Trente et Quarante

第九話:新しい約束/1

 幼い頃のリオネルは普通の子供だった。歳相応の遊びをして勉学に励む、他の子供と変わりない。
 そんな彼が普通でなくなったのは十歳の頃、妹が無事に産まれるように霊園に眠るご先祖様達に会いに行った日だ。
 病院にいる両親の代わりに祖父母と彼の三人で御参りをする。それで終わるはずだった。
 しかし御祈りを終えて目を開けた時、目に飛び込んできた墓標の文面に彼は涙する。
 泣いているリオネルに祖父母はうろたえるが、二人を気にせず彼は更に文面を読み解いていく。そして1冊の手書きの本に出会った。
 その出会いで、リオネルは安穏と生きる事が間違いと思うようになる。しかしその本を誰が読んでも「過去の事だ」と取り合わない。
 それでも彼だけは祖先の無念と憎悪をまるで自分の受けた苦しみのように受け止めた。そんな彼は少しずつ周囲から浮いていき、貪欲に知識を求め頭に叩き込む。
 そして十五歳になった頃にはこの地で学べる事はなくなり、リオネルは青の国に留学する事を考えた。
 今の王族の懐に入り込む為には、自分が有能な人材であると主張しても認められる存在にならなければいけない。
 そう考えていた時、赤の王が青の国と手を結ぶ事を考えているのを知ったからだ。そして何より、青の国で盛んな魔法というものに興味あった。
 しかしその数日前、また一人、王族の生贄にされた女性が死んだ。
 彼は権力を取り戻す事を怠った自分の一族を恥じた。
 だけど誰もが他人事でしかなく、周りに何を言っても無駄だと感じながら、一人青の国に渡る。
 ただ幼い妹は自分を理解してくれているはずだと、それだけが彼の心の拠り所だった。
 だけど数週間後、旅立った時とは明らかに町の空気が違う。町民の誰もが彼を見て顔を伏せる様子に、彼は胸騒ぎがして家に駆けていく。
 しかし、いつもそこに存在していた家はない。家門と塀が少し残っている事で、ここに自分の家があったとわかるだけだ。
 供えられた花を呆然と見下ろし、家族が亡くなった事に気付く。その後どういう経緯で祖父母の家に行ったのか彼には記憶がない。
 祖父母から聞かされたのは、この町に赤の王が訪れた事、そして妹が新しい生贄にされた事だった。妹が生きている事に対する喜び、それを上回る恐怖に青褪める。
 妹が生贄になる日が来る事は想像をしていなかった。そう考えた瞬間、自分も間違いなく他人事だったのだと悟る。
 同時に、珍しく後先が見えなくなった彼は黒の国に助けを求めた。
 だけど彼の縋る手は簡単に払われ、すぐに王城を追われる。彼には傍らにいた白い髪の少年を恨めしく見つめる事しかできなかった。
 覚束無い足取りで歩く傷だらけの彼には、故郷に戻れる程の体力はない。誰もが彼を振り返り、赤の民だと驚愕し、ある者は嘲りそして罵った。誰も手は差し伸べない。
 そして最後には街の入り口で力尽き倒れた。
 祖先は何故このような国と手を取り合おうと思ったのか、そのような事を考えながら腕を動かす。だけど傷が痛むばかりで立ち上がれず、このまま死ぬのだと思った。
「何をしているの?」
 今まさに意識を失いかけたその時、まだ幼さを残す声が頭上から聞こえる。
 リオネルは恨めしく頭上を睨む。だけど見下ろしていたのは黒の民ではなく青い髪の少年だった。
「ねぇ、赤の民のお兄さん、ここは異国だよ?」
 面白いものを見つけたとでも思っているのか、少年は首を傾げ笑っている。
 何も答えずリオネルはただ睨む。今こうして起きているのがやっとだ。
 少年は何かを思案すると唐突にカードを広げ、難しい顔で何かを始めた。
 リオネルは目を丸くする。そのカードには覚えがあった。青の国で盛んに行われているタロットカードを使った占いだ。
「ふーん……、だからここに来るべきだったのか」
 少年は結果が見えたのか、妙な笑みを浮かべて独り言を呟いた。
「お兄さん、僕の所においでよ」
 嘲るように笑う。
 しかしリオネルは言っている意味がわからず警戒する。
「僕も、赤の王をどうにかしたくて、ここに来たんだよ」
