Genocide

 十月十九日水曜日、診察結果を彼に話してから二日目の朝だ。
 昨日彼は学校に来なかった。 というより昨日の朝、『今日は用事があるから、休みますって伝えておいて』 という彼からのメールで知った。
 何故私に連絡したのか不思議だったが、学校に行けば夜観之君もいない。 それを彼は知っていたからなのだろう。
 更に朝のホームルームには千草先生がお休みで代理の先生が来ていた。
 だからその先生に彼の事を伝えたが、だけどその先生は「知っています」と笑顔で返事をした。
 この時はてっきり彼が伝えていたのだと思ったが、 そうではない事を遅刻してきた夜観之君に聞いた。 だけど意味が判らない私には不可解でしかない。
 ただ教室はここ一ヶ月の中で一番明るかった。 きっと彼がいないからだろう。 被害者の子達は私達を警戒はしているが、ピリピリとした空気を今日は纏っていない。 当人がいないからだろう。
 それだけではない、彼の事を知らない人達も普段より元気だった。 これは千草先生がいない事に開放感を感じているのだろうと思った。
 この中で唯一元気がないのは私達くらいだ。 そして夜観之君も、今日が億劫だと言っていた。
 理由は今日登校してきた彼だ。
 今日の彼は不機嫌だった。 表情にこそ出さないが、昨日まで元気だった人達が全員押し黙る程に嫌な雰囲気を纏っていた。 中でも関係者……研究者を家族に持っている子達も空気が重かった。
「めんどくせぇ……」
 夜観之君は朝礼の前に私を屋上に呼び出すとそうぼやいた。
「何が?」
私がそう問い返すと夜観之君は頭を抱えた。
 どうやら昨日母親と会っていたらしく、叱られたそうだ。 その理由は研究者を家族に持っている子達と同じだろうと夜観之君は言った。
「叱られたのって……律君と何か関係あるの?」
私は思わず聞いた。
 夜観之君は目を丸くすると「のろ子も勘だけは鋭くなってきたな」と感心した。
「なんつーの……多分あいつ結果が悪かったんだろうな」
「律君病気……なの?」
私は不安げな表情を浮かべて聞いた。 夜観之君はその問いに「違う……が、まあ病気みたいなもん……?」と溜息混じりに返す。
 私はすぐ夜観之君の言葉を理解して、申し訳なく思った。 人の命を簡単に奪える彼は病気のようなものだ。 忘れてた訳ではないが、何だか恥かしかった。
 とりあえず結果が悪いとは一体何の事なのか、私は質問をした。
「四月に比べて色々不安定だっただけだって」
夜観之君はそう言うと「大体俺も安定してなかっただろうしな」と呟くと、またこれ見よがしに溜息を付く。 安定とか不安定とか言われても私にはよくわからなかった。
 だけど言い辛い事なのか、それとも彼に止められているのか、 どちらかは判らなかったがそれ以上問い詰める事はできなかった。

 こうして長い一日が幕をあけた。

12.長い一日の幕開け

 教室へ戻ると佐々川君と窪谷さん、そして星垣さん以外の生徒が全員揃っていた。
 彼の無言の圧力に押しつぶされるかのように空気は沈んだまま、 表情にもそれはでていないのに人間はここまで敏感に感じ取るものなのかと感心すら覚える。
 私達が教室へ入ると、誰もこちらを見ない中、彼だけは振り返った。 頬杖を付いたまま面白くなさそうに夜観之君に冷たい視線を浴びせる。 だけで私を見る事はせず視線を机に戻した。
 それに機嫌を悪くした夜観之君は小さく舌打ちするとすぐ自分の席に座り、 私にも席に付くよう促した。
 私は黙って頷き、席へ向かう途中彼の方を少し盗み見た。 だけど彼は私の視線に気付くと、苦しそうに顔を背けるだけだった。
 ホームルームが始まると、いつも通り千草先生が出席確認を始めた。 どれだけのクラスメイトが今日も休めばいいのに思った事だろう。
 しかしそれ以上に私は先生が休んだ理由の方が気になった。 彼も夜観之君も休んだ日に示し合わせたかのように先生も休みなんて、 そんな偶然があるのだろうか、少し不思議だった。
「星垣!……はいないな……三人目か?」
 先生は面倒そうに言うと出席簿にチェックを入れた。 一人目は佐々川君、二人目は窪谷さんの事だ。 先生はとうとう彼らの名前を呼ぶのをやめた。 連絡が来ない生徒はもう来ないのだろうと思っているようだ。 だけど来ないのではない、来たいと思っても来る事ができないのだと、私はそれを思う度心苦しかった。
 彼女が三人目と言われたのは連絡がないからだろう。 全て彼が仕組んだ事ではあったが、連絡していた生徒達は実際に復学してたから先生は何も言わなかった。
 何故彼は星垣さんの欠席連絡をさせないのだろう。 彼は彼女自身には何もしないと言っていたが、すごく胸騒ぎがしてならなかった。

