Genocide

 保健室に着いた私は強制的にベッドに寝かされた。 彼は教室に戻るのかと思ったら戻ろうとしないし、 保険の先生は一限目が終わったら起こしにくる、そう言ってどこかに行ってしまうし、 特別体調が悪いわけではないから落ち着かなくて仕方ない。
「……律君、授業戻らなくていいの?」
私はさり気なく聞いてみた。 彼は戻るよ?と笑った。 だけどそれは今すぐという意味ではないみたいだ。
「このままじゃ先生の負けは確実、のるも気付いたでしょ?」
確かにそう思っていた、でも返事をする事ができず瞬間的に目をそらしてしまった。 きっと彼にばれた、いや、聞いた時から確信していた。
「負けて傷付くのがのるだと可哀想だからさ、ヒントをあげる」
彼はブレザーのポケットから手帳を取り出すと、おもむろに何かを書き出した。 そしてその頁を破り取り、私に差し出した。 私は恐る恐るそれを受け取り、書かれていた文を読み上げた。
「"先生へ とうとう僕を捕らえられませんでしたね 朝霧 律"……これは?」
私はなんの事かわからず彼を見つめた。
「僕が手をかけ学校を休んだ順番に読めばこうなる、まあ"あ"が足りないんだけど……」
彼はそう困ったよっと笑った。 だけどそれほど困っているようには感じない。
「生きてる奴も順番にね」
挑戦的な笑みを浮かべると、彼は私の前髪を避け、取ったと言いながら額に口付けた。 私は驚いて彼が離れた瞬間、真赤になって額をおさえた。 だけど彼はクスクスと笑うだけだ。
「じゃあ戻るよ、あ、鍵開けるから閉めてくれる?」
私は仕方なく起き上がると、彼はありがとう、と言う。 なんて返していいかわからなくて戸惑っていると、彼は微笑んでそのまま行ってしまった。
 鍵をかけ、私はベッドに戻った。 彼が何を考えているのかわからない、順番に読むとはどういう事なのだろう。 私は彼から今受け取った紙を見つめた。 だけどこれをずっと眺めていても何もわからないだろう、 だから私は夜観之君に貰った紙を取り出した。
 そして出席番号順に並ぶクラスメイトの名前、住まいに改めて目を通す。
01.朝霧 律:○区○丁目○番地3 / 井口 朔夏:寮=038号室 第一棟四階
02.喜多野 敏也:寮=064号室 第二棟二階 / 金谷 姫華:寮=052号室 第二棟一階
03.草川 玲慈:寮=057号室 第二棟一階 / 桐島 美弥:寮=024号室 第一棟三階
04.久納 村雅:寮=087号室 第二棟四階 / 窪谷 まりん:寮=054号室 第二棟一階
05.佐々川 暁:寮=056号室 第二棟一階 / 斉藤 直:○区○町○丁目○番地○ 131号室
06.芝崎 満:○区○町○丁目○番地○ 023号室 / 坂滝 のるん:○区○町○丁目○番地○ 037号室
07.曽根 大地:寮=062号室 第二棟二階 / 寿々宮 佳奈美:寮=037号室 第一棟四階
08.武下 形哉:寮=092号室 第二棟五階 / 高水 実依:寮=058号室 第二棟一階
09.寺石 瑠貴:寮=076号室 第二棟三階 / 遠野 柚希:寮=008号室 第一棟一階
10.永山 勇助:寮=093号室 第二棟五階 / 規皆 良香:○区○町○丁目○番地○ 063号室
11.七瀬 夜観之:寮=068号室 第二棟二階 / 浜中 洋子:寮=025号室 第一棟三階
12.西澤 乙矢:寮=063号室 第二棟二階 / 星垣 由真:寮=039号室 第一棟四階
13.沼田 悠太郎:○区○町○丁目○番地8 / 間野 麻美:寮=023号室 第一棟三階
14.原田 創一:寮=078号室 第二棟三階 / 山里 来夢:寮=042号室 第一棟五階
15.馬島 道徳:寮=088号室 第二棟四階 / 由比 芽衣子:寮=040号室 第一棟四階
16.向ヶ丘 銀:○区○町○丁目○番地12

