魔法使いの法則

三話:復讐に舞う者/4

 遥達は焚き火を囲んで座ると、口々に「どうしようか?」と零した。 しかし遥と茜はグランス育ちで外を知らず、またシスも森の傍の村を知っている程度で他は情報としてしかしらない。 誰も目的地を挙げる事などできるはずがない、赤月に反対されたラーンデットを一つ残して……。
「明確な理由もなしに反対されても、元々僕らはラーンデットへ向かうつもりでしたし……」
 遥はそう語尾を濁した。 相手を納得させる事もできず自分の考えを通す事は苦手だった。 しかし自分の考えを簡単に折れない頑なな所もあって、どうしても優柔不断な発言になってしまう。
「当初の予定通りラーンデットでいいと思うよ?」
 茜は遥の性格を理解してかそう背中を押した。
 遥は「そうですか……?」と二人を交互に見た。 誰もここに反対と言う者はいない、シスも元々反対はしていなかったからだ。
「じゃあ、赤月さんには申し訳ないですが、ラーンデットに向かいましょう」
 少し心苦しく思いながらも内心ホッとしながら遥は言った。
「あんな奴の言う事気にするな」
 シスはそう言って頬を膨らまして顔を背けると立ち上がった。
 火の後始末をしていた遥はそれを聞いて「あはは……」と口の端を引き攣らせながら苦笑する。 二人は知り合いのようだが、あまり仲が良くないのだろうかと思ったからだ。
 しかし二人のやり取りを他所に茜はその場で棒立ちしていた。 自分の身体を見回しながら何かを自覚してくると、今度はペタペタと服を触りだす。 そして何だか身体がスースーする事に気付き、特別風などは吹いていないがスカートの裾を抑え顔を赤らめる。
 二人はその様子に気付いていなかったが、突然茜が悲鳴をあげた事で何か彼女の中で事件が起きた事に気付いた。
「わ……わわわ!私の服っていうか何この服……!?」
 茜は慌てふためきながらキョロキョロとすると、 ロープで吊るされた自分の制服等を見て更に真赤に顔を染めた。
 遥は首を傾げると茜の見た方向を見ようとしたが、シスに顔を叩かれ反動で逆方向を向いた。
「あんなにギャーギャー言ってた癖に見るな馬鹿者!」
 遥はスッカリ忘れていたが干されているのは制服だけではない、下着もだ。
「ち、違うんです!あまりにも茜が普通にしてるから忘れてただけで!」
「だからこっちを向くな!」
 シスはそう叫ぶと言い訳しようとシスを向いた遥の顔を再び叩いた。
 茜は二人の漫才のようなやり取りに目もくれず、色々と現状を想像して混乱していた。
「は……ははは……はるかああああああああ!?」
「はいい!?」
 突然茜に名前を呼ばれ遥も顔を赤くしながら茜を見た。 頬は全体の赤色が目立たなくなるほど真赤に腫れている。
「ま、まさか、違うよね?着替え……なんて」
 混乱の続いていた茜は上手く言葉が紡げず不完全な言葉を放った。
「着替え、させました……が……?」
 遥は「師匠が」と小さく付け加えたが、混乱している者が聞いているわけがない。
 茜は自分の身体を抱きしめ、ペタンと地面に座り込むと手で顔を覆った。 どういう事情でこういう事態になったのかは何となく理解しているから怒る事もできない、 むしろ茜は恥かしさで遥の顔を見られなかった。 子供の頃ならまだしも身体つきも完全に異なるこの歳で……。 だがまだそれだけにはおさまらない、遥が平然としている事実が茜には屈辱だった。 思わず涙がでそうだった……まあ全ては勘違いなのだが。
「……あれ?」
 茜の様子に遥は痛む頬を抑えながら首を傾げた。
「肝心な所で声が小さすぎるんだ馬鹿者!」
 シスは遥の後頭部を思い切り殴った。

