エターナル・トライアングル*魔法使いの法則

工藤 海さんからいただきましたv
「美姫」の名前を改名する前に頂いたものですので、「遙」になってます(工藤さんごめんなさい!)
以下工藤さんにいただいたものになります^^↓

※この話は工藤 海による100%妄想と捏造によるものです。
※原作者である由利花さまには勝手に無断で書いています(すいません有難う御座います)
※故に原作者さまの本編・設定・時系列と食い違い・矛盾諸々を多分に含んでいます
※読んだ後に「設定と違う!」という苦情は原作者様以外お断りします
※また原作者様への苦情も当然ながらお止め下さい。マジで。関係無いですから。
※上記を了承した上で、「パロディ」という形で納得できる、という方のみどうぞ。















エターナル・トライアングル

 俺と兄貴と狭霧は、ガキの頃からずっと一緒だった。
 狭霧は血筋の所為か男のクセに体弱いし童顔だし何より女みてぇな顔をしてる。アイツの姉上である遙様と並べて見た時は、本当によく似ていると思った。
 行動も子供っぽいし、いくら仕事って言っても、こんな奴を俺は護んなきゃなんないのか、なんて、始めはそうげんなりと思っていた。けどアイツの凄いとこってのは、アイツはそれなりの魅力を持っていて、俺も兄貴も、すっかりアイツのペースに巻き込まれて、主従とかそんな壁は綺麗に取り払われて、すっかり“仲良し三人組”を作り上げたことだ。
 ただ、それに変化が起きたのは兄貴が正式に遙様の守護役に就いて、俺が狭霧の守護役に就いた位のときだ。
 昔から何となく悟っていたけれど、それを「ああやっぱり」って思ったのは間違いなくその時で、俺がこの際限ない悩みを抱え始めたのもその頃だ。



 それは数年前に遡る。
 緋翼は記憶すらしていないが、櫂家が反逆者として壊滅させられて、飛鳥は両親を目の前で殺された。緋翼も怪我を負い、その後兄弟二人して黄泉家に引き取られて、幾日か経って出逢ったのがラーンデット第一王女の黄泉遙姫と、その弟・黄泉狭霧だった。
 その時のことは緋翼もよく覚えていて、遙は二人に優しい笑顔を向けて、頭を撫でた。彼女の金糸の髪が眩しかったのと、実の兄・飛鳥が、遙に対し酷く緊張した顔をしていたのがかなりの印象を持った。
 狭霧に関しては、遙の後ろに隠れて、おずおずとコチラを見ている顔が遙に似ていると思ったと同時に、生っ白いなと思ったのが正直な感想だ。「仲良くしてね」と遙に促されて出てきた彼は、自分達の顔を見て笑った。遙とはまた違った笑顔だった。
 狭霧は自分達によく懐いた、と思う。懐いたという表現は些か語弊があるかもしれないが、本当に二人の後について回ってきたし、王子であるという自覚を少し持ったほうが良いんじゃないかと幼心に思ったものだった。
 それでも、彼が笑顔で追いかけてくれば、拒むことなど出来なかったのだ。

 兄の異変に気が付いたのは、二回目に遙に会った時だった。
 遙の顔を見るや否や、途端に緊張して、彼女が優しい笑顔を浮かべれば、嬉しそうに笑う兄を見て、緋翼は驚いた。無口で無愛想で、感情表現の苦手なこの兄が、彼女にはこうして素直に表情を浮かべるのを見て、ひょっとして、という思いはあった。それは三回目も四回目も、その後もずっと何回も繰り返されて、それは徐々に推測ではなくなっていった。確信に変わったのは、彼が正式に遙の守護役に就いた時で、責任感から来る大人びた表情の半分に、嬉しさを見た時だった。
 それからと言うもの、今迄三人、で居たのに、飛鳥は忙しそうに遙に付いて回ろうとしたし、剣も学もより一層力を入れて励んでいた。故に自分は狭霧の守護役の任に就くという話も既に持ち上がってその準備に入っていた為、彼と二人で居ることが多くなった。そしてそこでも、緋翼はもう一つの異変にも気付き始めていた。



