魔法使いの法則

三話:復讐に舞う者/3

 遥達と離れ離れになってしまった麗羅は一人ある場所へ向かっていた。 その歩調は速めで迷いもない。
 しかし聖都市グランスで生きていた人間は外を知らない筈、 だが麗羅は外を知っているようでとても不可思議だ。 更に迫り来る魔物をいとも簡単に斬り捨て進む姿は、とても温室育ちの少年の動きではない。
 倒した魔物の血を浴びる事もなく斬り抜けると再び元の速度で歩き出す。 そして目指していたものを見つけると一度足を止め、 飛び出してきた魔物を振り向きもせず斬り捨てる。 それを終えてまた剣を鞘に戻した。
「やっと着いた……」
 麗羅は小さくそう呟いた。
 そこはグランス街に溶け込まぬ朽ちた遺跡とよく似た何かの出入り口。 恐らく似たような材質のもので作られているのだろう。 しかしこちらは朽ちる事もなく、整備が行き届いているようで青白くキラキラと光る。
 これがどこに続いているのか知っているのか、麗羅は躊躇する事なく地下への階段を降りていった。 その先の重々しい扉を開けば広々とした地下の遺跡が目の前に広がる。
 光源があるわけでもないのに明るい地下の遺跡。 柱や壁に使われている鉱石が光を放っているようだ。
 道は三つに分かれていて、左と右の細い道はどちらも煌びやかな見た目にそぐわぬ鉄格子が行く手を阻んでいた。 麗羅は少し左右を見た後、溜息を付いて目の前にある幅の広い道を進んだ。
 小一時間程歩き一連の動作に飽きてきた頃、ようやくこの遺跡の出口と思わしき階段が見えてくる。 しかし麗羅はそれを喜ばず、盛大に溜息を付いた。 目の前に人影があったからだ。
「……毎回毎回、いい加減飽きねぇか?」
 麗羅はそう問うた。 その発言はここを通るのが一度や二度ではない事を物語る。
「飽ーきーなーいっ!」
 人影は麗羅の前に姿を現すとそう言って歯を剥き出しにする。 それは刹那と摸擬戦闘をしていた少年だ。
「いい加減にしろって、"海里"」
 麗羅はそう額を抑えた。 先程刹那に聞いてはいたが、麗羅はうんざりとしていた。
「麗羅がオレを連れてってくれないからだろ!」
 少年―海里はそう言うとまた「いーっだ!」と歯を剥き出しにした。
「お前ゼッテー遥に引っ付いて離れねえからダメだっつってんだろ!」
 海里の行動に頭に来た麗羅は彼を指差して叫ぶと「大体もう……!」と、遥はグランスにはいないと続けようとして切れた。 「問答無用!」と叫び海里が先制攻撃を仕掛けてきたからだ。
「ぬあ!?てめぇ海里!人の話聞かねぇような悪ガキは遥に叱られるぞ!」
 間一髪攻撃を避けると麗羅は仕方なく鞘のついたままの剣を構え、海里に指摘した。
「叱られるなら会えるじゃん!」
 しかし海里は動じる事もなく、頬を膨らました。
「大体お前がいなくなったら刹那はどうすんだ!」
 麗羅はこれだと言わんばかり呼び捨てなのも構わずその名を挙げた。
 海里も「うっ」と一声発すると後退る。
「絶対あの屋敷カオスに戻るぞ!折角お前が綺麗にしたのにそれでいいのか!?」
 麗羅はもう一息というように海里を説得する。 返事はこないが麗羅は確かな手ごたえを感じた。
「知るもんか!オレ召使いじゃないもん!」
 しかし海里はそう怒り狂い再び麗羅に向かって走り出した。 ローラーブレードを履いている彼は当然早く、あっという間に距離を詰められる。
「あー言えばこー言う!あー面倒くせーッ!」
 麗羅は再びそれを避けると遂に子供っぽく怒り出した。
 正直麗羅は自分の事ばかりな海里にはイライラしてならなかった。 だけどまだ子供で、何より突然母や兄と引裂かれたのだ、無理もない。 そう、判ってはいた。
「今日も返り討ちにしてやるからな!」