 少年に耳元で囁かれ、リオネルは目を見開く。しかし素性も知れない相手の手を簡単には取れない。
 それを見透かしたように少年はまた笑う。
「僕は青の国のベルナー、お兄さん、お名前は?」
 後ろで手を組み、また首を傾げた。
 青の第一王子の名にリオネルは驚くと、痛む身体を起き上がらせようともがく。しかし上手くいかず痛みに呻いた。
「まずは傷の手当かな、僕の手、取ってくれる気になったのでしょう?」
 ベルナーと名乗った少年は手を差し伸べる。
 この手を取らなければ恐らく自分はここで朽ち果てるだろう。そう悟ったリオネルは、ゆっくりその手を取った。

 黒の国に滞在していた青の王族に助けられたリオネルは、動けるまでに回復すると赤の国で面白い催しがあると告げられた。
 赤の王は仇、赤の王族は一族の敵、当然彼は面白いとは思えない。
「赤の姫に興味はないの?」
 ベルナーは見透かしたように言う。
 リオネルは唇を噛むと彼を見た。
 黒の国では、約一ヶ月前に行われる予定だった赤の姫の誕生式典が、姫の体調不良で中止した話で持ちきりだったからだ。
「今日は、赤の王子の誕生式典」
 ベルナーは歳には不相応な大人びた笑みを浮かべる。
「赤の姫もいるかもしれない、それに、赤の王を一度見ておいた方がいいのではない?」
 彼の言葉にリオネルは思わず固唾を呑む。その場で暴れるとは考えないのか、むしろそれを狙っているのか彼の考えが読めない。
「ま、僕はソレイユ王子を見てみたいだけなのだけどね」
 意地悪く笑うとベルナーは立ち上がる。
 しかしリオネルは赤の王の息子ソレイユに興味はなく顔を背けた。
「青では全てを備えた神の子って呼ばれているのに、ここでは能面王子だ」
 ベルナーは困ったように笑うと首を傾げる。
 青の国には何をさせても完璧にこなす、それくらいしか伝わってこない。
 だけど隣国である黒の国では違う。第二王子ノワールと同い年という事もあり、あらゆる噂話が聞けた。
 王子がろくに歩けない頃は王が気持ち悪いほど溺愛していたとか、それを王妃が恐ろしげに見ていたとか、行き過ぎた話にベルナーは笑っていいのか悩む。
「女だけでなく息子でもいいのか、あの屑……」
 しかし真に受けたリオネルはそう悪態をついた。だけど彼の言う通り一度見ておいた方がいいと感じ身支度を始める。
「リオネル君、赤の国でその態度はやめてよ? あくまで青はどこにも友好的なの」
 注意するがベルナーも悪乗りするように笑う。そしてリオネルと同じ背格好の使用人から提供してもらった服を彼に渡す。
「母が死んでも涙一つ見せない薄情者、そして何よりあの屑王の息子」
 黙って聞いていたリオネルはベルナーを振り返る。
「気になるでしょう?」
 ベルナーは首を傾げてリオネルの反応を伺った。

 赤の民でありながら青の国の服を着ていたリオネルは、黒の国とはまた違う注目を浴びていた。しかも青の王族と歩いているのだから無理もない。
 リオネルは赤の王に素性がばれないか気にかかるが、ベルナーは気にしていない。それどころか赤の王が気付くわけがないと言い切った。
 そしてベルナーの言う通り、バルコニーに姿を現した赤の王は青の王族に向かい一礼したが、それ以降視線すら向けない。
「ね?」
 ベルナーは目だけリオネルに向けて笑う。
 彼の話によると、彼の父が訪れた時も一礼で終わりだったのだという。つまり必要以上に構わない。
 リオネルは小さく溜め息を付いた。
 本当に手を結びたいのならもっと何かあるのではないかと思う。その上話が無駄に長い。
 そうして誰の式典だったか忘れるほど長い赤の王の演説を終えて、ようやく主役である王子が姿を現した。
「あれが、ソレイユ王子」
 リオネルは思わず固唾を呑んだ。旅立ち前、妹が気にしていたあの王子が今そこにいる。ベルナーが「なんか女の子みたい」と小さく呟いたが耳に入らない。
 妹と同い年の王子はまるで人形のように表情がない。能面王子と呼ばれる所以なのだろう。
 やがてまるで笑わないソレイユに嫌気が差した赤の王は、青の王族が見ているにも関わらずその場を去った。