 この中で蛍光ペンの引かれているのは、"朝霧 律、井口 朔夏、喜多野 敏也、金谷 姫華、桐島 美弥、窪谷 まりん、佐々川 暁、斉藤 直、曽根 大地、永山 勇助、七瀬 夜観之、浜中 洋子、原田 創一、山里 来夢、馬島 道徳、由比 芽衣子、向ヶ丘 銀"の十七人だ。
 以前夜観之君は『高水は関係者じゃないから生きていると思う』と、そう言っていた。 そして実際、彼に何かされたとはいえ、生きて学校にやってきた。 高水さんには蛍光ペンは引かれていない、更に蛍光ペンの引かれた佐々川君と窪谷さんは殺されている。 この蛍光ペンの引かれている十七人が、何かの関係者で、彼はその人達を殺そうとしているのだと……。
 だけど私にはそれ以上の事は何もわからなかった。
「次が誰か判れば……止められるかもしれないのに……」
私は自分の無力さを思い知って、悔しくてカタカタと身体が震えた。
 今頃彼は何食わぬ顔で席についているのだろう、そんな事を考えていた時携帯がブルブルと振るえ止まる。 私は驚いて急いで携帯を取り出すと、それは夜観之君からのメールだった。
 私は夜観之君のメールを開いた。
『とりあえず高水に話を聞こう。朝霧にばれたら面倒だから慎重にな』
"ばれたら面倒"という事は、きっと彼が教室に戻ったのと同時にこれを送信したのだろう。 そしてメールは返信はしない方がいいと思い、心の中で頷く事にした。
 しばらくすると再びメールが来た。今度は彼だ。 私と夜観之君のやり取りに感づかれたのかと不安が過ぎる。 恐る恐るメールを開いて見ると、夜観之君の事は一切触れず、
『言い忘れたけど、さっきのヒントはひらがなに直す事、それじゃおやすみ』
と書かれていた。 思い過ごしと安堵するより、何故わざわざ彼自身が不利になる事をするのかと戸惑う。 彼の言動がまったく読めない。 私は誰も答えを教えてくれない問いを口にした。

「一体、律君は何がしたいの……」

06.以前の再現

 二時間目から授業に戻ったが、周りは私を見てクスクスと笑っていた。 斉藤さんも複雑な表情で私をチラチラ見ていたが、何気なく目が合うとすぐに顔を背ける。 きっとみんなと同じ、可笑しな事を言う奴だと、そう思ったのだろう。 結局みんなに便乗していないのは彼と夜観之君、そして高水さんだけだった。
 だけどそれは仕方ない事だと割り切るしかなかった。 彼は手を血に染めても、学校では今まで通り優等生を通している。 そして仮に真実だったとしても、みんなからすれば『普通彼氏を売るか』という事なのだろう。
 でも私の考え方は違う、彼女だからこそ彼を止めなければいけないと思った。
 そして放課後、彼は用事があると屋上に呼び出す事はせず帰ってしまった。 その用事というのが気になったが、夜観之君はこれ以上の機会はないと、座ったまま動けずにいる高水さんの席に近付いた。 人影に気付き、高水さんは夜観之君を見上げると、その表情は酷く怯えていた。
「や、夜観之君、怖がってるよ……」
まだ教室に人が残っていたから、私は小声で夜観之君を制した。 夜観之君は私を振り返り、不満そうにジトーっと睨みつけてくる。 恐らく怖がらせるつもりはなかったのだろう。
 私達三人以外いなくなった教室、高水さんはチラチラと夜観之君を見上げては俯いていた。
「屋上で話したい事がある」
夜観之君はそうぶっきらぼうに言うとさっさと屋上に向かって行ってしまった。 高水さんは夜観之君の後ろ姿を見つめながらカタカタと震えている。 大体話したい事の予想は付いているのだろう。
「高水さん……あの」
私がそっと触れようとすると、それを拒んで払いのけた。 忘れてた。 私が彼に付き添われて歩いているのを彼女は見ているんだ。 そして、私の前でも平気で彼は高水さんを脅しかけていた。 何もわからない高水さんにとって、私は彼の共犯者なんだ。
「い、行くからっ言う通りにするから……っ」
高水さんはそう言って立ち上がると鞄を抱え屋上に向かって歩きだし、私はその後に続く。 言い様のない重い空気、沈黙の中に響く足音、それらに私は罪悪感を感じざるえなかった。

