見上げ、お腹を優しく撫でた。
「(赤い赤い……クリスマスイヴ)」
 滲む涙を必死に堪え私は仕度をする為に起き上がった。

 教室に入ると顔色の悪い芝崎君と鉢合わせた、今日解放されたようだ。
「あ、あの……おはよう……」
 私はオドオドと戸惑いながら挨拶をした。
 だけど芝崎君はますます顔色を悪くして私を避けて行ってしまった。
 その態度から、芝崎君に危害を加えたのはリツ君か夜観之君で間違いないだろうと思った。 二人とよく一緒にいる私を仲間だと思っているのだ。
 もしくは、私が以前"律君が人を殺した"と先生に告白したあの話で警戒しているのかもしれない。 私と話をしたりして協力してると思われたら殺されるかもしれないと……。
 しばらくすると急に自分の周囲が暗くなった。 不思議に思って後ろを振り返ると夜観之君がすぐ後ろに立っている。
「おはよう、立ち塞がっちゃってごめんね」
 私は一歩教室に踏み込むと道を開けた。
「……おはよ、お前ちっさいから通れるけどな」
 夜観之君は軽く微笑むとそのまま自分の席に向かって行く。 もう三日目なのに顔色は悪いまま、だけど今日は保健室には行かずそこに居た。
 私は夜観之君に歩み寄る、沢山聞きたい事があるから。 だけど元気のないその姿に言葉が詰り喋る事ができない。 私はただ立ち尽くしてしまった
「……ごめん」
 夜観之君は私に何を言われてもいいように覚悟してここに居てくれたのかもしれない。 でも私が何も言わないからだから自分から話を切り出してくれたのかもしれない。
「俺、謝ってばっかだな……謝って済む問題じゃないのに」
 そう言って苦笑するが私は唇をぎゅっと噛み締めた。
「本当……ごめん……」
 夜観之君はそっと自分の額を抑えた。
「もう俺なんかに気ぃ遣うな、優しくもするな……」
そう言うと俯いて黙ってしまった。
 でも私は悟った。 犯行を再開したのは、してしまったのは……リツ君だ。 夜観之君が引継いだのなら、きっと謝ったりしない。 朝霧 律という人の人生を自分が壊したと気にしていた彼だ。 彼の人生を繋ぐ為に自分が罪を被ろうとしたのだろう。 そしてそれを逆に……。
「……リツ君はまた、繰返しちゃったんだね」
 私はそう呟いた。
「違うっあいつは悪くない!俺が……っ」
 夜観之君は全力で否定したが、私は首を振って拒んだ。
「それこそ違うよ……"三人とも"悪いよ」
 自分の所為だと言い聞かせて他人の罪を被ろうとした夜観之君も、 それを阻止する為にまた罪を犯したリツ君も、 記憶を無くす事で恐ろしい現実から逃げた私も……。

 昼休みになって、私は朝の話の続きをする為に夜観之君と屋上へ向かった。 今日リツ君は学校に来ていない。
 喜多野君に聞かれていたあの一件の事もあって私達は慎重になっていた。 いや、ならなければいけない。 きっと心のどこかで、誰かがこの話を聞いていて、通報されて……そんな展開を期待していたんだ。
 だけど本来なら警察に助けを求めるのが正しいのだろう。 だけど警察でさえ事件を解決に導けるかわからない相手だ。 証拠も不揃いで悪戯で片付けられてしまうかもしれない。 それは絶対ダメだ。
 私はまだ隠滅されてなくて、なおかつ証拠の一部となりえるものを考えた。 井口さんの遺体だ。 リツ君が彼女を殺したのなら、それが証拠になるはず……。 だけどこの答えに至った時、自分を嫌悪した。 まるで彼女が死んで証拠ができたと言っているみたいだ。
「……井口さんは今どこにいるの?」
 私は少し言葉を濁しつつ聞いた。 喜多野君を殺してしまった時は恐らく私の所為で自首できなかったのだろう。 記憶を失った翌日、十七日に千草先生にあの廃墟へ連れてかれ何もないのを確認している。 私を病院に搬送している間に遺体は他の三人同様消えていたのだろうと推測した。 私という存在が、自首するチャンスを奪ったのだ。
 だけど不可解な所もある。 本当に自首する意志があるのなら、何故彼女を殺した時点で自首をしなかったのか? どうして今も普通に生活しているのか……。 私の仮説が正しければ、彼らはまた何かを奪われたのだろう。
 思った通り、私の問いに夜観之君の身体が強張った。 二十三日の夜、彼女を殺害した事以外にも何かあったようだ。
「……何が、あったの?」
 今にも折れてしまいそうな夜観之君が不憫で、思わず遠慮がちに聞いた。 答えられるような内容なのか、それとも夜観之君にはわからないのか……とにかく何でもいいから情報が欲しい。
「犯行は、いつもと同じあの廃墟だ……」
 今にも消え入りそうな声で夜観之君は答えた。 その深刻な表情に私は息を飲む。
「俺と井口の所に朝霧が来た……あいつ、俺の持ってたナイフを奪って……」
 事件を思い出して、夜観之君はカタカタと震えていた。 よほど恐ろしい光景だったのか、だけど今までの事を考えるとこの反応は少し異様にも思えた。
「井口さんを殺した……?」
 私は予測した続きを答えた。
「違うっ」
 だけど夜観之君は否定した。 予想外の言葉に私は目を見張る。 そういえば、朝も夜観之君は"繰返した"という言葉を否定していた。 あれはてっきり夜観之君が責任を感じての言葉かと思っていたが、 本当はリツ君が彼女を殺してないという意味なのか……?
「朝霧は俺の持ってたナイフを奪っただけだ……」
 そこまで言うと少しばつが悪そうに「脅す程度に突きつけたりはしてたが……」と続けた。
 その話を聞いて私は戸惑いが隠せなかった。 では彼女は生きていて、なのに彼らは捕まらずに済んでいるという事なのか?
「朝霧は……"十一月十五日に何をしに来た"って、聞き出そうとしただけだ」
「え?」
 私は疑問の声をあげた。 それはリツ君と二十三日に約束をして、リツ君が自首を決意した日だ。
 夜観之君の情報によれば十五日の深夜、研究所は荷を三つ受け取っている。 そしてリツ君はもう一つ別の情報掴んだ、"研究者の子供三人"が廃墟に呼び出されていた事を。 あの廃墟はリツ君の父、もとい叔父さんの運営する病院の所有地だ。
「じゃあ……井口さん達が事件を隠す為に遺体を運び出したって事……?」
 私は恐ろしくなて思わずそんな言葉がでた。
「いや、中には入らず荷だけ受け取ったらしい……」
 夜観之君はそう言うと身体が再び強張り、自分を抱きしめて震えを抑えた。
「誰から受け取ったのか……それを聞きだそうとしたら……っ」
 私は言葉の続きに耳を疑った。
「俺らの目の前で……死んだ……殺されたっ!」
 もうこのゲームに"朝霧 律"の意志は関係ない、私達はそう思い知らされた。
 二人は井口さんを殺害した犯人を見ていなかった。 正確には何かが弾けるような音と共に井口さんは倒れ何が起ったかわからなかったという。 彼女は即死で心臓に銃で撃ち抜かれたような痕があった。
 二人が思考停止している間に犯人は逃亡した。 二人は後を追うが後姿すら確認できない程の遅れを取った。 更にこの時ミスを犯した。 二人で犯人を追っている間彼女の遺体はその場に放置されていた事。 戻った時には井口さんの遺体はなくなっていた。
 リツ君が二十六日に学校へ来なかったのは、彼女の遺体が持ち去った相手の目星がついたかららしい。 そして彼女を殺し遺体を持ち去った犯人と、朝霧 律が殺害した四人の遺体を持ち去ったのは同一犯だろうと。 少なくとも夜観之君はそう話した。
 私はリツ君が危険じゃないのかと心配したが、 その目星を付けた相手は"朝霧 律"に危害を加えるはずがないというのが二人の考えだった。