だが麗羅は我慢ができるような器の大きい男ではなかった。

 一方遥達は、シスのお陰で茜の服を着替えさせる事ができて争いは収まった。 しかし三人は眠ったままの茜を代わる代わる振り返り、言葉を発する事はない。
 遥は茜が気がかりで乾いた制服を着込む動作こそしたが、 何かを話すという気になれず黙ったままだ。
 シスもそんな遥の空気を察してまた無口だった。
「彼女を見つめてても仕方ない、これからの事を話そう」
 そんな二人の様子に赤月は少し溜息を付くと口を開いた。
「……そう、ですね」
 遥はすぐそう答えたが、表情は冴えない。 崖から転落したのは自分の不注意だとそう自分を責めている遥はにとって、 今大事なのは茜の事以外に何もなかったからだ。
「目を覚まさない場合彼女を背負って移動する必要がある、何もせず心配するだけで君はいいのか?」
 彼の気持ちを察してか赤月はそう厳しく言った。
 いい筈がない。それは遥も判っていた。
「僕は、外の世界を知らないんです……」
遥はそう搾り出すように言うと顔を伏せた。 言葉の続きが思うように紡げない。 だけど言葉の続きを求めていても、二人が答えを話してくれるわけではない。 遥は首を横に振ると二人を交互に見つめた。
「ここから、一番近い人里はどの方向になるんですか?」
 そう遥が意を決して聞くと何か問題があったのかシスは低く唸った。
「一番近いのはさっき目の前を素通りしてきたあの村だが……」
ここまで話、そして語尾を濁す。
「そこの川は横切れる程川幅が狭くない、他の場所のが近いだろ」
シスは溜息を付いた。
 あの村は川を挟んだ反対側にあるのだ。 川を横切れない以上近い場所とは言えなかった。
「……あれ、じゃあ師匠はどうしてここに?」
 遥は疑問に思いそう質問をした。
「獣化して身体が軽くなれば空を飛べる」
「……なるほど」
彼女がここに来れた理由を聞いて遥は頭を垂れた。 羽の存在の事は予想していたが、軽くないと飛べないとなれば重量的に無理なのを悟ったからだ。
「だから一番近いのはラーンデットという事になるが……」
 シスは遥の様子は気にも止めず話を続ける。 しかしまたその場所に問題があるのか、今度は赤月をジトーと見つめた。
「私は反対だ」
「言うと思った」
 赤月の理由を述べぬ反対意見を見透かしていたのか、シスはそう頭を抑えた。
「ど、どうしてですか?」
 遥は思わずそう聞き返した。
「ラーンデットは魔法国家だ、天使を毛嫌いしている人間の支配しているな」
 シスはそう唇を尖らせて言うと座っていた岩を両手で支え足をバタバタとさせた。
「だったら尚更……!僕達はそこを目指して逃げ出してきたんです!」
 魔法国家と聞き遥は尚更食いつかざる得なかった。 明を助け出す為にも手がかりを求めて行かなければいけないのだから。
「私に言うな!私は別に獣化していれば問題ないと思って……」
 シスは遥の血相に思わずたじろぐとそう言った。
 しかし赤月だけは反対意見を曲げるつもりはないようだ。
「何故頑なに反対するんですか?」
 遥は赤月の様子に疑問に思いそう質問をした。 きっと何か理由あっての事だと思ったからだ。
「君はあの国にいてはいけない、そう、思うだけだ……」
 だけど赤月はあまり明確な理由を答えなかった。 いや、話せなかったというべきだろうか……。
 遥は少し不信に思ったが、これ以上聞いても無駄な事を悟って問いただそうとはしなかった。
 そんな時、茜が小さく声をあげた。
「……茜!?」
 遥は赤月への不信感も忘れて彼女の近くに駆け寄るとその手を握った。
「あ……遥……」
 茜は覚めきらぬ目で遥を見つめながら名前を呼んだ。
 それを合図に赤月は立ち上がり踵を返した。
「え、あ、赤月さん!」
