魔法使いの法則

 差し込む光は暖かく 綺麗で空気の澄んでいる。
 そんな森の奥深くには 幼い師匠が住んでいて、幼い容姿と大人びた冷静な面を持ち合わす。
...[師匠]2004.9.24

 日差しが暖かく空気は澄んでいる。 そんな森の奥深く、獣人-けものびと-特有の耳と尻尾を生やし、 天使特有の羽を持った黄色い髪を持った少女がトボトボと歩いていた。
 五歳くらいのその少女はハーフ特有のオッドアイを持ち、 右目は少し血の色に近い赤紫色、 左目は自然を表すような深い緑色をしている。 そのオッドアイからとめどなく涙が零れる。
「お母さん……っお父さん……っ」
少女は先程まで共に居た者達を呼んだ。 しかし返事はなく、辺りに居る気配すらない。
「どこに……いるの……っ?」
いくら返事がこなくとも、少女は疲れ果てるまで両親呼び続けた。
 この少女の両親が彼女を置き去りにしたのには事情があった。 天使とは「平等の愛」を謳う種族で、更にそれを取り違え独占欲の塊だった。
 幼い子供は色んな物に興味を示し、親ならそんな子供が心配で関心をひくだろう。 それ故に自分より子供が大切なのだと子供に嫉妬する。 だから天使に多いその症状が改善されるまで、子供と離れて暮す習性があった。
 しかし、それは全ての天使が発症するわけではない。 だが傍にいる天使が発症すれば自分も子供を虐待するのではと不安になる。 そうした不安から発症せずに手放す者が後を断たなかった。
 そしてこの少女の両親は後者だった。 少女の母親は有翼天使の双子でグランスでとても大事にされていた。 そんな最中、妹は結婚し子供にも恵まれた。
 姉である少女の母親はある時外の世界へでて今の夫に出会い戻る事はなく、 その結果グランスの長となったのはその妹だった。
 一国の王ほどの重圧はなくとも、それでも国をまとめていく大役。 疲れや夫への不安からその妹は子供を虐待し、夫共々追い出してしまった。
 その話はもちろん姉の耳にも届いた。 同じ血を分けた双子の姉妹が発症した以上自分も発症するかもしれない。 そう不安にかられた母親は父親を説得し、妹の夫から協力を得て離れて暮す道を選んだのだ。 それが少女の恨みを育てる結果になると知りながら、母親の心にはその他の道がなかった。
 天使達はかつて荒廃したこの世界に降臨したとされる救世主の末路を、嘆いた。 そしてその悲劇を忘れない為、初めてこの病気を経験した親子の物語を今世まで語り継いできたのだ。

―かつて、荒廃した世界に暮す孤児の姉弟がいた。
ある日、病魔に弟は倒れ、少女は天に願う、世界の再生を……。
それを聞き入れた天は一人の救世主を降臨させた。
美しい緑に溢れた世界に人々は喜び、笑顔が世界に満ちた。
そして人々は救世主の青年を"神”と崇めた。

やがて救世主は自分を呼んだ少女と結ばれた。
あの日救われた弟はそれを祝福し、姉と共に幸せを喜んだ。
やがて二人の子供にも恵まれ、三人の幸せは周りが羨むほどになった。

だけどその幸せは 長くは続かなかった。
少女は愛される子供達を嫉妬しそんな自分の心を嫌った。
それに気付いた青年は子供達を彼女から遠ざける。
それぞれの心を守る為、妻の弟と考えた結果だった。
二人の子供のうち「弟」はそれに納得したが、「兄」は父を恨んだ。

やがてその子供は青年に刃を向けた。
青年も妻を助ける条件のもと、全てを妻の弟に託して自らの命を捧げた。
しかし、それは子の一人を堕の道に落し、救う筈だった姉弟を死へと追いやる結果になった……。―
...[それは遠い昔の話]

 かつて神とまで呼ばれた救世主は、自分が殺される事で家族を守ったつもりだった。 しかし子供の一人は堕天使となり、 夫の死を受け入れられなかった妻は自害してしまったと伝えられていた。 身体の弱かった妻の弟も心労に心労を重ね、後を追うように亡くなったらしく、真相は闇に葬られた。