 十一月二十八日月曜日、リツ君は今日も来ていなかった。 それに加えスケジュールの二十番目金谷 姫華さんも学校を休んでいる。 偶然休みが重なっただけなのか、それとも金谷さんも殺されてしまったのか……。 犯人がわかっているのも恐ろしいが犯人がわからないというのもまた恐ろしい。
 そもそもこのスケジュールを知っているのは、暗号を解読した夜観之君と教えてもらった私、そして当事者であるリツ君だけだ。 殺された喜多野君でさえあの暗号の存在は知らなかったはず……。
 そもそもあの暗号は"被害に遭い学校を休んだ順"で文章になるもの。 私達は答えから問題を導き出すチャンスを貰いスケジュールを知っただけなのだ。 それなのに答えもなしに何故問題であるスケジュール二十番目を導きだせたのか……。 それとも、金谷さんはリツ君が……? 私は首を振り今考えた事を忘れようとした。
「ようは考える力があるかどうかだな」
 昼休みに夜観之君に相談するとすぐ私にはない考え方を提示してくれた。
 問題から答えを、そして答えから問題を導き出すのは簡単だ。 だけど問題が中途半端でも答えは導き出せる。 特に十九文字までで『先生へ とうとう僕を捕らえられませ』と読む事が解読できるなら尚更だ。 残ったクラスメイトを文字に置き換えると『あ、ぎ、さ、し、た、つ、で、ね、り、り、ん』。 手間はかかるが答えを出す事ができない事はない。
「ああ、もう読まれてるよ」
 不意に声がして私と夜観之君はその方向を見ると、午前中来ていなかったリツ君がいた。
「心配したんだからね!」
 リツ君の姿を見初めるなり私は思わず叫んだ。 いくら二人は彼に危害は及ばないと言っても、相手は簡単に人の命を奪うような人だ。 そんな相手の下に一人で乗り込むなんて無謀すぎる。
「ご……ごめん」
 リツ君は戸惑ったように目を丸くして謝罪した。
 だけど私は溢れる言葉が止められない。
「それと刃物で脅したりするのも犯罪だよ」
「う、うん……ごめん」
 縮こまってリツ君は謝るが、「余計な事言うな」と言うような目で夜観之君をジトッと見た。
 それに気付いた夜観之君は少し困った顔をしたが、何を言っても無駄だと思ったのか何も言わなかった。
 しばらくして私が落ち着いてきたのを見計らいリツ君は目星をつけていた相手の話を始めた。 だけど表情はあまり思わしくない。
「何かあったの?」
 私は不安そうな表情で尋ねた。
 リツ君は私を見るとすぐ視線を外して唇を噛んだ。
「……むしろなかったんだ」
 この言葉の意味が私には判らなかった。 だけど理解した夜観之君の表情は一変する。
「研究所に何もない?ちゃんと探してきたのか!?」
「探したよ!ロック掛かってるとこも全部!」
 夜観之君に当るようにリツ君は言い返した。 夜観之君は信じられないというような表情はしたがそれ以上何も言わなかった。
 私は話についていけなかったがこれだけは判った。 彼らが怪しんでいたのは研究所である事。 そしてそこに遺体はおろか証拠になるものはなかったという事。
 私達は勝手に進みはじめた殺人ゲームを相手に何もできずにいた。

...2009.11.01