Trente et Quarante

第七話:決別/4

 ソレイユが即位した日から黒の国は連日会議を開き二つの意見で揉めていた。
 一つは王であるブランのこちらから和平を願いでるべきだという意見。
 そしてもう一つは、かつてノワールが主張していた赤の国のした事を知らしめる為にも徹底的に戦うべきだという意見だ。
 しかし、今のノワールはどうしていいかわからなくなっていた。
 かつて国同士を仲良しにする約束を交わした少女は仇の娘ではない。彼女もまた被害者だ。
 そしてソレイユもあの王と父子とはいえ仲違いをしていた。その人を仇の息子だからと斬って捨てるような真似は彼にはできない。
「此度の件、赤は黒を疑わずにいてくれている、これは好機だ」
 当人はもうこの世にいないというのに、撒かれた火種を留めておくなど馬鹿げてはいないだろうか。ノワールはブランの主張を聞きながら苦悩する。
「赤の王が暗殺された今、痛み分けだとは思わない?」
 ブランはこの日も自分の意見を曲げず、ぶれる事すらない。
 ノワールは意志の強い兄をとても尊敬していた。何故自分は丈夫で、彼は身体が弱いのか悩む事すらあるほど。
 だからこそ、自分の意見を簡単に曲げるような真似はノワールにはできない。
「ですが、父上が赤の王に殺されたのは間違いないのです」
 できる限りの強気にでても、ノワールは自分の言葉の薄さに口ごもりそうだった。
「赤の王を暗殺したのは赤の者である可能性が高い、それが痛み分けでしょうか?」
 己の言葉の幼稚さにブランの顔を見られず彼は目を逸らす。
 そしてそれに気付いているブランは折れるわけもなく反論する。
「仕返ししても仕方ない、どちらかが折れるしかない、喧嘩を終わらせるのと同じだよ」
 ブランはノワールを真っ直ぐ見据え言う。
「いや、ある意味もっと簡単だ、喧嘩を仕掛けてきた当人はもういないのだから」
 彼は少し微笑むとすぐ顔つきが変わった。
「赤の王は独裁的だった、つまり赤の国の総意とは考えられない」
 今まで以上にその場にいる全員に訴える。
「当人がいないのに何故残された彼らを巻き込める?」
 昔から王に尽くしてきた重臣達には、ブランの意見は酷く甘く若すぎるように見えた。だが赤の国と争えば、青の国を含めた大国に遅れを取るだろう。
 だからノワールが自分の意見を口にできなくなったその時点で、和平を結ぶという方針に決まった。
「ノワール、何か言いたい事はある?」
 会議を終えた矢先、ブランはノワールに聞く。
 しかしノワールは首を横に振る。
 確かに赤の国は存在しているが、父の仇はもうこの世にはいない前王だ。ブランの考えはこれ以上傷つける事なく平和に解決する事。
 ノワールはそれが正しいのかはわからないままだったが、仇討ちに拘る自分よりよほど良いと、心のどこかで安堵していた。