 特別何も起らないまま昼休みを向かえた。
 自分の心配は杞憂だったかと思いはじめてはいるものの、 それでも嫌な予感を拭いきれずにいた。
「そういえば、さっき星垣っぽい奴見た気が……」
 屋上で昼食を取っている時夜観之君が呟いた。
 今この場に彼はいない。 だから私は今しか聞く余裕はないだろうと「それ、どこで?」と聞き返した。
 夜観之君は記憶を振り絞るように唸る。
「チャイム鳴った途端あいつどっか行ったろ?あいつを目で追ってただけなんだが……」
夜観之君は言いよどみながら「そん時突き当たりに居たの、星垣じゃねぇかな……」と言い、 購買で買ってきていたメロンパンを頬張った。
 学校に居るのに何故教室に来ないのだろう、それともただの見間違いなのだろうか。 私は卵焼きをお箸でつまんだまま眉間にシワをよせ、一生懸命頭を使った。
「……っぷ」
 不意に妙な声が聞こえ私は夜観之君に対し首を傾げた。
「そこ、皺になるぞ?」
夜観之君は自身の眉間に指を当てるとそう言いケラケラと笑った。
 私は目を大きく開くと恥かしくなって思わず卵焼きを落した。 間一髪お弁当箱でキャッチはできたけど、顔を真赤にしたまま頬を膨らませた。
「もう!夜観之君は可笑しいと思わないの?」
 私は仏頂面で質問を投げかけた。 だけど夜観之君は「使ってない脳みそ使ってるとこ見る方がよっぽど可笑しいけど?」と答えるとニヤニヤしていた。
「使ってなくないよ!そうじゃなかったらこの学校入れないよ!」
私はすぐ抗議した。 確かに成績はよくないが、この学校に入る為に勉強したのだ。 それを否定されるのは正直心外だった。
 だけど夜観之君は「そういやそうだな」と妙に納得しつつ、からかうのに飽きたようにメロンパンを再び頬張った。
「まーとりあえず、星垣が来てるってなんか引っ掛かるよな」
「……うん、なんで教室来ないんだろう……それに」
私はそこで言うのを躊躇うと顔を伏せたが、夜観之君は何が言いたいのかを理解すると頷いた。
「朝霧は、星垣らしき奴とどっか行ったからな……」
そこまで言うと「怪しすぎるよな」とメロンパンの残りを口に放り込み、仰向けに寝転がった。
「ねえ、星垣さん……らしき人はどんな様子だった?」
 私は少しでも何かヒントを得たくて夜観之君に問い掛けた。
「様子?……あんまよく見えなかったからな」
夜観之君はうーんと唸り「ただ、怯えた様子はなかった」と答えた。
 だけどその回答でますます不可解になり完全に行き詰まってしまった。 毒を飲まされた人間がその犯人に怯える事なく付いて行けるのだろうか。
「星垣は毒を飲まされず、もっと違う理由で姿を消してたか……」
 夜観之君は不意にそんな事を口走った。
「でも律君は一昨日、私の問いに他の人達と同じって……」
彼が嘘を吐くとは思えず私は反論した。
「だったら毒は飲んでるが他の奴等と解毒条件が違うかだな」
夜観之君はつまらなそうに言った。 しかし不意に何かを思い出したような表情をすると、身体を起こした。
 私は驚いて目をパチクリさせたが、夜観之君は真剣な表情で私を見た。
「そういや星垣の父親、研究所辞めてすぐ事故って……死……」
そこまで言うと視線を逸らし「そうだ……"T-01"も事故死……」と一人ブツブツと呟きだした。
「星垣さんもお父さんいないんだ……」