 全ての真相を知るのは家族が崩壊していくのただ見ているしかなかった「弟」だけと言われている。

二話:森に住む少女/1

 日差しが暖かく、空気は澄んでいる。 そんな森の奥深く、川は澄んだ水を流れに沿って運んでいた。
 漆黒の舞服に身を包んだ少年の身体は流れに身を任せるように流されている。
「(暖かい……)」
少年は身体に力が入らず流されつづける。 しばらくすると、舞服が何かに引っ掛かり流れが止まり、 同時に何か暖かいものが頬に触れた。 それは人の手のようで、小さい頃の記憶を呼び起こす。
「母さん……」
少年は搾り出すようにそう呟くとそのまま意識を失った。 手の主はその頬をペチペチと叩いたが、起きる気配はない。 そして仕方ないと判断し、彼を引きずりながらどこかへ歩き出した。

 暖かい物に包まれている感触、 冷え切っていた身体が少しずつ体温を取り戻していく感覚、 その心地よさに少年は意識を取り戻した。
 こぽこぽこぽと何かを注ぐ音が聞こえる。 カシャンと食器の立てる音が聞こえる。 そしてテッテッテと、足音が聞こえる。 漆黒の舞服に身を包んだその少年はゆっくりと身体を起こす。 頬に張り付いたまだ少し湿っぽい黒髪をかきあげ、少し目を開くと視界がぼやけ額を抑えた。 そして少しずつ明るさに慣らすように目を開く、瞳の色は赤。 その少年は黄泉 遥だった。
 遥は漆黒の舞服に身を包んでいる事に気付いていないようだ。
「気がついたか?」
そう声をかけられ、覚醒しきらないまま声の主を見た。 獣人特有の耳と尻尾を生やし、 天使特有の羽を持った黄色い髪を持った十二歳くらいの少女だった。 少女の髪は腰よりも長く、二つに結っている。 右目は少し血の色に近い赤紫色、 左目は自然を表すような深い緑色をしている。 そのハーフ特有のオッドアイは真っ直ぐ遥を見つめていた。
「君が助けてくれたんですね、ありがとうございます」
状況を飲み込んだ遥はそうお礼を言った。 しかしまだ少しクラクラする、少女はフッと笑うと彼に手に持ったお盆を差し出した。 それにはほこほこと湯気のたつスープと形のよいパンが乗っていた。
「栄養価の高い物、食べれば元気になるだろうと思って作っておいた」
「あ、すいません、ありがとうございます……頂きます」
遥は微笑むと差し出された軽食をお盆ごと受け取った。 少女は満足そうにポスとソファーに腰掛ける。 口ぶりと硬そうな表情からは想像できないが、 動きは歳相応の少女とかわりなく遥は微笑ましくて和んだ。
 その軽食を食べている間少女はずっと遥を眺めていた。 その視線に妙に緊張したが、少女のフサフサとした尻尾がフワフワと動いている。 それを見ていたら緊張の糸は解けた。
「ごちそうさまでした」
遥は両手を合わせ笑顔で答えた。 それが嬉しかったのか少女は頬を染め食器を持って台所へ駆けて行く。 遥はそれも笑顔で見送るとゆっくり辺りを見回した。
 どうやらここは大きな木の中に作られた家のようだった。 決して広くはないが、少女一人が暮すには十分だろう。 だが両親はどうしたのだろう、 遥は自分が一人になったのと同じくらいの年頃の少女の心情を考えると、とても他人事とは思えなかった。
 しばらく考えていると、段々と何か思い出し喉が熱くなってきた。
「(……やめよう)」
顔色悪く口をおさえ、浮かんできた記憶を振り払いこの事を考えるのをやめた。
 フと遥は自分の置かれている立場を考えてみる。
「(茜と麗羅とは……はぐれてしまったようですね……)」
崖から飛び降りた後、波にさらわれて二人とはぐれてしまったようだ。 思い起こそうとしても落下のショックか記憶は曖昧だった。
 これからどうするかを考えなければいけない、思わず遥は落胆する。 そして視線を手元に落した瞬間何かに気付いた。
 自分の手元を見ているはずなのに自分の腕は見覚えのない漆黒の布地を纏っている。 その腕の先を目で追って行けばそれはほぼ全身だ。 かろうじて制服も着ているのだが、 着こなしが複雑で上に羽織っているとは言い難い状態だった。
「な……なんですかこれ!?」
遥は驚きベッドから飛び起きると自分の格好を見回した。
 上に羽織っている物は一応脱ぐ事ができそうだが、 足元を隠しているヒラヒラとした部分は制服と同化しているように見える。 何より三枚も重ねて着ているようなモゾモゾとした感覚がない。 だけど制服を捲り上げるとその服の全貌が見える、 戻せばやはり重ね着をしている感覚はなくなる、遥は不気味に感じた。