 乾いた制服に身を包み、茜は元気よく洞窟の外へでた。 太陽の光を浴びながら伸びをすると、「二人も早くおいでよ!」と振り返った。
 しかし後からでてきた二人のテンションは最悪だ。 遥は腫れた頬に冷やしたガーゼを貼りつけ、更にズキズキする後頭部を抑えながらよろよろ歩いてくる。 そしてシスは誤解を解くのに無駄な時間を使って不機嫌だった。
「もう大丈夫?」
 茜は遥に駆け寄ってよろける身体を支える。
「茜……」
 そもそも彼女の勘違いと遥自身の言葉の足りなさが原因なのだが、 その優しさに思わず遥は瞳を潤ませた。
「のろのろするな!それでも私の年上か!?」
 しかしシスは厳しい言葉を浴びせる。
 遥はシスが年齢の割にしっかりしすぎてるのだと思ったが、 再び殴られるのは困ると口を噤む。
「で、どこに向かえばいいのシスちゃん?」
 茜はシスのピリピリした様子を気にせず、そう質問した。 グランスからでた事がない遥と茜には土地鑑等あるはずもない。 それを理解している為シスはむぅっとしながらも一つ溜息をついて茜を見た。
「ラーンデットに向かう為にはまず大陸を渡る必要がある」
「え?師匠さっき村の次に近いのはラーンデットだと……」
 遥は首を傾げた。
「嘘ではない、五年前の争いでこの辺りの村々はほぼ全滅したからな」
 遥と茜は顔を見合わせた。 五年前にグランスでそのような事を聞いた事はなかった。
「まさかそれも知らないのか?」
 シスも思わぬ反応に目を丸くする。
「グランスに攻め入る為に大陸を渡ってきたラーンデットと、この大陸を支配してたゼファーの争いだぞ?」
 戸惑う遥は再び茜を見ると、茜も同じように戸惑い口を手を当て何かの間違いではと考えを巡らせる。
 しかしシスは二人の様子に逆に驚いていた。 そしてグランスの長が何も知らないはずはないというが、二人は首を横に振る。
「"骸の上に成り立つ一族"がでてきた悲惨な争いだぞ、本当に知らないのか……?」
 遥は再び聞いた一族の名にやはり良い気持ちのしない呼び名だと思う。 だけどそれは考えず、シスに知らない事を伝えた。
 シスは額に手をあて自分自身に落ち着くよう諭すと、争いの事を語り出した。
「……私が産まれる前、確か十五年前の話だ、グランスがラーンデットの姫と……大事なその息子を拉致したそうだ」
「グランスが、そんな事を……っそれが争いのきっかけなの?」
 茜は聞き返した。
 しかし遥は何か腑に落ちなかった。 十五年前に王族が拉致されたのならすぐにでも戦争が起きても可笑しくないはず、 その間に十年経っているのは何かが可笑しい。
「その十年間に何の意味が……」
 遥は思わず口にする。
 だけどシスは「ラーンデット王の考えなど私は知らない」と言い捨てた。
「元々国同士の仲は険悪だ、後々になってそれを理由に戦争をふっかる事にしたんじゃないか?」
「そうですか……」
 遥はそのうち調べてみようと一旦その事をリセットした。
「この大陸とラーンデットのある大陸を繋ぐ遺跡を掌握したくてゼファーと争ったんだ」
「でもグランスは崖の上……相当な高所にありますよ?」
 シスは「だからそれも謎なんだ!」と足をガンガンと踏み鳴らした。
「僕らが暮らしてる間、グランスとラーンデットが争った事はない……本当何の意味があったんでしょう」
 遥は複雑な表情で思った事を口にした。 果たしてそのような国に助けを求めていいのだろうか、 だけど人間である明を救う為にはラーンデットに助けを求める以外に思いつかない。
「……四年前に姫の息子だけは連れ戻したと聞いていたが」
 シスはッハとして、二人の思ってもない事を口にした。 しかしそれを口にした彼女も自分の言葉を濁らせる。 赤月に聞いた"黄泉 遥"という名。
『黄泉と骸の血をひいた"悪魔の子"だ』
赤月の言葉を復唱し、シスは二人との会話と同時に思考を巡らせる。
「(ラーンデットは連れ戻してはいなかった、デマ?人違い?……そんな事が)」
同時にシスの中でこれ以上話を続けると、遥の知らない彼自身の事を話す事になると感じた。 得体の知れぬ情報まで話していいものだろうか、いやダメだろう、彼女はそう思う。
「争いなんて……ねえ、茜」
 遥は驚き茜に同意を求める。 シスの話を聞けば聞く程噛みあわない事実が増えていくようだった。
「だけど遥の弟……海里君がいなくなったのも四年前だよ……?」
 茜は何か関係あるのかな?と遥に聞き返した。
 シスも今の言葉を聞き逃さない。
「確かにそうですけど、海里は故郷に保護されたって母が……」
 茜の言葉に何か答えを導き出した遥は、それに動揺し否定するように言葉を紡いだ。
 そしてシスも、"海里"という遥の弟が行方不明になり、そして故郷に保護された。 その事実に自分の中で噛みあわない情報が正確になるのを感じた。 ラーンデットはグランスへ潜入したのは恐らく事実で、 その際間違えてその海里だけを連れ帰ったのだろう。
 何故"故郷が保護した"とわかっているのか疑問は残るが、 これ以上追及しても恐らく答えはでないとシスは悟った。
「故郷か、……人間の故郷と言える場所はラーンデットしかないぞ」
 遥の動揺に気付いたシスはここまで気付いてしまったのなら全てを隠すのは無理だろうと、そう呟いた。
「僕の母さんがその姫かもしれないって言いたいんですか?」
 遥は少し構えたような表情で聞き返す。 あえて自分自身には触れなかった。
「そうだ」
 シスは肯定した。 そしては知らなかったというのは恐ろしい事だと思う。 なんとなく察しがついてもなんとか否定しようとする遥を目の当たりにしたからだ。
 遥は少し俯き更に動揺した。 楽しく暮らしてたはずのグランスに、本当は拉致された? なら何故ラーンデットは十年も母や自分を連れ戻そうとしなかったのだ。
「悪い冗談はやめてください……」
 遥は苦笑交じりにそう答えた。 どう考えても可笑しいだろうとそう思った。 それにシスはまだ母の事しか肯定していない。
「冗談じゃない、お前の姓がその証拠だ」
 シスは遥に詰めよると真っ直ぐに見上げた。 その瞳を遥は逸らす事ができず見つめ返すしかない。
「"黄泉"、これはラーンデット王家の姓だ」
 表情が固くなる遥を見つめる茜の目は見開かれる。
「そして、姫と息子の名前は両方"はるか"……お前の事だろ?」
 ラーンデットにとって自分がどういう存在であるか、 そんな事を考えた事のなかった遥は言葉がつかえてでてこなかった。

...2011.03.28