 屋上につくとフェンスに背を預け、俯いた夜観之君が私達を待っていた。 夜観之君はすぐ身体起こして近付いてくる。 高水さんにはその動きも恐怖でしかないようで、ビクビクと怯えていた。
「お前朝霧に何された……?」
夜観之君は高水さんの顔を覗きこむと真剣な表情で聞いた。 目が合ったのかまた身体を強張らす。
「何の事……?」
でも高水さんはその目を拒むように視線を泳がせた。
 彼は確かに駒を増やそうとしている。 だけど私と夜観之君が同じなようで違うように、高水さんも与えられた役割は違うのかもしれない。 私がそう考えている時、夜観之君は二言目を口にした。
「俺やそいつはあいつに毒を飲まされてる」
それを聞いた高水さんは目を見開いて夜観之君の目を真っ直ぐに見た。 それでも頑なに自分の事を話そうとはしない。
「……口外禁止と学校では今まで通り過ごし起った事は黙止しろって感じか」
夜観之君はそう言って溜息を付くと、高水さんはどうしてわかったのかと言うように夜観之君に縋りつく。
「お願い言わないで……っバレたら私殺されちゃう……!」
そのままか・・・と夜観之君は呟くと、高水さんの肩を掴んで強引に引き剥がした。
「言うかよ、俺も口外禁止みたいなもんだし」
私を指差して夜観之君がそう言うと高水さんは一先ず落ち着いたようだったが、苦しそうな表情はかわらなかった。 見ていると胸が締め付けられる、人を苦しめる彼に唯一敵対する事を許されてるのに、私は彼を嫌いにはなれない。 二人は彼を嫌いなはずだし、私がそんな状態でいる事なんて思ってもみないはずだ。
「お前他には言われてないのか?三日間どうしてたんだ」
それは……と高水さんは歯切れ悪く言った。 私は休学など逃げ出す事、そして学校外に口外する事を禁止されている。 夜観之君も休学は同じようで、私と違い口外禁止、そして彼の為に何かを用意する役回り。 何を命令されているのか私達はわからない、とにかく質問をするしかないのだろうか、 そう考えていた時、高水さんが重い口を開いた。
「私は、そんな三日間はなかったそういう設定で、今まで通り過ごせって……」
それを聞いて遅刻を許されたのは、今まで通りの一つだからだとそう思った。 確かに三日間をなかったという設定で過ごすなら口外はできない。 そして最初に言われたはずだ、命令通りに動かなければ解毒しないという事を……。
「私以外に毒の被害者がいるって話は聞いてないの、ただ、それだけ……」
だからっと目線をそらした。 いつも元気だった高水さんには酷な命令だろう。 そして私はふと疑問に思った事があった。 夜観之君が私に情報を漏らしたりする事は、彼の命令に背いた事にはならないのだろうか……。
「……夜観之君も、私の事は聞いてはいなかったよね?私に話すのまずかったんじゃ」
「口外するなとか言ってねーしあいつ」
私はビクッとした。 夜観之君のその考え方は危なくないだろうか……大体さっき『俺も口外禁止みたいなもん』って言ってなかっただろうか……。 でも私と夜観之君が協力している事に彼は何も言ってこない、 だから私は、その話は考えない事にした。
「この辺りに壊れた家があるでしょ?窪谷さんにメールで呼び出されて、そこに行ったら後ろから……」
死んでいる窪谷さんがメールをできるはずがない。 そして彼はそう簡単に人にアドレスを教えたりはしない。 きっとクラスで一番人脈の広い二人を殺し、携帯を奪った。 そう考えるのが妥当だろう。
「その時に毒を飲まされて……今日まで058号室からでるなって……」
彼は夜観之君に調べさせクラスメイト全員の住所、寮の番号を知っている。 高水さんが呼び出された日、みんなにとって彼は欠席者だった。 そんな日に毒を飲まされ、まして自分の部屋を指定されていたら、 何か細工でもされているのではないかって思っても可笑しくは無い。 そしてそう考えてしまったら最後、命令に従わざるえないはずだ。
 しばらく沈黙が流れて、私は意を決して高水さんに言った。
「あの、協力してもらえない、かな……」
私の言葉じゃ誰にも信用してもらえない。 かと言って高水さんに私の代わりをしてもらう事はできないけど、 それでも高水さんの存在が何かプラスに働くような、そんな気がした。
「あとは、何も知らないから、もう……放っておいて……」
だけど、高水さんは協力はできないという風に首を振りながらそう言った。
 私達は高水さんの後ろ姿を見送る。 そして高水さんは私や夜観之君と解毒の条件も違うのかもしれないと、そう思った。 高水さんは、彼が目的を果たす以外で生き残る事はできないんじゃないか……。 だから「放っておいて」と言うんじゃないか。 それとも、ただこれ以上かかわりたくなかっただけなのだろうか、私は俯いた。
 更にしばらくして、実は私は彼の駒ではないのではないかと、そんな事を考えた。 ゲーム開始時の彼の駒は夜観之君一人で、あとは先生の駒で今は塗り替えられた高水さん。 先生は残りのクラスメイト達、うち二人分駒を失い、もう一人はリスト通りなら今塗り替えられようとしている。 私は彼に不利な事しか要求されていないはずだ。 信用されてはいないが先生の駒なのではないだろうか……?
「のろ子、さっきっから何難しい顔してんだ」
夜観之君にそう声を掛けられて我に返った。 何だか妙に恥かしい。
「それより五時からバイトだろ?もう行かないと間に合わない」
私の様子はお構いなしに夜観之君は何気なくそう答えた。 先週、彼にそう言われてバイトに行った事を思い出す。 たかが一週間前の事なのに、もう起りえない過去の事だという事実が悲しい。 それが表情にでていたのか、夜観之君は溜息をついた。
「面倒くせーな、ほら、さっさと行くぞ」
「え、ひゃ!?」
夜観之君は私の腕を取ると歩きだす、私の顔はあえて見ようとしない。 私は躓きそうになりながらもなんとか保つと、夜観之君の歩調について行こうと少し急ぎ足になった。 ついていくのに必死で困惑していた時、私は何となく夜観之君の優しさを見た気がした。 悲しんでいる事に気付いて、悲しみを和らげてくれたのではないかと、そう思ったのだ。 考え過ぎかもしれないけど、何だか申し訳無さとそれ以上のありがとうって言葉が私の中に浮かんだ。

