新しい歴史の始まり、あれから千年以上の月日が経った。
今、貴方は何を思っていますか?
今、貴女は何をしようとしてるのですか?
わからない……だから、
貴女の"子供達"を殺す為に、僕も"子供達"を作った。
貴女より未熟だから、後から与えるしかできないが……、
力だけなら、貴女の"子供達"に劣りはしない。
だけど……、貴方はそれでいいのですか……?
そして……、貴女はどう抵抗するのですか……?
普段は平和で和やかな雰囲気を持つ穏やかな村が今日はとても荒んでいた。
それどころか、全ての家屋は燃えて辺りには血が飛散している。
その惨状は村人は全滅したとしか思えない程酷い有様だった。
「人間は、本当に出来損ないだ……」
村の惨状を眺めながら、四十代くらいの風貌の男はそう呟いた。
男の手には黒いオーラを纏った邪悪な造形をした剣が握られ、
男もその剣も血に塗れている。
この惨状を作り出したのが彼である事は明白だった。
「……めてよっ、もうやめてよ……!父さんっ!!」
その惨状の中生き延びた黄色い髪の少年は、生気をなくした母親の身体を抱きしめて叫んだ。
ボロボロと涙を流しながらそう父に懇願した。
「お前は何も判っていないな」
父と呼ばれたその男は少年を冷たく見下ろした。
その冷徹な瞳に少年は身を強張らせる。
生まれてから今まで父のそんな瞳を見た事などなかったからだ。
「アミ、ルト……逃げ、ろ……」
背後からする声に少年―アミルトは振り返る。
するとそこにはアミルトと同じ黄色い髪を持った人物がよろめきながら立っていた。
その人はアミルトの頭をポンと叩くと苦しげながらも微笑む。
だがその人も、身体に力を入れる度傷口から血が零れ落ちる程の重傷だった。
アミルトは今にも死んでしまいそうな家族の様子に、更に涙で顔をぐちゃぐちゃにした。
「だけど、父さんはっ僕の変な力をっこれさえ消えれば……だから……」
父の目的が判っているアミルトはそう零す。
自分がいなくなれば、父はこれ以上人を殺めないと、そう考えてしまった。
「違うっアレに、対抗できるのはっお前の力だけ……」
それを聞いたその人はアミルトの肩を出来うる限りの力で揺さ振る。
真っ直ぐ彼の目を見つめて生きる事を放棄させないように……。
アミルトはその瞳を見つめながら、力なく首を横に振る。
それが父を殺せと命じられているように見えたからだ。
だけどその人は彼の顔を両手で包み込むと「それは違う」と言うように首を振った。
「今は、生き延びて……」
そう呟くと優しく微笑んだ。
アミルトは瞬間空気が止まったように固まっていたが、
その人に乱暴に腕を引かれると父とは違う方向へ突き飛ばされた。
「早く逃げろ……!」
その人はそうアミルトに叫ぶと、血に塗れた父に向かって走っていった。
そしてアミルトの心に刻むように赤い道ができていく。
「……アレッ!」
アミルトは投げ出された身体を起こしその人の名を呼ぼうとしたが、
目の前に広がる光景に言葉を失った。
父は躊躇する事なくその人の胸を貫いた。
妻だけでなく我が子すら手にかけたのだ。
「……そん、なっ」
剣が引き抜かれ、辺りに血が飛散する。
そしてその人は崩れ落ちた。
アミルトはすぐに駆け寄ったが、その人は目を瞑りもう呼吸すらしていない。
だが、それ以上にその人の涙がアミルトの心を突き動かした。
「うわあああああぁぁぁぁ……っ!!」
アミルトは天に届くほどの声をあげた。
同時に身体から光が溢れ出て、動かぬその人の身体を包み込む。
「それが……裏切りの女神が創った、天士の力か……」
父は剣の血を拭いながら呟く。
そしてその言葉に反応したように、アミルトと父を光輝く刃が取り囲む。
左右を向きその刃を確認すると父は剣を天に突き上げる。
「青の神の創ったこの力と、どちらが強いのかな……?」
アミルトの身体から放たれた光が大きな翼に姿を変えると、
光の刃は父目掛けて一斉に飛んだ。
赤い血も黒いオーラも全てを包み込んだ瞬間、辺り一面が白い世界になる。
それほど強い光が辺りを覆い尽くした。
しばらくして光が消えると、アミルトだけがその場に倒れていた。
大きな光の翼と引き換えに、小さな光を灯す涙のような色をした結晶が転がっている。
だが父は重傷を負ってもなお生きていた。
しかしその場に膝をつき、アミルトにトドメを刺すだけの力は残っていないようだ。
「アミルト、お前が……人間を守ろうとするなら……」
父は一度言葉を濁し、だけど何かを決心したように息子を見下ろした。
「私は世界を守る為、神の為に……お前を殺す」
そして父は、その場を立ち去った。
父の言葉が聞こえていたかのように、気絶しているアミルトの目からは涙が流れていた。
その一部始終を上空から傍観していたのは、澄んだ空を思わせる青い瞳の十六歳くらいの少年だ。