 大体いつ漆黒の舞服を着たというのだろう。 遥は飛び降りた時の衝撃で今まで意識がなかった。 怪訝そうな顔で記憶を辿る。
「(そういえば……飛び降りた時何かに包まれた感覚があったような……)」
遥は白い輝きに包まれた事を漠然と記憶していた。 次にその感覚が何かに似ていた事を思い出し、ッハとしてポケットのある部分に触れる。 そこにいれていたはずの水晶の感覚がない。
「ま、まさか落した……!?」
反対側のポケットも探ってみるがやはりない。 遥は肩を強張らせた。
 どうしていいかわからず立ち尽くしていると、片付けを終えた少女が台所から戻ってきた。
「何をしている?」
「あ……あの、このくらいの水晶知りませんか?」
遥は手で大体の大きさを示した。 その必死な形相に少女は首を傾げる。
「……これの事か?危ないから出しておいたんだが……」
少女は机の上に置いていた袋を持つと遥に手渡した。 中を見るとそれは砕けてしまっていて、遥は愕然とした。
 遥の様子を黙視していた少女は怪訝そうな顔をした。
「耐久力のない水晶は中身を出して砕ける事もあるぞ?」
少女の言葉を聞くと遥は袋を机に置き、少し屈むと少女の肩を揺さぶった。
「それ本当ですか?!」
「あっああ……」
ガクガクと揺さぶられながら少女は答えると遥の腕を掴んだ。 遥は手を放すと深刻な表情をする。
「じゃあ中身はどこへ……」
「お前と一緒に流れてきたのは……これくらいだぞ?」
少女は一振りの杖を手渡した。 赤い水晶のついた青みがかった緑色の杖だ。
「これが水晶の中に入ってたもの……」
遥はその杖を握りしめて呟いた。
 しかし握っていると妙な感覚を持ち、我慢できずに口を開く。
「何やら……、生暖かいような……」
遥は顔を真っ青に染め、ブルブルとふるえた。
「気持ちの悪い事を言うなっ!!」
少女は耳や尻尾をピンッと立て叫ぶ。 その形相はまるで猫のようだった。
 だけどこれだけかなのだろうか、 母が大事にしていた物が一つという保証はない。
「あの、この手の水晶って許容容量はどのくらいなんですか?」
「純度の高い物なら結構入るが、お前のは二つが限界だったんじゃないか?」
少女はそう首を傾げながら言った。
 二つと聞き遥は一つは流されてしまったのだろうかと落胆した。
「見つからないものは仕方ないだろう?」
「そうですが、母に申し訳なくて……」
遥はそう呟くと頬を掻いた。 だが諦め悪くぼやいていてもでてくるわけではない、 遥は諦めたように溜息を付いた。
 話題を変えようと考えていたとき、遥は自分が今着ている舞服が目についた。
「そういえば、この舞服は不思議ですね」
遥は笑顔を作るとそう口にした。 着た覚えがない以上少女が着せてくれたものだろうと考えたからだ。
「ん?まあ漆黒は珍しいな、"骸の上に成り立つ一族"みたいだ」
少女の返答に遥は目をパチパチさせ首を傾げた。
「君が貸してくれたんじゃないんですか?」
「そんなサイズの合わない物持っているわけないだろ?」
訝しげな表情を浮かべ少女は答えた。
 遥は首を傾げたまま舞服に触れると、一つの考えに行き着いた。
「これがもう一つの母が大切にしていたもの?」
嬉しげにそう口にだした。 何故着ているのかという疑問は残ったが、彼にとっては些細な問題だった。 母の大切にしていたものを無くさずに持っている事の方が重要だったからだ。 だから遥は色々な不思議な現象はきっと魔力が影響しているのだと、 そう納得する事にした。
 少女が今だ怪訝そうに遥を見ていたが、遥はその舞服を気にして気付かなかった。
「(何だろう、この感じ……なんだかすごく懐かしい気がする……)」
遥は舞服に触れながらそう思った。 色んな角度から見回せば誰かが着ていたようなと漠然と思い返す。 それはこれの本当の持ち主だろうか、それは誰だろうと遥は疑問を持った。
「(そういえばこの子、さっき"骸の上に成り立つ一族"って……)」
一体何の事だろうと思ったが"骸"という単語には良い気分はしなかった。
 次に杖を見つめなおすと、今度は酷く戸惑いを感じた。 舞服と同じ懐かしいという感覚なのだが、何か次元が違う。 初めてみる杖なのに、何故かすごく申し訳無さを感じるのだ。
「(どうして・・・寂しかったんじゃないかとか、そんな事考えるんだろう)」
だけど舞服に感じる懐かしさ、杖に感じる申し訳なさ、その理由を今の遥は知る由もなかった。

...2008.10.31/修正02