 民衆がどよめき、彼らの位置からは死角になって見えなかった娘がうろたえているのが見える。
「あれが赤の姫か」
 今にも飛び出しそうなリオネルの袖を握り、ベルナーが言った。
 リオネルは我に返ると歯痒さに唇を噛む。
 どよめく民衆を前にソレイユは一歩踏み出すと、微笑んだ。
 それを見た二人は目を丸くする。
「お許しください、陛下は気分が優れないのです」
 淡々とした喋りだったが、先程までの無表情が嘘のように申し訳なさそうな笑みをソレイユは向けていた。
 それを見た民衆は安心したように歓声をあげ、ベルナーも思わず拍手する。
 リオネルは周りの歓声など気にも留めず赤の姫を見つめると、先程までうろたえていた姫の表情が和らぐのが見えた。
 妹はソレイユに心を許している。そう気付いた。

 その後、ベルナーに青の国に連れていかれたが、気がかりが残り自分では何一つ行動できなかった。
 それでもベルナーは何も言わず、ただ教師を呼びリオネルに学を詰め込ませる。
 それを黙って受け入れたが、簡単にしか覚えていない礼儀作法を一から学び、何故か貴族の長子に紛れて執事としての教育を受けさせられた事には疑問を覚えた。
 故郷に戻る機会を得ると、今度は妹の事で心に靄がかかる。妹は連れ去られ怖い想いをしただろう、そして王に対しては今も恐れを抱いているはずだ。
 しかし彼女はソレイユに心を許している。どうしてそうなったのかリオネルにはわからないが、ただ彼をどうにかすれば妹は泣く、それだけはわかった。赤の国を取り戻せば終わる、そんな簡単な話ではないのだ。
 祖父母はリオネルを心配はするが、今何をしているのか追求はしなかった。

 リオネルが十八歳になった年に、青の国に赤の王とソレイユが訪れていた。
 ベルナーと直接対話をする機会はなく、リオネルも来ているという話しかしらない。
 しかし他国の往来でも、赤の王の傍若無人な振る舞いは衰えを知らず、とても目に余る。
 それを遠目で見ていたリオネルは呆れたように溜め息を付いた。そしてやはりこの王は消さなければいけないとそう思う。
 ただソレイユの事は相変わらずよくわからないでいた。無表情で王に付いて歩いているが、王のいない所では表情がある。後始末に追われている所為で基本は悔しさや悲しみのような表情だったが、それでも能面ではなかった。
 妹が心を許す王子、彼の事を知らない限り下手な行動は取れない。
「父上の前で表情を見せないようにしているのかな?」
 どこから現れたのか、リオネルの横でベルナーが首を傾げる。
 リオネルは少し身体が跳ねた。しかし驚いた事を悟られないよう小さく咳払いをすると少し顔を伏せる。
「そう、ですね」
 リオネルがソレイユを気にしている、ベルナーはそれを見逃さない。
「僕と君は利害が一致している、だけどそれは、赤の王の事だけだよ?」
 微笑すると見透かしたように言った。
 それをリオネルは不服そうに睨む。
「うわ、あそこ、嫌そうな顔で待っているよ」
 ベルナーはリオネルの表情など気にも留めず指を差す。
 リオネルも差された方向に目をやると、彼の言う通りの表情で赤の王が待っていた。
 しかしソレイユは、途端表情がなくなる。叱られても罵られても無表情で聞き流していた。
「僕の言っていた通りっぽいね?」
 見上げるようにベルナーはリオネルに言う。
 だけどリオネルは聞いていない。何故ソレイユが言われるままなのかが気にかかる。
 ただ今日の赤の王はいつにも増してしつこいらしい、周りにいた使用人達が少し困惑していた。往来でこのような事を長々としていれば気になるのも無理はない。
 しかしそれでも赤の王はやめない。
「お前、最近あの娘に執心しているらしいな」
 まるで子供のように不機嫌な表情で告げる。
 すると今まで無関心を貫いていたソレイユが肩を震わせた。
 ベルナーは思わずはリオネルと顔を見合わせる。
 明らかに動揺しているソレイユに赤の王は驚き、そして表情を綻ばせた。
 ソレイユは益々動揺しうろたえる。
「どうした、何を怯えている?」
