Trente et Quarante

第四話:生贄姫/1

 リオネルに付き添われ部屋に戻ったルミエールは、食事を取る気すら起きず部屋に閉じこもっていた。
 起きてしまった事をどれだけ悔いてもなくならない。ノワールを失い、彼との約束は脆く散った。
 光の花も二人を見放し、彼に出会う前に戻ってしまった。
「ノワール様ッ」
 ルミエールは大事だった名前を呼んだ。
 大切な者を奪った事への罪悪感に、彼女の心は悲鳴をあげる。ベッドの上で膝を抱え、顔を埋め、声をあげて泣く。喚く事はなかったが、心が落ち着く事もない。
 そんな時、部屋にノックの音が響いた。
 ルミエールは音が聞こえた瞬間に顔をあげ、大切な弟の名前を呼ぼうとした。今の彼女には彼しか拠り所がなかったからだ。
 しかしノックが終わった時には、彼女の表情は変わる。音の間隔がソレイユのものではなく、今最も会いたくない人物のものだと気付いたからだ。
 ルミエールは耳を塞ぎ無視を決め込む。今は寝ていてもおかしくない時間だ、返事がなければ去って行くだろう、そう軽く考えていた。
 だけど相手は寝ていても構わなかったのか、部屋の扉を許可なく開く。
 ルミエールは目を見開き、部屋に入ってきた人物を凝視した。
「起きていたのか、どうした? 目が真っ赤になっているぞ」
 入ってきたのは彼女の想像通り赤の王だった。いつものように笑いかけながら話す様子に、ルミエールは苛立ちより恐怖を感じる。
「もう、寝ます……なのでお帰りください、お父様」
 涙を拭いルミエールは部屋をでていくように促す。
 反抗的な態度を取るなど何年ぶりだろうか、だけど今日は心ない笑みすら浮かべる気にならなかった。
 王は目を丸くして、何かを嘲笑するように口元を歪める。
 様子の可笑しい王に、ルミエールは身体を強張らせた。
「先月には済ませるはずだったのだが、近頃は多忙でな」
 王は彼女のいるベッドに近付いてくる。
 何かが脳裏をちらつき、ルミエールの頬に嫌な汗が伝う。
 その間にも王は羽織っていたマントを取りさり、ベッドに乗り上げる。
 驚いたルミエールは王から逃げようと後退した。
「いっ」
 頭が痛みきつく目を瞑ると、瞼の裏に何かが映る。今自分が想像しているのと同じような光景が、第三者の目で見えた。
「……っぃや」
 恐怖に憎悪が混じり、小さく声をあげた。
 しかしベッドが設置してあるのは部屋の端、すぐに壁に追い詰められたルミエールは王に組み敷かれる。
「お前はもう十八になった、親子ごっこは終わりだろう」
 王は笑いながら告げた。
 その瞬間、ルミエールは大きな目を更に開く。何か言葉を紡ごうと口を動かすが、声がでない。
 だけどそれは現状の恐怖からではない。記憶を収めた箱の蓋が開いて、父と呼んだこの王に対する、憎悪が溢れ出したからだった。

...2012.06.05