 十月二日、日曜日。 学校がなくて母のいない日は洗濯して、掃除して、買い物に行って、そして……少し考えてやめた。 今の彼と私には関係のない事だ。
 とりあえず洗濯をはじめようとエプロンを手に立ち上がる。 普段なら携帯をポケットか何かに入れて、作業をするが、今日はやめておこうかと思った。 だけど、夜観之君が何か連絡してくるかもしれない、そう思っていつも通り持っていく事にした。
 物によってネットに入れたりしながら衣服を洗濯機の中に入れ、水を取り込んで洗剤を入れ、最後に洗濯機のスイッチを入れる。 それを待ってる間に部屋に軽く掃除機をかけて、次にテーブルを拭く。 流し台に立ったら今度は洗い物をして、それが終わったら今度は洗濯物を干す。 いつも通り、違うのはいつも気持ちや状況だけだ。 私は思わず溜息を付いてしまった。
 作業を終えてボケッとしていても仕方ないので昼食の準備をする。 昨日の残り物に適当にアレンジを加えるだけ、少しでも節約しないといけない気持ちから始めた事だが、 意外に楽しかったりもする。 だけど気分はいつもとは違って心ここに在らずという感じだ。
 昼食を終えて一息付いてる時、次にどうするか考えた。 いつも通り買い物にでるには少し気分が優れない。 彼の両親は日曜日にいない事が多いから、買い物にでると彼に鉢合わせる。 示し合わせてた事もあったが、そんな事をしなくても大概は同じ時間に行動していた。
「……でも家に居る理由もないし」
私は再び溜息を付いて、身につけていたエプロンを外した。 鞄に財布や家の鍵、あとはハンカチや携帯を入れて、それを持って外にでる。
 スーパーに付いたら籠を持って、夕飯は何にしようとか、そんな事を何となく考える。 カレーにしてしばらくカレーづくしとか、キャベツが安いからロールキャベツにしようかとか、そんな他愛もない事だ。 カレーにするならりんごでもいれてみようか、そう思って手をのばした時、誰かの手に触れた。
「あ、ごめんなさい……」
そう謝りながら見上げると、そこに居たのは彼―朝霧 律、目を丸くしてこちらを見ている。 だけどそれはこちらも同じで、驚きのあまり固まってしまった。