 私は思わず呟いた。 ほとんど父を覚えていない私と違い、記憶にある人が亡くなるのはまた違う感覚だろう。 だけど私は親近感とはまた違うが、何か同じであるようなそんな錯覚を覚えた。
 そして"T-01"という言葉が妙に気にかかる。 その記号が何を意味しているのか、夜観之君は知っているのだろうか。 だけど私には判らない、だから夜観之君が答えを出して話してくれるのを待った。
 休み時間が終わるまであと十分という所で夜観之君は硬直した。 私は食べ終わったお弁当を片付けていた所だったが、思わず手を止めて夜観之君を覗き見る。
「朝霧は星垣の父親の事故死の真相を知り、それを星垣に話した……」
「真相?」
私は思わず疑問を返すと、夜観之君は首を振った。
「や……父親が死んだのは仕組まれた事とか、吹き込まれたんじゃないか……」
夜観之君は視線を逸らすとそう答えた。
 私は少し訝しげに夜観之君を見ていたが、まだ結論がでている訳じゃないのだとそう思った。
「……なあ、なんかこー……この順番に襲うとかなんとか、あいつ言ってねぇの?」
夜観之君は身振り手振りで言った。
 私は少し考え込むと、そういえば前にヒントと称して文章の書かれた紙を貰った事を思い出した。 それを取り出し夜観之君に差し出した。
「"先生へ とうとう僕を捕らえられませんでしたね 朝霧 律"……なんだこりゃ?」
「"僕が手をかけ学校を休んだ順番に読めばこうなる"って……あと、"あ"が足りないって言ってた。それと"生きてる奴も順番に"って」
私は手当たり次第に思い出せる事を話した。
「生きてる奴も順番に……ねぇ……」
 夜観之君は訝しげに紙を見ながら「数合わねぇって事は……それはまた別の暗号か」と呟いた。
 私は何の事だろうと思ったが、それには触れず夜観之君に以前貰った関係者にチェックされている紙も渡した。
「……二十八、二十九、三十、本人を抜けばピッタリ三十人……」
 とりあえず夜観之君は文字数を数えると「あえて判り易い暗号にしてるのか……?」と独り言のように呟いた。
「夜観之君すごいね、文字数なんて考えても見なかった……」
「まあのろ子はオバカだからな〜……」
そう面白おかしく言い放つ夜観之君に「オバカじゃないってばっ」と言い返したが、「悔しかったら勉強をするがいい」と言って笑った。
「西澤 乙矢が"う"……で、星垣 由真が"と"……か、次の被害者は最後の"う"で……」
 だけど夜観之君は私を相手にしながらも的確に当てはめていく。 そしてとりあえず次のターゲットを洗い出そうと、まだ被害に遭ってない生徒を見ていく。 「違うな……」と呟きながらもこの暗号のルールは理解しているようだった。
 昼休みが終わるまでもう時間がないと思っていたその時、 間一髪で夜観之君は次の被害者を見つけ出した。 だけど同時に夜観之君の顔色は一変した。
「原田 創一……」
そう力無く呟く夜観之君を不思議に思い私は夜観之君がくれた紙を見る。 しかしその原因はすぐ判った。
「関係者……」
彼が次に殺そうとしている人物という事だった。
 最初の二人以降、彼は殺害する事はなかった。 だからあの悪行を忘れて油断していたのかもしれない。 言い様のない恐怖、そして朝感じた胸騒ぎはこれだったのかと私はみるみる青褪めていった。
 ただ「原田の親が……」と呟いた夜観之君は、 原田君が次のターゲットな事より何か違う事にショックを受けているようだった。

