魔法使いの法則

三話:復讐に舞う者/2

 麗羅は村のふもとまでやってくるとシスを振り返った。
「猫ガキ、お前はこれからどうすんだ?」
シスは立ち止まると麗羅を見据えた。
「どうするもないな、黄泉を探すだけだ」
 今立ち止まっている場所はシスが遥と別れた場所だった。 遂先程までここに共に居たのにと、遥の不運ぶりにシスは小さな溜息をついた。
 麗羅は少し納得いかなそうにシスを眺めた。 彼女のやらんとしている事が気がかりなのだ。 だがシスはそんな麗羅に不満を持ったのか眉間にシワを寄せて睨みつける。
「さっきも言ったがよ、お前が魔法を教えても百害あって一利なしだぜ?」
麗羅はそこまで言うと「ハーフのお前に百害は大袈裟かもしれないが……」と続けた。
 シスはまたその話かと言うように頬を膨らませた。
「何故そんな事を言われなければいけない」
二人はバチバチと火花を散らすように睨みあった。
「確かにどうかしていると思っているが……」
シスは搾り出すように言うとムッとしてそっぽを向いた。
 シス自体遥に魔法を教える事に賛成はしていない。 だが赤月は「彼が未来も彼である為に必要なんだ」と言っていた。 これはどういう意味なのだろう、 彼女はその答えが判らず手を引く事はできなかった。
 シスの様子を傍観していた麗羅は口調とは裏腹に子供らしい態度に思わず噴出して笑った。
「な、何が可笑しい!」
突然笑い出した麗羅にシスはただ怒り出す、しかし一度噴出してしまったのを止めるのは容易ではない。
 だがただ笑いつづければシスは再び膨れる事だろう。
「悪ぃっ大人ぶってるがっやっぱガキだって思って……!」
麗羅はゲラゲラと笑いながら言った。
「ガキガキとうるさいぞ!」
シスはますます顔を赤らめて怒り出した。
 しかしその怒りは麗羅の強張った表情を見てすぐ収まった。 どこからか『ピピピピピ』と機械音が鳴り響く。 麗羅はポケットから何かを取り出した。
 それは小型の無線機で、小さい液晶のような所には発信先が浮かびあがるようになっている。 麗羅はその発信先を見て嫌そうに顔を顰めた。
 麗羅は無線機に内臓されているイヤホン付きのインカムを取り出し、素早く装着し、 「こちら麗羅です、刹那様……何か御用ですか?」 と、普段の彼には似つかわしくない口調で応答した。
 刹那と呼ばれた相手は麗羅の応答を聞き『ククク……』と喉を鳴らすように笑う。 麗羅は怪訝な顔をした。
「何か可笑しな事をいいましたか?」
『可笑しいだろう?貴様は何か忘れていないか、昨日だったか……?』
刹那は正確な日付を把握していないのか疑問詞をつけた。 それに麗羅は口の端を歪める。
「(この野郎、また状況報告を適当に聞き流してやがったな……)」
 麗羅の様子をただ見ていたシスは「一体なんだ……」と言いかけるが彼に手で静止された。
『グランスに、迎えが行く事になっていたはずだが?』
蔑むような声で言うと刹那は『私を含めて』と強調した。
 麗羅はやはりその事かという風に溜息をついた。 迎えを待たず崖から飛び降りるという形で脱出を試みた事、 これを話すべきか否か彼は悩んでいた。
 イヤホンに触れながらとりあえずシスを向き直るとある方向を指差す。 それは恐らく遥や茜が流されていった方向で、シスは麗羅を訝しげに見た。
「待っている余裕がなかった為崖から飛び降りましたが、水流に阻まれ"遥様"と逸れてしまい、今探索を行っております」
シスはその言葉を聞くともう一度麗羅を大きな瞳で見つめた。
 今の彼が説明は昨日の出来事なだけでなく実際に先程起きた事でもある。 だからシスは"遥を探しにいけ"という意味なのかと目で聞いた。 そして麗羅はそれを察したのか一度笑顔を作るとシスに背を向けた。
 シスはもう彼が振り返る事はないと感じると踵を返して走り出した。 麗羅はシスが去ったのを確認するとフゥ……と息を吐く。
 刹那は麗羅の説明に『相変わらず厄介な奴だな……』と呟き舌打ちした。
 麗羅は一瞬身体を震わせるが、それが自分が言われたのではない事をすぐ理解し複雑な表情を浮かべた。
『それはそうと、何故すぐに知らせない、入れ違いになったら面倒だろう……?』
挑発的な声で刹那は言った。
「刹那様がグランスへいらしたら、目についた者を殺めてしまわれるでしょう?」
 挑発に乗らず麗羅は理由を淡々と述べると足元の石を蹴り飛ばした。 蹴った石は大きな岩にぶつかり跳ね返ると麗羅の元へ戻ってくる。 石は麗羅の靴に当り、コツンと音を立てる。 それと同時に「天使なら尚更」と続けた。
 刹那は再び『ククク……』と喉を鳴らす。
「先に戦争が始まっては元も子もありません、だから女王陛下は私達の様子がわからない限り、突入はさせないと思いました」
麗羅はそう刹那に言った。 しかし彼が考えていた事は本当はそれだけではない。
「それに、刹那様も"美姫様"の前で殺しは嫌でしょう?」
麗羅はそう試すような表情で言った。 当然刹那に彼の表情はわからないのだが、これは賭けのようなものだったからだ。
『そうでもないよ、"天使殺しより厄介な事を"姫の前でした事がある』
 だが刹那は麗羅の気持ちを見透かしているようにそう返した。
 麗羅は「殺しより厄介な事……?」と聞き返したが刹那は答えない。
『……まあいいか』
刹那がそう呟くとイヤホン越しに『カタンッ』という音が聞こえて麗羅は顔を顰めた。
 それは大理石の床を椅子が擦る音だ、学校などで聞く椅子を擦る音とはまるで違う。 グランスとラーンデットは一日で行き来できる程近くはない、 という事は刹那は始めから任務の為にグランス近辺まできてはいなかったのだ。
「(他人任せにしてた奴がよくもまあ連絡よこすよな……っ)」
しかもこの音は故意でたてたものだろう、麗羅はそう思うと拳が震えた。
 刹那はそれでも不敵に笑っていた。 今度はカーテンをあけたのか『シャアア!』と音が鳴る。 そして彼は何かを見つけたのか小さく声を出して笑った。
『それと、"海里"がいつもの所に向かったようだ』
刹那はそう告げた後『本当、飽きない奴だ』と続けた。
「何……?」
 麗羅は怪訝な声をあげるが、刹那はそれ以上は語らなかった。
『貴様は一度帰還しろ、あいつの有無は問わない、以上』
刹那はそう言いきると同時に通信を切った。
「おい!?……一方的に切りやがった」
麗羅は耳にはめたイヤホンを乱暴に外した。 だが次の瞬間緊張の糸が途切れたようにその場に座り込んだ。
 麗羅は刹那が苦手だった。 何か見透かしているような表情、相容れぬ者を見下すような態度、そして不敵に笑う事も、全てが。
 今のように顔を見ないで話していても、 何故だか彼の不快な動き一つ一つが伝わってくる。 天使や"あいつ"と呼ばれた相手への憎しみすらもそれに込められているようだ。
「有無って……あいつは物じゃないっつーの」
麗羅はそう呟くと苦しそうに額をおさえた。