一つに束ねられた綺麗な金髪、そして整った顔立ちはまるで女性と見間違える程美しい。
「どう?僕の子は貴女の子なんかよりずっと強いんですよ」
その少年はそう呟くと邪悪に笑う。
「貴女もこの闘いの行末が見たいでしょ?そう思って、貴女の宿主も殺してもらいましたよ」
彼がそう言うとすぐ傍に別の人物が姿を現した。
その姿はアミルトが抱きしめて母親だ。
だが少年はその姿を見て顔を歪めた。
「その姿目障りだよ……いい加減その"人間"から離れたら?」
そう吐き捨てると、その母親は光の中へ消えた。
そして同時に眩い光の中から少年と同じ美しい金髪を持った一人の女性が現れた。
開かれた目は大自然を表すような緑色、そして金髪だけでなく顔立ちも少年に似て整っていた。
その女性はその瞳で少年を見初めると悲しげな表情を浮かべた。
「イヴル……」
「何ですか?……姉上」
イヴルと呼ばれた少年は意地悪く微笑んだ。
「貴方は何故このような事をするの……?」
だが姉上と呼ばれた女性は挑発に乗る事はなく、今の状況から自分が最も聞きたい事を質問した。
しかしそれを聞いたイヴルは憎しみとも怒りともとれる厳しい表情をして彼女蔑む。
「裏切りの女神に話す義務はないよ」
そう言い捨ててイヴル去ろうとした。
だがその女性はそれを許さず「待ちなさい!」と引き止める。
「貴方は賢い子だもの、判っている筈でしょう?あの方はもう……」
「黙れッ!!」
イヴルは腰の剣を引き抜くと女性を振り払う。
「イヴル……!」
女性はそれを交わしたが、その瞳は悲しみに歪んでいた。
「僕はもう姉上を……女神ウィンドを信用していないんですよ」
イヴルはそう言い切るとその場から姿を消した。
一人残された女性―ウィンドは、成す術もなく倒れているアミルトを見ているしかなかった。
木々の続く道を一人、アミルトは歩いていた。
揺れるひまわりを思わせる黄色の髪は緑色の帽子に隠され、
その髪に合わせたかのような山吹色の瞳は少し暗い影を落としていた。
アミルトは一切言葉を発せず目的地に向かって歩んでいる。
だがふと感じた不安に辺りをキョロキョロすると、涙目になった。
「はぁ……は……っ道……間違えたかな……」
アミルトはそう呟くとポケットから二枚紙を取り出した。
一つは村からその目的地を示した地図、
そしてもう一つは『覚悟が決まったらアゼルまで来い』と書かれたメモだ。
紙の端が破れていて『アレ』までしか読めなかったが、メモを残したのは兄の『アレン』だろう。
目の前で父が手をかけたのは、母と姉の『アレンデ』だった筈なのだから。
「早く兄さんに追いつかなきゃ……」
アミルトは自分の奮い立たせると、不安と疲労でかいた汗を拭う。
そして再び歩き始めた。
「姉さんの事知ったら、シェールさん悲しむかなぁ……」
歩き始めてからそれ程立たないうちに、アミルトは姉の親友『シェール』の事を思った。
アミルトの知らない都会の研究生、名前しか知らないがたまにアレンデが家に戻ってくれば彼女の話をしていたのだ。
その人はとても綺麗な紫色の髪をしていて、時には青くまた緑に見える綺麗な瞳をしている。
そしてとても一途で優しくて、頼りがいのある親友だと……。
アミルトはアレンデの語ったシェールの話を思い出して苦笑した。
「頼りがいっていうのがよくわからないんだよな、どんな女の子なんだろ」
そんな事を考えながら道筋に沿って歩き続ける。
しかし動物どころか魔物の気配すらない。
「(これも……父さんの放った力が原因なのかな……)」
アミルトは目を伏せた。自分の家族が犯した許されない罪に罪悪感を覚えてならないからだ。
だが道の先から人の声が聞こえアミルトはすぐ顔をあげた。
その方向へ走り出せば、声ははっきりと聞こえてくるようになる。
どうやら口論しているのか二人分の声だ、そして片方は自分の聞き覚えのある……。
「貴方何を言っているの!?」
村に入ると女性の甲高い声にアミルトは身を強張らせた。
声の方向に目をやると、紫の髪をした女性と、その女性に掴みかかられている黄色の髪の細身の男性がいた。
アミルトはもっと近くで二人を確かめようとゆっくりと近付いていった。
「そのままだ、妹……アレンデは死んだ」
男性にしては少し高めの声がその女性を納得させようと言葉を紡ぐと、
それを聞いた女性の目からは涙がポロポロと流れ、
その涙で歪む瞳の色は青にも見えて緑にも見えた。
「シェール……さん?」
アミルトはアレンデの話の女性によく似たその人に思わずその名を呼んだ。
「……アミルト」
アミルトに気付いたアレンは「そう、彼女がシェールだ」と代わりに答えた。
女性―シェールはアミルトの姿を見初めると更に涙を溢れさせてその場に膝をつく。
沈黙している村にシェールの泣き声だけが響き渡った。
...2009.02.21/修正01