 予鈴が鳴り響くと私達は急いで教室に向かった。 いつもはギリギリまで屋上にはいないのだが、彼がいなかった事でいつもよりのんびりしてしまった。
 教室に戻るともう大半の生徒が戻ってきていた。 だけど教室中を見回して私達は顔を見合わせた。
 今ここにいない人の中に、原田君がいたのだ。
「や、夜観之君……」
私は夜観之君を見上げると「偶然、だろ……」と落ち着かせるように言ったが、夜観之君の頬に冷汗が伝う。
 席にもつかずドアの前に突っ立っていると、扉が音を立てて開き私達は振り返る。
「二人共何をしてるの、はじまるよ?」
入って来たのは彼だった。 朝とは違い彼は不敵に微笑んでいた。
「お前……」
 夜観之君はそう声に出すと目を見開いた。 私は授業がはじまるという意味かと思ったが、彼らの間ではまったく違う話が進行していたようだ。
 彼も夜観之君もお互い出方を伺うように睨みあっていたが、彼がクスッと笑って視線を逸らした。 それと同時に学校中に非常ベルの音が響き渡る。
「ヒャッ!」
私は思わず耳を抑えた。
「大丈夫?」
 彼はしゃがみ込む私を支えるようにすると「どうせもう授業になんてならない……校庭に行こうか」と耳元で囁いた。
 私は一瞬ビクリと身体を振るわせた。 だけど逆らう事はできない、夜観之君に目配せすると彼に連れられるまま校庭に向かった。
 職員室の前は通れないと遠回りをして下駄箱の方へ向かう。 だけどその途中、彼は踊り場で足を止める、私は不思議に思って彼の顔を覗きみた。
「どうしたの?」
 私が声をかけると彼は伏せ目がち視線を向けた。
「僕はのるに酷い事してる、佐々川の時みたいな……あんなレベルじゃない」
彼の口ぶりは教室での不敵な様子とは違う、だけど何の話かわからなくて私は少し戸惑っていた。
 だけど私の気持ちは気にせず彼は肩を掴み揺さ振った。
「のるをどれだけ傷付けるかわからない、僕なんか最低だ……わかるだろ?!」
ここまで言われてようやく何が言いたいのか私は気付いた。 何故この状況下でこんな事を言ってくるのかはわからないが、彼は一昨日の話の続きをしているのだ。
「それなのにのるは……"その子"を見限れないの?」
私は俯いた、答えが見つからない。
「だって……律君が何していようが、この子には関係ないでしょ?」
だけどこの問いに正しい答えなどないと私は意を決して答えた。
 彼は一瞬立ち尽くしていたが、すぐ「そう……」と返すともう何も言わなかった。
 非常ベルが鳴り止み、学校中がザワザワとしていた。 下駄箱も騒がしく、学年違いのまだ戻っていなかった生徒達が今のサイレンは何なのかと騒いでいる。 何か災害があったのなら今教室に戻るのは適切じゃないとそう思っているからだ。
 彼はその人の波を掻き分けながら校庭の見える所まで出ると、私に見るように言った。 不思議に思いながら私は目をやると、校庭の真中に誰かが立っていた。
「あの人が……どうかしたの?」
私は質問すると彼は「わからない?」とだけ言った。
 私は不思議に思いながら注意深くその人物を見ると、ある事に気付いて腰が抜けてしまった。
「……いやあああぁぁぁっっ!」
その場で縮こまるとガタガタと震えながら私は悲鳴をあげた。
「大丈夫、のる……怖がらなくていいから……ね……」
 彼は縮こまる私の視界を奪うように抱きしめると優しく声をかけた。 だけど最初からこれが狙いだったのだ、そう思うと彼の言葉の中に冷笑を感じずにはいられない。
 私の悲鳴に気付いた生徒達が校庭を見て口々に騒ぎだし、数人は職員室へ向かった。
 遠すぎて顔まではわからなかった。 だけど立っている女生徒の他に誰かが倒れていた。 そして校庭には似つかわしくない鮮やかな赤い色。 それが倒れている人物を囲っていた。
 先ほどとは違うサイレンが響き渡りパトカーや救急車がやってくる。 その間も女生徒はその場で立ち尽くしずっと倒れているその人を見つめていた。
 女生徒は警察官に取り押さえられ、被害者は担架に乗せられ救急車に乗せられた。 私は霞む目で担架に乗せられている人物を見ると、被害者は原田 創一だった。
 制服が黒く変色して見えるほどの出血、原田君は搬送先の病院で死亡が確認された。

...2008.11.30