 一方遥と赤月の言い合いは今だ進展しないまま続いていた。
「絶対ダメです、無論僕がやるのもダメです!」
 赤月はうんざりと頭を抱える。
「命のが大事だと言っている」
「でも嫁入り前の女の子にそんな事……!」
 それでもお互いの考えの違いを理解しあえる事はなく、解決の糸口は見つからないでいた。 赤月は仕方ないというような溜息をつき、それに遥は一瞬安堵した。
「……君は幼馴染なのだろう?」
赤月はどこか遠くを見ながら呟くと「着替え程度で今更……」と続けた。
 遥は一瞬ポカンとし、意味を理解した途端顔を真赤に染めた。
「小さい頃とは状況が違うでしょう!」
 赤月は遥のその態度を怪訝そうに見つめると「何を想像したんだ君は……」と語尾を濁した。
「っな!誘導尋問なんて卑怯ですよ!」
遥の慌てふためく姿に赤月は「誘導などしてない」と吐き捨てた。
 少し落ち着いてくると遥は赤らんだ表情のまま赤月を睨みつける。
「大体……僕だって男なんですからっ」
遥は言い切ると顔を背けた。
 だが遥の思いとは裏腹に赤月は唖然としている。
「……寝込みを襲うのはいかがなものだろうか、母が悲しむぞ」
赤月に物悲しそうな視線を向けられ遥は「何でそうなるんですか!」と顔を真赤にして反論した。
 その騒がしさに近くを人が通る事があるのなら洞窟を覗く事だろう。 そして実際にこの騒がしさを聞きつけた者がいた。
「まったく何を騒いでいるのだ、馬鹿者……」
遥達は急に声をかけられ入り口を振り返った。
 それは遥達を探していたシスだった。 シスは肩で息をしながら彼らに歩み寄る。
「助かりました!」
 遥は思わぬ助け舟だと言うようにそう叫ぶと彼女を抱きしめた。
「な、なんだ!?」
 シスは突然抱きしめられ耳も尻尾もピンッと立たせた。 だが奥でずぶ濡れのまま横たわる茜と女物の衣服を目にして状況を察した。
 シスは抱き付く遥を引き剥がし「お前立ち上がるな」と怪訝に言う。 その言葉に遥は外気に晒された足に気付いて再び座り込む。 だけどシスの言葉はこれだけで終わらなかった。
「大体、昨日のお前と同じ状況だと理解しているか?」
シスは冷たく言い放つとトコトコと茜の元へ向かった。
 遥は意味が判らず首を傾げたが、 それが茜の状態を指している事に気付くと「え!?」と声をあげ真赤になって硬直した。
 昨日目覚めた時には服を着ていたから気付かなかったが、 よく考えてみれば川から引き上げた人間をずぶ濡れなままベッドに寝かせる筈はない。 遥はそこまで思考を巡らせると穴があったら入りたいと思う程、恥かしさに頭を抱えた。
「だから命が大事だと……」
 赤月は同情にも似たような冷ややかな目で遥を見ていた。 だがその言葉を耳にしたシスは面白く無さそうに赤月を横切る。
「(黙らせることもできた癖に……)」
 しかしシスはそれを口にする事はなく、放置されていたワンピースとタオルを手に取る。 そして茜を見下ろすとその顔をしばらく見つめていた。

...2008.11.24/修正02