Trente et Quarante

第七話:決別/5

 ソレイユが即位してから一週間程が経ったある日、淡々と仕事をこなしていた彼の元をリオネルが訪れた。
 用がない限りあまり近付けたくないソレイユだったが、黒の国からの親書を持ってきた彼を追い返すわけにもいかない。
 それもこれも街道を封鎖したままなのが原因だと恨めしく思いながら、ソレイユはリオネルから親書を受け取る。そして表情が少し歪んだ。
 封を開き中身を取り出して広げる、ただそれだけの動作だが、一挙一動を見られている事に息苦しさを感じた。
「美しい」
 案の定リオネルは恍惚とした表情で溜め息混じりに呟く。
 一瞬ソレイユは手元のペーパーナイフを投げつけようかと考えたが、辛うじて思いとどまる。
「手紙を広げただけだろ」
「いえ、その指です」
 しかしリオネルは彼の手を指差し言う。封の開き方を見ていたわけではないらしい。
 ソレイユは首を傾げ指差された手を見る。
「婚約指輪ですか? ソレイユ様の指によく映えます」
 リオネルは微笑する。
 それとは反対にソレイユは少し表情を曇らせた。
「体裁を気にしている奴らを欺く為、それだけの物だ」
 顔を背け親書に目を通す。
 リオネルは少し目を丸くすると、呆れたように溜め息をついた。だけどソレイユがルミエールを手に入れようとしない事は予想の範囲内だ。
「お二人共、もう少し我を通してもいいと思いますが」
 恐らく幼少の頃から我侭放題な王の傍にいた所為だろう、リオネルはそう考えが至ると語尾を濁した。
 ソレイユは答えない。
「ふふ、貴方より僕の方がルミエールを理解していますね」
 勝ち誇ったようにリオネルは言う。
 瞬間顔をあげたソレイユは眉間に皺を寄せて睨む。
「やめてください皺になりますよ、勿体無い」
「お前達の所為だっ」
 ソレイユは不満そうに言うと親書を握り潰した。
 リオネルは握り潰された親書を受け取り、伸ばすように広げる。
「おや、これはこれは」
 内容は和平を結びたいという事と、ノワールとルミエールの婚姻の提案だった。
 しかしソレイユが不満なのは政略結婚の提案ではないのだろうと、リオネルは思う。
「ブラン王を蔑ろにしている」
 ソレイユはこの親書にブランの意思がない事を見抜いていた。同じ王という立場の彼にとって、このような行いは不快でしかない。
「しかもノワール様の意思ですらない、ただの生贄の提案だ」
 ソレイユは舌打ちをすると、目を逸らす。
「やはり貴方はそちらを望みますか」
 だけどリオネルは深い溜め息を付いて呆れたような様子を見せる。
 ソレイユは彼の溜め息を不快そうに見つめた。
「当然だろう、幸せにならなければいけない、姉上は」
「は?」
 リオネルは耳を疑い訝しげな声をあげる。
「! ……いや、ルミエールが幸せでなければ意味がない」
 ソレイユは言い直すと、戸惑いを隠せない様子で口元を押さえた。
 リオネルは何か答えを見つけたが、それを口にする事はない。ただ今の会話から導き出された彼が求める展開、その為の助言をするだけだ。
「ノワール様の意思があれば、形は政略結婚でも構わないのですか?」
 ソレイユは、驚いたように肩を震わせると小さく「……ああ」と答えた。
「それでしたら答えは簡単だ、ノワール様にこちらに来ていただきましょう」
 リオネルは微笑む。
 親書には婚姻としかない、つまりノワールをこちらに寄越すように言う事もできると言う事だ。
 しかしあちらの王は身体の弱いブラン、できるならノワールを手放したくはないはずだとソレイユは思う。だから簡単に言うリオネルに呆れたように頭を抱える。
 だけど勝算があるような表情をリオネルは崩さない。
 それが異常に見えてソレイユは恐怖を覚えた。
「ノワール様が、誰かに縋らなければ生きられないようにすればいい」
 リオネルはクスリと笑うとそう告げる。
「何を言って……」
 ソレイユは驚きのあまり言葉が痞える。
「兄想いの彼は、身体の弱い兄を頼るような真似ができないでしょう?」
 間違った事を言っているかと問うような様子で首を傾げる。
 だけどソレイユには馬鹿馬鹿しいと叱咤する事などできない。
「つまり政治の道具になる事が、心を保つ唯一の道になる」
 リオネルの提案は間違っていると感じるのに、ソレイユは何も言葉にできず項垂れた。
「そうすれば貴方を頼るルミエール様もそのまま、完璧でしょう?」
 ソレイユを見ながらリオネルはまた微笑する。だけどこれでは彼を決意させる事はできないのも知っている。
「そういえば、ソレイユ様に詳細をお伝えするのを忘れていましたね」
 だから彼はある事を話す事にした。
 ソレイユは疑問に思うが顔をあげようとしない。
「『仲良くできるはずなどない、昔から、これから先も、赤は敵なのだから……』」
 リオネルはクスリと笑った。
 誰かの言葉、それを理解したソレイユは驚いて彼を見る。
「お前、それは、まさか……」
 言葉が痞えてでてこない。だけどそれ以上何も言わないリオネルに、その言葉が誰のものだか確信した。
「ルミエールが世話になったあの場所で、ノワール様と話がしたい……」
 ソレイユは爪が食い込む程強く拳を握り告げる。
 リオネルの位置からソレイユの表情を読み取るのは難しい。しかし満足行く反応を得られた彼は口元を歪める。
「遣いの者に伝えておきます、陛下」
 深々と一礼すると最後にまた微笑みを浮かべた。

...2012.08.07