一章*全ての始まり

 何人分の高さだろうか、豪華な装飾の施された古びた扉の前にイヴルはいた。
 その扉は厳重な封印が施されていて、イヴルにすら完全な解除は不可能だった。 だから彼は一時的に扉を抉じ開ける形で中の者と面会するのだ。
 しかしイヴルの表情は憂鬱そうに歪んでいた。 これから起こる事の予測がたっているのだろう。 だけど遅れれば遅れるほど、もっと面倒な事になるのは明確だった。 イヴルは一度深呼吸をすると、一気に扉を開き中に踏み入れた。
「遅いぜイヴル、俺様を馬鹿にしてんのか?」
 扉の中には短い銀髪で碧眼の緑の服を着た青年がいた。 横柄な態度で立派な玉座に頬杖をついて座っている。
 イヴルはその言葉遣いと態度からある答えを導き出す。
「申し訳ございません、"怒夏様"」
 イヴルは目の前の人物を見ないようにして跪く。 何も考えてはいけない、考えれば考えるほど、"怒夏"という人物への苛立ちが募っていく事を理解していたからだ。
 しかし怒夏と呼ばれたその人物は怒りを露にして立ち上がった。
「"創造主様"……だろ?イヴル」
 怒夏は跪くイヴルを見下しながらそう低い口調で問う。
 だけどイヴルは彼を見上げようとはしない。
「えぇ、確かに貴方の"身体"は"創造主様"のものです」
 イヴルがシレっとした態度で言い切ると、怒夏は彼の胸倉を掴んだ。 名前の通り、夏の如く強い暑さを表したような、そんな怒りを感じる。
「"また"怪我してぇみたいだなぁ?イヴル……」
 低い口調で怒夏は言うと下卑た笑いを浮かべた。
 イヴルは胸倉を掴まれたまま睨み返す。 その目には強い意志があった。 決して屈してはならないという……。 同時に今まで下手にでていた態度が一変した。
「愚かな人間の癖に……それで満足するのならそうすればいい……だが」
 イヴルはクスクスと嘲笑する。
「貴様は"ウォレス様"になる事はできない、何千年かかろうと……」