 「時間ずらすとばかり思ってたよ」
買い物を済ませて私は彼と帰り道を歩いていた。 普通ならそうだろう、実際時間をずらそうと考えた。 だけど私自身は彼に会いたいのか会いたくないのかよくわからない。
「家に居る理由もなかったから……」
私はそう答えると、
「勉強するとかあると思うけど?」
彼はそう言って笑った。 確かにその通りだ。 そこまで頭は回ってなくて、恥かしい。
 公園の近くを通りかかった時、彼は足を止めた。 私は不思議に思って彼を振り返る。
「少し話したい事があるから、公園にでも寄らない?」
私は彼の顔を見つめるだけだった。 断れるはずがない、そして彼もそれはわかっているはずだ。
 空いてるベンチに腰掛け空いてるスペースに買い物袋を置いた。 話したい事って一体なんだろう、それを考えるだけで私は緊張して俯いてしまう。 彼は特別気にした様子は見せず、
「昨日、高水に話を聞いたんでしょ?」
そう単刀直入に問い掛けてきた。 夜観之君が話した事はばらさないと言っていた。 だから誤魔化さなければいけない。
「何の事……?」
そう返しては見たもののそういうのが得意じゃない、私の様子に彼は面白そうに笑っている。 私は自分のダメさを思い知って苦しいだけだ。 夜観之君なら上手く誤魔化すんだろうなとか、そんな事を考えてしまう。
「七瀬は置いといて、高水には口外禁止ってちゃんと教えたはずなんだけどな」
彼は私を眺めながらそう冷たく笑う。
「彼女からは何も話してないよ……私達が……誘導尋問しただけ……っ」
「というより七瀬が、だよね」
ククク……と喉を鳴らすように笑う彼が怖い。 終いには「どうしてやろう」などと言い出して、私はガタガタと身体が震えた。
「高水さんは何も悪くないよ!私が悪いのっだから何もしないで、お願い!」
私は彼の手を取ってそう懇願した。 私が誤魔化せなかった所為で高水さんがまた酷い目にあうなんて、 そんな事耐えられなくて今にも泣き出しそうだった。
「いいよ、今回だけは許してあげても、その代わり……」
彼の言葉に少し驚きながらも、私は頷いた。
 私達は立ち上がると、買い物袋を持ち、空いてる手を繋いで歩く、 そして私の住んでるアパートまで送ってもらったら、
「じゃあ、また明日」
と彼が微笑む、以前の再現だ。
「うん、じゃあね」
私は彼ほど自然にはできないけど、精一杯笑顔を作ろうとした。 そうでないと彼は気が変わってしまうかもしれないと思ったからだ。
 そして彼は空いている手を私の頬に添えると、軽く口付けて帰っていった。

...2008.05.26