 遥は思わず立ち上がると赤月を呼び止めた。
 だが赤月は「もう私は行く」とだけ答え足を止めない。
「赤……月……?」
しかし覚醒しきらぬ頭で呟かれた茜の言葉に赤月は驚き振り返った。
 茜はなんとか起き上がるが、頭がフラフラとして「うー……」と妙な唸り声をあげるばかりだ。 それでも何とか赤月に目をやる、だけど彼女の期待した人物ではなかったらしい。
「あ……呼び止めて……ごめんなさい……」
そう謝るとそのまま俯いてしまった。
「いや、目が覚めてよかったよ……では」
 赤月は柔らかく微笑むとそう答えてこの場を去った。
 遥は三人を交互に見ながら一人話に置いてかれている気分になった。
 だけどシスは遥の視線に気付くと何も答えずツンと顔を背ける。
「あ、茜?赤月さんを知ってるんですか?」
 仕方なく遥は起きたばかりの茜に話を振った。
「ううん、気のせい……だと思う……」
 茜はそう答えると少し残念そうに顔を歪ませた。
 遥は一体何が気のせいなのか気になったが、 無理に話を聞きだす気にもなれずそれ以上追及しなかった。
「それよりどうするんだ、ラーンデットを目指すのか?」
 二人の会話が詰ったのを見計らってシスはそう質問した。
「……ちょっと遥……この可愛い子はどうしたの!?」
 しかし遥が返事をするより先に茜がそう遥に掴みかかった。 視線はシスに向けたまま、頬を真赤に染め、眉尻は下がり、目をトロンとさせている。
 茜の様子を見た遥は「あ、ははは」と空笑いしかでなかった。
「あなた何処の子?綺麗な瞳ね♪ねえその耳触っちゃダメ?」
 遥から手を放すと茜はシスに駆け寄って首を傾げた。 その目はキラキラと輝いている。
「え、何……?」
 シスは茜に付いていけず、いつもの調子がでない。
「私、蘭 茜っていうの、あなたは?」
 茜はそう言うと二コ二コとしながらシスの返事を待った。
「し、シス……」
 シスは茜のペースに乱されて顔を真赤にして答えた。 耳がペタンと垂れている事を考えると、どうやら照れているようだ。
「シスちゃん……可愛い♪」
 茜は名前を聞くやいなやシスを抱きしめた。
 遥は茜が動物好きなのを知ってはいたが、 まさかそれが人に付いた猫耳などにまで反応するほどだとは想像しておらず、 口をパックリとあけて呆然とした。
 シスはというと、突然の自体に驚いて耳や尻尾をピンッと伸ばしていたが、 次第に落ち着いてくると眉尻を下げて顔を少し染める程度に治まった。
「は……離れろ」
 シスは少し苦しかったのかそう茜に言った。
「あ、ごめんね、つい」
 茜はッパと手を放すと、シスの顔を二コ二コと見つめた。  シスは何故そんなに笑顔なのかわからず首を傾げる。
「どういう理由かは知らないけど、遥に付いて来てるんだよね?」
「うん?……あぁ」
 茜の問いにそう不思議そうにシスは答える。 すると茜は更に嬉しそうに笑顔を見せた。
「今度は私も一緒だから、これからよろしくね、シスちゃん!」
 茜はそう挨拶すると、そっと立ち上がった。
「理由は聞かなくていいんですか?」
 すぐ傍に立っていた遥は思わず口を挟んだ。
 茜は不思議そうに首を傾げた。
「誘拐とかじゃないならいいんじゃない?」
そう答えると茜は遥を軽く叩き出口に向かって歩き出した。
 遥は苦笑した。 そしてシスと顔を見合わせるやいなや「茜」と呼び止めた。
 茜は不思議そうに振り返る。
「まだ行き先を決めてないですよ?」
 遥は少し恥かしそう顔を隠すと茜に言った。
「あ、ごめんごめん!」
 茜は顔を真赤に染めると素早く戻ってきて焚き火の前に座った。
 シスは半分呆れていたが、今まであまり経験しなかった人との時間に少し頬を緩めた。

...2009.04.18