 「最近、飛鳥忙しそうだね」
午後のティータイムをしている最中、もうすっかりこの二人組が慣れた頃に、狭霧は言った。あまりに唐突だったので、緋翼は一瞬反応することが出来ず、暫くの間を空けてから漸く答えた。
「あぁ―――…んでも、兄貴は昔からああじゃん。アイツも仕事、あるしさー」
「うぅん…そうなんだけど、さ。前は忙しくても仕事の合間に、此処に飛鳥の姿もあったのに……最近、顔も出してくれないじゃない…」
狭霧はそう言って、曖昧な笑みを浮かべながら自分のカップを握り締める。緋翼は自分のカップを口に運んで、ダージリンの茶葉の良い香りを嗅ぎながら、それを喉に流し込んだ。
 飛鳥は此処数年、まるで自分達を避けるように紅茶を飲む暇も与えずに仕事に励んでいる。その理由は判っていたし、勿論狭霧も判っていた。
 緋翼は狭霧の言葉と顔を見て焦っていた。
 狭霧のそんな表情を見たのは何も今日が始めてじゃない。初めて見たのは飛鳥が遙の守護役に就いて、自分達から離れて行った時。そして此処数年―――飛鳥が守護していた遙が、突如居なくなった時からだ。
 飛鳥が始めに離れていって、もう一つの異変を見せたのは狭霧だった。
 飛鳥の居ない、二人だけのお茶の時間。狭霧は必死にいつものように笑っていたが、時折扉や時計を気にしたりして、飛鳥が訪れるのを待っているのを、緋翼は気付いていた。それに自分が敏感に反応して、過剰に気にする理由も、自分自身で緋翼は認識していた。
 飛鳥が守護役の任に就いた後も、ある程度落ち着いたら三人一緒に会話をすることもお茶をすることもあった。狭霧がそれまで見せていた笑顔ではなく、三人揃ったことからくる嬉々とした笑顔を見て、ほっとする反面、なんともいえない気持ちになったのも事実だ。それから数年経って、また飛鳥はこの部屋から消えた。
 まるで自分を戒めるように仕事を詰め、自分とて狭霧じゃないが心配をしていないわけではない。けれど、狭霧にこんな表情をさせているのは他でもなくアイツで、アイツの所為で狭霧がこんな顔をする、と思っているのも事実、アイツが居ないおかげで二人で居れる、と思ってるのも、紛れもない事実で、緋翼は苛立ちを隠せずに舌打ちした。
 「…緋翼?」
小さな舌打ちだったが、静かな部屋で彼の耳に届くのは容易だった。怒らせたのだろうかと心配そうな表情を浮かべる狭霧に、緋翼はまずった、と思いながら慌てて言った。
「あ、悪ぃ悪ぃ、まー兄貴も薄情になったってーもんだよなぁ」
みんなでお茶しよう、って言ってたのにな、と冗談っぽく笑う。その顔に安堵したのか、狭霧もくすりと笑った。