 会議を終えた晩、ノワールは大臣に呼ばれた。今回の件で相談があると言われ彼は首を傾げる。
「兄上でなくていいのか?」
 ノワールは訝しげに聞いた。
 ブランは身体の事もあり既に就寝している時間だが、和平を推しているのは彼だ。勝手に話を進めていいはずがない。
「いえ、心優しいブラン様は、恐らく反対されますから」
 大臣の言葉にノワールはまた怪訝な顔をした。
 ブランが反対するのなら、ノワールも容易に賛同できるはずがない。
「ノワール様は、赤の姫ルミエール様と面識がございましたよね」
 ノワールは目を丸くする。周知の事実だが何故今その話がでてくるのか理解できなかった。
「調べました所、ルミエール様は現在王位についている一族とは異なりますが……」
 大臣は淡々と続ける。
 ノワールは途端不機嫌になった。
 赤の王に誘拐された少女だという事実以外関係ない。彼女の両親は殺され兄も今となっては消息がわからない。そのような彼女の出自を探る事が許せなかった。
「あの方も間違いなく赤の姫、この事を利用しない手はありません」
「何に利用しようというのだ! 大体……」
 ノワールは大臣を叱りつけようとしたが、冷静に言葉を理解すると言葉を濁した。
「それは、どういう事だ!?」
 大臣はノワールの様子に微笑すると、調べたという彼女の事を語りはじめる。
 それはまだ光の花が世界のどこにでも降っていた時代。
 黒の国は今と変わらず和平を願い、赤の国もそれに同意し、和平が結ばれるはずだった。
 しかし赤の国はそれを裏切り、黒の国を武力で制圧しようとする。そして今もいがみ合う関係になった。
「その事とルミエール様に何の関係がある」
 ノワールは訝しげに問う。
 黒の国にはこちらの側面しか伝わっていない。無論赤の国もそうだろう。
「潜入していた者にその時期の赤の歴史書を、それに青のものも取り寄せました」
 大臣は本を二冊差し出す。
 ノワールはまず赤の歴史書を受け取る。すると、黒の国との出来事は捻じ曲げられ都合の良いように書かれていた。
 しかしそれは予想のできる事であり、こちらも改竄しているのかもしれない。だからノワールは何も思わない。
 しかし和平を結ぶ事が決まり、それが破られるまでの期間に、勢力争いがあったという記述を見つけた。
「これは、まさか」
 ノワールは何かに気付き大臣の事を気にせず読み進める。
 勢力争いで一部の一族は王都から遠方の地に追われ、そして今の一族が実権を握った。
「青の歴史書を貸してくれ」
 赤の一族間の事を赤の歴史書では理解しきれないと感じたノワールは、大臣から青の歴史書を受け取り開く。
「! すごい情報量だな……」
 赤や黒と違い、他国の事をまとめたその歴史書は第三者の視点で細かく書かれていた。
 そして青の国では、今の赤の一族を「力に優れた一族」と呼んでいるらしい。そして追われたのは「知に優れた一族」とある。
「実権を握っていた知に優れた一族が勢力争いに敗れ、その結果……」
 ノワールは言葉に詰まった。
「和平は結ばれる事なく、今の一族が武力で制圧しようとしたのです」
 大臣は代弁する。
 ノワールは大臣を見て唇を噛む。
「ルミエール様の御出身は、その遠方の地でございます」
「大昔の事だ、血筋などもう」
 しかし赤の国の勢力下で一族が移り住んだ場所、そこに存在した全てが一族の者だとしたら……。
「いや、むしろ、ルミエール様は王族の血を濃く受け継いでいる?」
 ノワールはそこまで考えが至ると、大臣が何を言いたいのか察しがついた。
 大臣は微笑む。
「ルミエール様に和平を結ぶ為のご助力を願えばいい」
 ノワールは頭を抱える。
「ルミエール様を利用しろというのか?」
 そう問うと大臣は黙って頷く。
 居た堪れないノワールは目を逸らす。
「私が最後にルミエール様と会ったのは父が死んだ後だ」
 大臣はその言葉の意味が彼女を拒絶した事だと理解すると、微笑した。
 予想していなかった態度にノワールは戸惑う。
「ルミエール様は聡明な一族の方、事情くらい察してくださるでしょう」
 大臣は笑う。
 ノワールは何故そこまで楽観視できるのか理解できない。
「大体彼女に何をご助力願うと言うのだ」
「それは勿論、ソレイユ様をご説得していただく事」
 大臣の言葉にノワールは耳を疑う。
「あの方は赤の国を裏で操れる、そういう存在でございましょう」
 ソレイユはルミエールを溺愛している。それを利用しろと言いたいらしいが、物怖じしない大臣の言葉にノワールは首を横に振り項垂れた。
「お前はソレイユ様を理解していないっ」
 どういう経緯で弟と認識していたのかはわからないが、ソレイユとルミエールが姉弟ではない以上、彼はただの姉想いの弟などではない。一度ルミエールを傷付けた男が再び近付く事は叶わない。
「ルミエール様と御結婚されれば恐れるものはない」
 ノワールは信じがたい言葉に目も見開く。
 彼女が誘拐された一市民ならこのような提案はしないのだろう。だけど一応王族の血を引いている彼女との婚姻なら反対する者はいない。そしてその娘が現赤の王の弱点であるなら尚の事。
 だけど十年間二人の関係を黙認してきたソレイユが、政略結婚など認めるはずはないとノワールは思う。むしろこのような事を企てている事が知れたら、両国の関係は取り返しのつかない事になる。
「ルミエール様も望まれていたはずでしょう、両国の和平を」
 しかし大臣は諦めず、まるで勝算があるかのように余裕ある表情だった。
「ルミエール様が御結婚する意志を見せてくだされば、全て叶う」
 十年間、ノワールはルミエールを、ルミエールはノワールを想っていたはずだ。だけど傷付いた彼女の傍には恐らくずっと……。
「無駄な事を、するな」
 ノワールは拒否すると唇を噛む。
「何故です? ソレイユ様の過保護さを気にするのなら貴方が赤の国に」
「くどいっ!」
 大臣を睨みつけると、ノワールは声を荒げた。
 怒りを露にするノワールに大臣は一瞬身体を震わせる。
 それを見たノワールは首を横に振ると、感情的になっている自分を反省した。
「この件はっ、ルミエール様に伝われば、それだけで協力してくださるはずだ」
 彼女を無理に手に入れるより、彼女が事情を知りソレイユに口添えしてくれるのを期待する。その方がよほど安全で確実だとノワールは大臣に伝えると自室に戻った。

...2012.07.31