Trente et Quarante

第八話:狂おしい想い/4

 一階にあるルミエールの両親の部屋にソレイユは寝かされていた。あれから数日が経つが、ソレイユは今も目覚めずにいる。
 ルミエールは外出するようにリオネルに勧められたがそれを断り、付きっ切りで彼の看病をしていた。
 行きたい所は沢山あるが、離れている間にソレイユに何かあったらと思うと気が気じゃない。だから会いに行こうと言っていた彼を信じて目覚めるのを待った。
「……ここは」
 力ない声が聞こえ、ベッドの傍に顔を埋めていたルミエールは跳ね起きる。
「ソレイユ!」
 そして彼の顔を覗きこみ名前を呼んだ。このまま目覚めないのではという不安から解放されて涙が溢れる。
 目の前で泣き出すルミエールにソレイユは目を丸くする。
「ルミエール……っう」
 彼は身体を起こすと、頭が痛み顔をしかめた。しかし泣いているルミエールが何よりも心配で、痛みを堪える。
「何故、泣いているのですか? 泣かないで」
 手を伸ばして一度止めたが、泣き続ける彼女が心配でいつもは諦める手を伸ばして涙を恐る恐る拭う。
 久々に彼から触れた指に安心すると、ルミエールは微笑んで見せた。
 ソレイユは顔を赤らめると、すぐ手を放す。
 だけどルミエールはそれを許さず離れていく手を握った。
「ルミエールッ?」
 驚いてソレイユは名前を呼ぶ。
 ルミエールはそれには答えず、握った手を愛しそうに頬に当てた。
 ソレイユは困惑して益々赤くなる。
「貴方が目を覚まして、本当に良かった」
 そう言うとルミエールの頬にまた涙が伝う。
 涙が手に触れて、ソレイユは心配をかけたのだと分かると申し訳なさそうに眉をひそめる。
 しかし嬉しそうに微笑む彼女を見ていたら、彼もいつの間にか困った顔で微笑み返していた。
「それで、あのね?」
 ルミエールは少し頬を赤らめる。
 ソレイユは首を傾げた。
「眠ってしまう前に、言っていた事って……」
 目を泳がせながらルミエールは言葉を紡ぐが、思い出すと恥ずかしくなりどうしても聞く事ができない。
 だけど何を言っているのか気付いたソレイユは少し顔を伏せる。
「俺、それだけは絶対に変わりません」
 そう言い切り握られた手を握り返した。
「でも何も言わないで、嫌われさえしなければ、俺はそれ以上何も望まないから」
 微笑むソレイユに、ルミエールは少し困惑する。
 だけど何かを答えると彼は悲しむ、そう悟って何も答えられなかった。

 ルミエールが安心したように眠ってしまうと、ソレイユは彼女をベッドに移した。傍らに寄り添いながら何となく状況を察す。
「もう、お目覚めにはならないと思っていましたよ」
 部屋を訪れたリオネルが声をかける。
 だがソレイユを賞賛してきたリオネルではない。冷たい瞳で彼を見据え、それと同じような冷たい声で言葉を紡ぐ。
 ソレイユは何故彼の態度が変わったか理解しているのか、小さく溜め息だけ付く。
「俺も同じだ。それに、久々に記憶が鮮明で驚いている」
 彼の言葉を聞いたリオネルはクスリと笑う。
「そちらは長く続きませんよ」
「そうだな」
 そう告げるとソレイユはルミエールの頬に触れた。彼女に触れる度震えるようになった手を見て苦笑すると立ち上がる。
「どこに行かれるのです?」
 リオネルは怪訝そうな声で聞いた。
「今の俺が考える事など、わからない?」
 ソレイユは自嘲気味に笑う。
 それを聞いたリオネルも彼を嘲笑するように笑む。
「忘れて傷付けるのはもうごめんだ、今なら本当の家族が三人も傍にいるだろう」
 弱々しい口調でソレイユは言った。
 リオネルは大きな溜め息を付くだけでそれには答えない。
「僕の望みを知っていて、ここに置いていくと?」
 以前の無愛想な表情で聞いた。
「知っているだろ、ルミエールの為ならなんだってできる」
 彼を真っ直ぐ見据えソレイユは言う。
 リオネルは少し首を横に振り、理解していないと思った。だけど黙って彼の言葉を待つ。
「意地を張るのはもうやめだ、和平を結ぶ」
 ソレイユは自身の手を見つめる。
 ノワールを拒絶したのは自分自身、国の総意ではない。恐らくノワールも個人的な問題だと感じているから、ブランに話していないのだろう。ならば膝を折る覚悟を持たなければいけないと彼は思った。
「自身の呪いも、いずれ解いてみせる」
 リオネルは何も口を挟まず黙って聞いている。
「そして今度こそ、お前の望みを捨てさせてみせる、だから、ルミエールとここにいてくれ」
 ソレイユは誓うように拳を握ると部屋を後にした。彼の望みはルミエールを悲しませる、彼にはそれがわかる。
 黙ったまま見送ったリオネルは少し顔を伏せた。
「僕の望みは、とっくに姿を変えていましたよ、ソレイユ様」
 そして眠ったままのルミエールを悲しげに見下ろす。
「だけど、ルミエールの為には、ならないってさ」
 まるで問いかけるように言うが、勿論彼女は答えない。
「本当分かっていない、ソレイユ様の方が、ルミエールの望みを無視しているのに」
 ルミエールの髪を撫でながら、リオネルは悲しみとも皮肉とも取れる笑みを浮かべた。

...2012.08.14