 赤の王は嬉々とした表情を浮かべ、ソレイユの顔を覗きこむように屈んだ。
 二人はそれを見ながら顔を歪める。
「ねえ……これが俗に言うショタコン? ねえどうなの、リオネル君」
「知りません、でも息子を心配するのは、普通、なのでは」
 小声で聞いてくるベルナーにリオネルは目を背けて返した。
「目を背けて言わないでくれない、大体息子を心配する父って感じじゃないよっ」
 ベルナーは身体を震わせながら言う。
 当のソレイユも何かを察したのか、身体を強張らせ後ずさりする。
 怯えた様子の何が良いのか二人には理解不能だが、赤の王はまるでこの瞬間を待っていたと言うように喜んでいた。
「どうしたソレイユ? 怯えなくても何でも叶えてやるぞ?」
 赤の王は猫なで声で言うと、ソレイユの小さな手をやんわりと握る。
 一見すれば息子を心配する父、だけど先程までの王を見ている二人には、異常な男にしか映らない。
 ソレイユは背筋を震わせ手を跳ね除けた。
 それを傍観していた使用人達は恐ろしいものを見たように恐れおののく。
「怖がるな、何が望みだ? あの娘が欲しいのか?」
 しかし赤の王は抵抗されてもなお嬉しそうに笑い、首を傾げながら聞いた。
 王の言葉に震えていたソレイユは目を丸くする。
「欲しいならお前にやるぞ?」
 それを聞いていたリオネルは思わず顔をしかめた。
 ソレイユは少し考えると、首を横に振り否定する。
「そのような、行き過ぎた願いは、持って、ません……」
 小さい声で呟くと王と地を交互に見ながら反応を待つ。
「じゃあ、どうして欲しい?」
 意地悪をされている子供のように、一々怯えるソレイユを愛おしそうに見つめながら赤の王は言った。
 表情のある子供の方が可愛いという事なのか、ベルナーはそう自分に言い聞かせるがそんな簡単な状況には見えない。
「母上の代わりに、しないで……ください」
 ソレイユは王の顔を見る事はできず、搾り出すように言った。
 その言葉にリオネルは目を見開く。
 他国の人間にはこの言葉の意味がわからないかもしれない。だけどリオネルには生贄にするのをやめるよう言っているのだと分かった。
 赤の王が聞き返すように喉を鳴らすと、それに驚いたソレイユの目に思わず涙が浮かぶ。
 今にも泣き出しそうなソレイユを見て遂に満足したのか、王は恍惚とした表情で彼の頭を撫でた。
「あの娘が真に父と呼ぶようになれば、私とて手出しはできぬよ」
 そう言うとソレイユの手首に口付ける。そして踵を返すと先程までとは比べ物にならない程上機嫌で歩き始めた。
 口付けられた手首を拭いながらソレイユは微弱に震える。だけど今の約束を噛み締めるように拭った手首を見ていた。
 リオネルには今ソレイユが何を考えているのか、何故か手に取るようにわかる。それに驚いて彼を見つめていた。
「欲望……、うげー鳥肌がっ、そろそろ行かないっ?」
 ベルナーはリオネルの様子など気にも留めず自分自身を抱きしめながら言う。
 小さく頷き踵を返すが、立ち尽くすソレイユをリオネルはもう一度見た。そして何かを思い立ったように自分の所持していた本を手に取る。
 先にベルナーを帰らせ、もう一度同じ場所に戻るとソレイユはまだ立ち尽くしていた。
「赤の王子様」
 リオネルはソレイユに近付くと声をかける。
 ソレイユは驚いたように振り返り、後ずさりした。
「これを」
 警戒されても気にも留めずその本を彼に差し出す。
 困惑した様子でソレイユは本とリオネルを交互に見る。
「赤の王子様の望む事が書いてありますよ」
 そう告げて真っ直ぐ見つめると、最後にクスリと笑った。

 それから六年経ちリオネルが二十四歳になった時、彼はひたすら部屋に篭りまた勉強をしていた。
 理由は青の国主催で剣術大会があるからだ。彼は武術の類にはまるきり興味がなく、むしろ嫌悪していた。それを武術で劣る青の国が主催する事も意味がわからない。
「君も剣舞を見るべきだった」
 だけど大会が終わっていつも通りの生活に戻ると、ベルナーに残念そうに苦笑された。更にあらゆる説明をされるのだが、何の事だかさっぱりわからない。
