Trente et Quarante

第五話:深紅の花嫁/4

 赤の王は第一に色欲、そして支配欲と独占欲が強い。それは王がまだ王子の頃から知れ渡り、立場を利用し好き勝手に振舞っていた。
 武力に長けていた彼を真っ向から否定できるものは存在せず、先代が亡くなると当然のように王位に付いた。
 だけど国としては平和だった時期もある。それはソレイユの母、王妃が生きていた数年間だ。
 立場の弱さから王に嫁ぐ生贄となったその女性は、王の持つ欲望全てを一人受け止める事で、国を少しの間平和に導く。
 しかしそれは王妃がいなくなれば儚く散る、脆い平和でしかない事は誰もが理解していた。
 脆い平和を噛み締めている国民達とは対照的に、王妃はこの日も王の欲望の捌け口として過ごす。彼女の部屋はまるで淫らな行いの為だけにあるようにさえ見えた。
 だけど王妃は生贄となった日から、自分に関する全ての事を諦めていた。
 ただ息子のソレイユが部屋にいても構わず、むしろそれを楽しんでいる王にはその都度抗議していた。誰の血を引いていても彼女にとって彼は最愛の息子だ。
 しかし王が聞く耳を持つはずもなく、反抗すればするほど喜ばせるだけで意味はない。結局力の前に成すすべなく崩れる。
 だから王妃はできる限り声を抑えた。でも小さい呻き声はまるで泣き声のように部屋に響く。
 子供は感情に素直だ。母親が苛められていると感じたソレイユは、わけのわからない状況にいつも泣いていた。

「どうして貴方は私に似たのかしら……」
 王が去った後、王妃はソレイユに言った。
 傍で見ているしかできない幼いソレイユには、今の行為どころか王妃の言葉すら理解できるはずはない。
「貴方は男の子なのよ、泣かないの」
 古風な事を言うつもりは彼女にはない。ただ泣いているソレイユはまるで女児のようで、何より王妃の幼い頃に酷似していた。
 だが、それだけなら王妃も気に留めなかっただろう。
 しかし王妃を組み敷く王の視線が度々ソレイユに向けられていると気付いた時、彼女は血の気が引いた。
 泣いている彼を楽しげに、そして愛おしそうに眺めている。それを見れば、嫌でもただ泣かせる為に部屋に置いていると気付く。
「あの人の前で感情を見せては……、関心を引いては駄目よ」
 自分が死んだら次の生贄はソレイユだと王妃は感じていた。
 だからこそ、言い聞かせなければいけない。
「それが無理なら、感情なんて捨ててしまいなさい」
 王は、怯えたり泣いたりするものが好きなのだ。
 毎日毎日言い聞かせ、ソレイユは次第に泣く事を忘れた。王が王妃に何かしている、それをただ無表情で見ているだけで、何の感情も働かなくなる。
 そして王妃の思惑通り、王は次第に気味悪がりソレイユを遠ざけた。
 しかしソレイユは王妃にも感情を見せる事がなくなった。彼女の言う通り、感情を捨ててしまったからだ。
 王妃は笑わない息子に満足そうに優しく微笑む。だけど心は蝕まれていき、ソレイユが五歳の時、帰らぬ人になる。状況から見て自殺だったようだ。
 そしてこの出来事は、見せられ続けていた行為と共にソレイユの心に深い傷を残した。

...2012.06.26