 廊下の向こうから一人の人物が歩いて来るのを、緋翼は視認した。
 緋翼は一度立ち止まり、その人物が思った通りの人物だったので、何事もなかったように歩き始めた。向こうから来た人物もコチラに気付き、目の前でお互い足を止めた。
「よーぉ、久しぶりじゃん、兄貴」
「…緋翼…」
久しぶり、と言ったのは皮肉じゃない。実際、久方ぶりに兄の顔を見たのだ。
 頭の後ろで組んでいた手を解いて、よっと手をかざすと、飛鳥は眉を顰めた。
 少しやせただろうか。目の下にもクマがある。やはり無理をしているんだろうか、と緋翼はそう思いながら、数日ぶりにみる兄を見て笑った。
「何だ何だ〜元気ねーな。あんま根つめると倒れるぜ」
「……………」
自分では精一杯の励ましのつもりだ。それでも飛鳥にはただからかっているようにしか見えないのか、彼は黙ったままだ。
 飛鳥が自分達を避けているように、自分達も無意識に飛鳥を避けていた。避けた、と言うよりかは、彼に会っても、何て声をかけたら良いか判らなかった。実の姉が行き成り失踪した狭霧は、逆に思った以上に冷静で、飛鳥を気にかけていたが、何の言葉も見つけることが出来ずに居た。彼もまた、飛鳥が遙に対して特別な何かを持っていたことに、少しだけ勘付いていたのだろう。
 「…なんか言えよ…」
困ったように緋翼が言うと、飛鳥はゆっくりと重い口を開いた。小さな蚊の鳴く様な声で、これも久々に聞く声が絞り出された。
「…狭霧は」
元気か、と続いた言葉に、緋翼は途端に眉を顰めた。それでも何とか自分を抑えて、「元気だよ」と少しぶっきらぼうに答えると、飛鳥は「そうか」と少しだけ笑って目を伏せた。
「アイツは身体は弱いが、気持ちだけは元気だからな。元気なら良い。ちゃんと、護ってやれよ」
それは護れなかった自分への贖罪のつもりなのか。緋翼は更に顔を歪ませた。そして、「じゃあな」と短く言ってその場を立ち去ろうとする飛鳥に、緋翼は思わず叫んだ。
「待てよ!!」
突然の大声に飛鳥は足を止めた。何だと振り返ると、緋翼は怒りに震える身体を必死に押さえて、顔を上げて言った。
「………兄貴、狭霧のこと、どう思ってるんだ」
真っ直ぐに目を見て言うと、飛鳥は行き成り何なんだと、片眉を上げて黙っていた。緋翼はもう一度言った。
「狭霧のこと、どう思ってるんだって、聞いてんだよ」
声に怒りが含まれる。飛鳥は何かを言いかけて口を開くが、言葉が出てこない。そして暫くしたうちに、漸く声を出した。
「…別に。アイツは……幼馴染で、俺たちの主人で、それだけだ」
「っ!!」
急に血が昇る感覚がして、胸倉を掴み上げた。キッと睨み上げるが、飛鳥は至って冷静で、緋翼は悔しそうに奥歯を噛み締めるとその手をゆっくりと離した。
「…………じゃあ…」
「?」
掴まれて乱れた首元を直している飛鳥に、緋翼は俯いたまま喋り始めた。飛鳥は黙ってその続きを待つ。
「俺が、アイツ取っても、兄貴、構わないよな?」
すっと見上げる。飛鳥は一瞬驚いたように目を見開いたが、ゆっくりと目を閉じて、それから緋翼を見返して言った。
「…狭霧が好きなのか?」
「だから、兄貴はどうなんだよって聞いてんだろ」
質問を質問で返すんじゃねぇ、と思った。どうも噛み合わない会話に苛々しながら、それでも確かに聞きたい答えを尋ねる。飛鳥は黙っていた。けれどやがて観念したようにゆっくり溜息をつくと、口を開いて言った。
「………好きだよ。狭霧のことも。お前のこともな」
「そういう事聞いてるんじゃ……」
「例え」
飛鳥の答えに、不満そうに緋翼は顔を上げた。反論しようとする緋翼の言葉を、飛鳥は遮った。緋翼は大人しく続きを待つ。
「例え………もし、仮に俺が狭霧を好きだとしても…それはきっとあの人を重ねてるだけだ」
 嘘だ。
 緋翼はそう思った。
 もしそれが本当ならそんな事言うはずない。飛鳥が遙に対しての好意と狭霧に対しての好意が別物であることを誰よりも理解してるのは他でもなく自分だ。飛鳥はそう言って自分を納得させているのだ。そう言って自分の気持ちを認めてないのだ。その所為で狭霧が泣く。そして、彼がそうまでして自分の気持ちに素直にならない理由も同時に悟って、緋翼は負けたような悔しさで一杯になった。
 「………何時までも…遙様引き摺ってんなよ。狭霧はあの人じゃない」
そう言うのが精一杯だった。
 くるりと踵を返して、向かっていた方向へ足早に立ち去った。
 残された飛鳥は、暫く彼の背中を見つめて、姿が見えなくなってから漸く目的地へと急いだ。



 「―――クソッ!!!」
ガンッと大きな音を立てて、蹴飛ばされた椅子は勢い良く倒れた。それだけで苛立ちが収まるはずもなく、緋翼は机の上に散らばしっぱなしの書類を全部その上から薙ぎ払った。綺麗になった机に思いっきり拳をぶつけて、じんわりと痛んだ手に情けなくなって、そのまま顔を突っ伏した。舞い上がった書類の束が、だらしない音を微かに立てて床に舞い落ちる。その音が止んで、静かになった後に、緋翼ははぁと溜息をついて靴を脱ぐこともせずにそのままベッドに仰向けになった。ベッドのスプリングが自分の体重を受けて軋んだ。
 (――――クソ…)
緋翼はぎゅっと目を瞑って横を向いた。怒りを通り越して憤りを感じていた。
 兄が遙に対して、母親の面影を見ていると思ったのはずっとずっと昔だ。まるで恋をしている様に盲目的に彼女に憧れを抱いていたが、それが実際の恋でないことも判っていた。
 狭霧が兄に対して、ただの幼馴染以外の興味を抱いているのも知っていた。彼自身が果たしてそれを自覚しているか否かは定かでないが、好いているのは傍から見ていて明らかだった。
 兄が自分に対して、気を遣っているのを勘付いていた。兄は自分が狭霧を好いていることを知っている。それ故に、彼は自分が狭霧を好いているのにも関わらず、「自分が狭霧に対して抱いている感情は、遙様を重ねているからだ」という尤もらしい理由の裏で、「緋翼が狭霧を好きだから」「緋翼の為に」という本音が隠されているのを、予想はしていたものの、先刻それを確信した。
 そして自分は、そんな兄に対して堂々と「じゃあ狭霧は俺が幸せにしてやる」なんて宣言することも、狭霧に好きだということも出来ずに、この中途半端で生ぬるい関係に、苛々しながらも自分もしっかりと浸かっているのだった。
 「クソ…」
考えれば考えるほど、その二文字しか出てこなくて、そんな自分にも苛々した。今は何を考えてもきっとこの言葉しか吐けないし、何が起こっても苛々するだろう。
 いっそ。いっそのこと、兄がさっさと自分のことを無視して、遙を重ねていないことも認めて、狭霧に向かってくれればと思う。そうすれば狭霧が飛鳥に対して抱く感情に気付くだろうし、自分は弟と、守護役という立場に没頭出来るのに、と思った。
 けれど兄は自分がいる限りそんなことは絶対にしないし、自分だって簡単に諦めがつけられるわけなかった。この恋心はずっと前から抱えていたものだ。兄がまだ遙に憧れていた頃には既に、狭霧のことを特別視していたし、狭霧も、飛鳥を特別視していた。