「あの素晴らしさは見ないとわからない!」
 そして最後には諦めたように自慢していた。しかも結局誰だかは言わず、興味を持つ事すらできない。
「興味ない? でも彼は君に興味を持っていたよ」
 リオネルは訝しげに彼を見ていたが、面倒になり追求をやめる。
 しかし久々に祖父母の所に戻った時、その剣舞を披露し優勝したのが誰だかわかった。
 いつも通り家の跡地を通り過ぎて祖父母の家に向かおうと思っていたリオネルは目を疑う。そこにはかつて建っていた家によく似たものが建っていた。
 家門をくぐり抜けて間近で見れば小さい自分や妹が付けた傷まである。とてもよくできていて燃えてなくなった事が悪い夢のようにさえ見えた。
 どういう事なのかわからずリオネルは急ぎ足で祖父母の家に向かう。しかし玄関で誰かと立ち話をしていて思わず隠れた。
「彼女を連れて来る事ができず、申し訳ありません。もう少し時間をください」
 聞き覚えのない声が祖父母に謝罪している。
「とんでもない、無事だと分かっただけでもう、嬉しくて」
 祖父母は首を横に振ると、何かを大事そうに握りこんで涙ながらに喜んでいた。
 そして会話の相手は、感謝される事に慣れていないのか、どうしていいかわからず苦笑している。
 女性と錯覚するほど端麗な容姿と飾り過ぎない装い、少年だとはわかるのだがそのような人物には心当たりがない。そのはずなのに、リオネルはその人物に見覚えがあるような気がした。
「その鍵は、お兄様にお渡しください」
 深々とお辞儀をすると、その人物は祖父母の家を後にする。
 物陰からでてその後ろ姿を見つめながら、リオネルはそれが誰だったかを思い出そうとした。だけど髪の色が引っかかるだけで何も浮かんでこない。
「リオネル! もっと早く戻ってくれば良かったのに」
 しかし祖父母によってそれは遮られる。
 リオネルは思わず「ごめんなさい」と謝るが、その人物が気になり視線をそちらに向けた。
「今の方は……? それに、家が」
 祖父母に聞くと、嬉々とした様子で二人はリオネルに鍵を渡す。この鍵は恐らく家の鍵なのだろう。だけど何故あの家が存在しているのか、あの人物が誰なのかはわからない。
「あの方はソレイユ様よ」
 祖母は嬉しそうに言う。
 リオネルは驚いてソレイユの去った方向を見るが、もう見える所にはいなかった。
 しかしもう六年経っているのだ。いつまでも子供のはずがないと妙に納得した。
「ソレイユ様が家を立て直してくださったんだ、今度お前からも御礼を言いなさい」
 祖父に言われ手の中にある鍵をリオネルは見つめる。
「この国に一市民の為に家を建て直す資金があるとは思えないけど」
 思わず口走る。税金を使って立て直したのならあまり喜ばしくはない。それを祖父母は固いというが、それでも事実だ。
「青の国で優勝した賞金から工面してくださったのよ」
 素直に喜ばないリオネルの態度に祖母は思わず言う。
 リオネルはまた驚き目を丸くすると、また鍵を見つめる。
「青? じゃあ、ベルナー様が言っていたのは」
 そこまで理解すると、心の中に妙な気持ちが溢れるのを感じた。
 ベルナーに剣の腕を絶賛され、税金を使う事はできないと理解している。
 小さい頃もそうだ。真相はどうであれ民を思いやる発言もできる。誰かの為に恐れている相手に願いでる勇気も持っていた。
 ソレイユは赤の王とはまるで異なる存在。青の国で言われている通りの、血に縛られない全てを備えた神の子。
「……美しい」
 高揚する気持ちがリオネルにその言葉を吐かせた。
 彼を尊敬し敬愛する事は、目的の邪魔にしかならない。だけどソレイユに魅入られてしまったリオネルには国を奪還する為に彼を消す事など不可能だった。
 リオネルは鍵をきつく握り、立ち尽くしたまま思考を巡らせる。
「そうか……」
 しかし彼の回転の速い頭は、簡単に求める答えを導き出す。
「あの子が、彼の傍にいればいい」
 導き出した答えに口元を歪める。
「彼が王になれば……馬鹿の者の支配は終わりだ」
 そうすれば全てが望み通り、リオネルは天を仰ぎクスリと笑った。

...2012.08.21