四話:出発

 宿屋の広間でアミルトとシェールは二人がけのソファーに座っていた。 しかしいくら待ってもアレンが戻ってくる気配はなく、 『チクタクチクタク』という針の音だけが二人の間に流れている。 会話もなく、暇を持て余してしまっていた。
「……お昼になっちゃいますね」
 沈黙に耐え切れずアミルトは隣に座るシェールに声をかけた。
 しかしシェールは「そうね」と素気なく答えるだけで、 不機嫌そうについた頬杖も組んだ足も解く様子はない。
「(女の人ってわからないよぉ……)」
 シェールに反してアミルトは両膝に手を置いて冷汗を流していた。 彼の時間の進み方は彼女以上に遅い。 そのくらい緊張していた。
 その様子に気付いたシェールは溜息をついた。
「何を緊張しているのか知らないけど、楽になさいよ」
 彼女がそう声をかけるとアミルトはますますどうしていいか判らず動揺した。
「ああっあの、ぼぼ、僕っ緊張してるように……見え、ますか!?」
「ええもの凄く」
 何を今更というようにシェールに断言されアミルトは「あぅ……」と頭を抱えた。
「僕……あまり女の人と話した事なくて、その……ごめんなさいっ」
 アミルトはますます肩を強張らせるとそう謝罪した。
 シェールは思わず「何を謝ってるの?」と反射的に返す。
「私達これから共に度をするのよ?緊張なんてされたら居心地悪いわ」
「あぅ、ごめんなさい……っ」
 アミルトも反射的に謝罪を返した。
 再び同じ事をしたアミルトに「だから……!」とシェールは咎めかけたが、 それは溜息に変わった。
「貴方、とてもあのアレンデの弟とは思えないわね」
「え……?」
 アミルトは困り顔のまま首を傾げた。
「アレンデは勇ましくて男より頼りになる娘だったわ」
 シェールはそこまで言うとアミルトを見てその顔を両手で挟んだ。
 顔を挟まれたアミルトは少し苦しそうだ。
「それに比べて、貴方はオドオドとヘタレっぽくて、何だか頼りないじゃない」
 両手を放すとシェールはまた溜息を付いて前を向いた。
 アミルトは疑問を感じながら涙目で頬を抑えている。
「仕方ないからアレンデの代わりに私が貴方を守ってあげるわ……」
 シェールは苦笑しながら言った。
 アミルトは「で、でも!」とオドオドとしながら反論しようとした。 女性に守られていては格好がつかない。
 しかし、その言葉はやっと戻って来たアレンに掻き消された。
「二人共待たせてすまなかった」
「あ、兄さ……」
 アミルトはそこで口篭もる。 アレンのすぐ隣には先ほど無理矢理連れていかれた旅人が居たのだ。 クールで無表情な彼と自分を比較して自己嫌悪に陥っていた。
 しかしアミルトの事は気にする様子もなくシェールは立ち上がる。 その所為でアミルトはかやの外だ。
「一体何なの?どういう事か説明してくれるんでしょうね、アレン」
 シェールは偉そうに腕を組んだ。
 アレンは黙って頷く。
「彼も仲間をあの事件で亡くしている、だから共に行かないか尋ねたんだ」
 その言葉を聞き旅人は相槌を打つように軽く頷いた。
「貴方のあの様子、とても質問って感じではなかったと思うのだけれど?」
 だけどシェールが疑問を持たないはずがなく、そう鋭い質問をした。
 アレンはジィッとシェールの顔を見ていたが、しばらくすると根負けしたように俯いた。
「彼の仲間は私の知人だったんだ、とても他人事とは思えないだろう?」
 そう言って苦笑するアレンにシェールは不満そうな表情を浮かべたが、 特別反論する意味を感じずフゥッと溜息をついた。
 その様子を見ていたアレンは「納得したか……」と呟くと肩の力を抜き、視線を旅人に向けた。
「今のが妹の親友のシェール、向うの座っているのが弟のアミルトだ、よろしく頼む」
 アレンの軽い紹介を聞き、シェールは乗り気じゃなさそうに素気なく挨拶をする。 だけどカーネルの瞳を見て何かに気付くと、思わず何か言いたげに詰寄った。
 旅人は訝しげな表情を浮かべるが何も言わず、彼女がひくのを待った。
「……まあ今はいいわ」
 シェールはムスッとしたまま一歩下がった。
「あの、えっと……よろしくお願いします!」
 いつの間にか立ち上がっていたアミルトは、二人のやり取りが終わったのを確認すると挨拶をした。
「俺はカーネルと言う、適当に呼べ」
 旅人はカーネルと名乗るとそのまま出口へ向かった。
「ま、待ってくださいカーネルさん!」
 アミルトは荷物を手早く持ってその後を追った。
 カーネルは一度足を止めると、そんな弱い印象のアミルトをジッと眺めた。
「え……っと、僕の顔に何かついてますか?」
 アミルトは小首を傾げてキョトンとして聞いた。
 だけどカーネルは「何でもない」とだけ言って踵を返した。
「(もしかして、僕そんなに頼りない……?)」
 しかしアミルトは再び自己嫌悪に陥りトボトボと三人の後に続いた。
 だがカーネルにはもうアミルトの様子は映っておらず、目の前を歩くアレンしか見えていなかった。 「今は良い、だけど……いつまでそうしているつもりだ」
 小さく呟かれたカーネルの言葉にアレンは表情を曇らせた。
「……私は頼りがいのある"兄"でありたい」
 しかしアレンは曇った表情でも自分の決意を揺らがす事はない。 そして一瞬アミルトを振り返ると、何かを思って目を伏せた。

 宿の外に出ると太陽がギラギラと輝いていた。
 アミルトはそれを見上げ目を細める。
「(遂に始まるんだ……僕らの旅……)」
 アミルトはそんな事を思いながら、決意を込め拳を上げた。
 四人はそれぞれの決意を胸に村を後にした。

...2009.07.03/修正01