 兄・飛鳥はよく出来た人間だった。
 残虐な目にあった彼は、それ故に無口で無表情だが、本当はよく喋るし、よく笑うし、怒りもする。ただ感情表現が苦手で、素直に出せないが、結構表に出てバレバレだということは、たった一年違うだけで、ほぼ同じ時を生きてきた自分が誰よりも知っていた。
 たった一人の肉親である自分を連れて、たった数ヶ月自分より先に生まれて来たからって、護ってやろうとか助けてやろうとかそんな大義を抱えているのかなんだか知らないが、(自分も十分ガキだったが)ガキのクセに酷く大人びていた。
 勉強も夜遅くまでやっているのを見てきた。剣の稽古も練習時間外にも一人励んでいるのを見てきた。彼がそうして前に進もうとしている背中を自分はずっと見てきた。そして、追っていた。
 勝ちたいと思っていた。負けたくないと思っていた。いつか追い越してやると思っていた。
 けれど兄はその分前に進んだし、兄の努力も実力も、自分の怠惰も軽率も認めていた。
 兄は、自分にとって生来のライバルであり、そして、憧れでもあった。
 自分は狭霧と同じくらい、いや、比べられないくらい、兄のことが好きなのである。

 はぁ、と緋翼は溜息をつく。
 溜息なんてらしくない、と思った。そしてごろりと仰向けになると、手を頭の下で組んだ。天井をぼんやりと見上げた。
 突如、静かな部屋にコンコン、とノックの音が聞こえた。緋翼は反射的に横を向き、寝たフリをした。ゆっくりとドアノブが回り、ギィィと音を立てて戸が開く。
「…緋翼」
声は予想をつけていた通り、飛鳥だった。緋翼はそのまま狸寝入りを続け、ぴくりとも動かない。飛鳥は彼が寝て居ても起きて居ても構わない様子で、静かに声をかけた。
「悪かった。…それだけだ。でも、一つだけ言っておく。俺は狭霧も緋翼も、どちらも選べないくらい好きだ」
おやすみ、と付け加えられて、飛鳥はゆっくりと扉を閉めた。扉の前から人の気配が遠ざかっていくのを確認してから、緋翼は潜めていた息を吐いた。
 ぎゅっとシーツを握り締めて、枕に頬を埋めこむ。そして小さな声で誰に聞かせるわけでもなく言った。
「…んなこと、とっくに知ってるっつーの……」
 ズルイ、と、思った。
 兄もかつては悩んだのかもしれない。
 狭霧に対して抱き始めた感情を、遙と重ねているからなのではないだろうか、と。今でも本人はそれを疑っているのかもしれない。そんな曖昧な自分より、はっきり狭霧を好きだと思っている自分へ託した方が、彼にとっても良いと、彼なりに結論を出した結果なのかもしれない。
 本当に、不器用な兄貴だ、と思った。



 それからというものの、飛鳥はちょこちょことティータイムに顔を出すようになった。
 当然狭霧は安心したような顔で喜んだし、その時ちらりと自分に困ったような視線を向けられて、緋翼も困ったように視線を逸らした。
 それでも狭霧は笑うし、兄が此処に戻ってきてくれてほっとした自分も居た。
 結局自分達は、進むこともなければ別れることもなくて、この曖昧な関係に甘んじているのであった。けれど緋翼は、今はそれでも良い、と思った。きっとそれは飛鳥も思ったのだろう。
 いつかはきっと、この曖昧な形の三角関係は終わる。けれど、それが仲良し三人組の別れの時では無い。きっと新しい形で、やっぱりこの三角関係は始まるのだ。
 それがどんな形であれ、三人一緒に居れるならそれで良い。
 緋翼はそれを感じ取って、心から笑った。