両国の中央に位置する森の中をルミエールは進む。そして湖がある辺りまで辿りつくと彼女は足を止めた。
「光の花……」
もうすっかり日は落ちて湖に光の花が降っている。
それを見たルミエールは、先月までノワールと共に過ごしていた時間なのだと気付いた。
「どうして、こんな事に」
ルミエールは湖に近付きながら、今にも流れだしそうな涙を拭った。
一刻も早くノワールの真意を知りたい。そう思っているはずなのに、ルミエールは言い様のない不安に中々前に進めなかった。
しかし、幸か不幸か黒の国の方角に人影が見え、ルミエールは顔をあげる。
「ノワール様……っ」
ルミエールは困惑した声で名前を呼んだ。
「ルミエール様……」
ノワールは目を見開き、戸惑いを含んだ声で彼女の名前を呼んだ。
しかしすぐ、目を細めると、唇を噛み、顔を背けた。
「何故、ここにいるのです?」
聞いた事のないような冷たい声色に、ルミエールは身体を震わせる。
「大切な弟君と、約束なさったのでしょう? ここにはもう来ないと」
ノワールは顔を背けたまま、強い口調で言った。
「ノワール様の、真意をお聞きしたくて……」
まるで自分を見ないノワールに不安を滲ませながら、ルミエールは言った。
ノワールは彼女がここに来た理由をすぐに察し、同時に何かが苦しくなって頭を抱えた。
「俺が来なかったら、黒の国に出向くおつもりだったのですか?」
ノワールの問いにルミエールは小さく頷く。
それを見たノワールは再び唇を噛んだ。
「愚かにも程があるっ」
ノワールはルミエールの傍に歩み寄ると、その腕を掴み引き寄せた。
ルミエールは急に掴まれた事より、その力の強さに身体を強張らせる。
「敵国に出向いて、無事でいられると思ったのですか?」
掴んだ手に更に力が篭り、息が届く程の距離で、まるで射抜くように彼女を見つめながらノワールは言った。
「敵国だなんてっ」
ルミエールはノワールの言動にうろたえる。
ノワールは何かを怒り、そして後悔している。
そのような彼にルミエールは何も言葉をかける事ができず、ただ震えた。
ノワールは怯えるルミエールを見て、苛立ちと悲しみが入り混じった複雑な感情を抱えると、それを落ち着かせるように腕を放した。
「貴女は自分の事がわかっていない」
ノワールは彼女に背を向ける。
「貴女を溺愛する赤の王が、何もしないはずがなかった」
ルミエールは以前ソレイユが忠告していた事を思い出して両手で口元を押さえた。
犯人が赤の王かどうかより、自分の所為で黒の王は殺されたかもしれないという事実に力なく首を振る。
そしてこれは、憶測ではなく真実だとルミエールは確信してしまった。彼女に関わった実の息子すら、王は傷付けていたのだから。
「そうとわかっていたはずなのに、俺も愚かだった」
ノワールはそう自分を責めるように告げると、ルミエールを振り返る事はなく、その場を去ろうとした。
「待って!」
ルミエールは思わず声をあげる。
「貴女はどうして赤の姫なのでしょうね」
振り返ったノワールは自嘲気味な笑みを浮かべ、身体を震わせていた。
「仲良くできるはずなどない、昔から、これから先も、赤は敵なのだから……」
冷たくどこか悲しげな声がルミエールの胸に突き刺さる。
ノワールはルミエールを省みる事はなく、今にも溢れそうな感情を飲み込み、その場を後にした。
ルミエールは思わずその背中に手を伸ばすが、足が動かず体勢を崩した。そして顔をあげた時にはもう、ノワールの姿はなくなっていた。
絶望、そのような言葉が似合う感情に心を蝕まれ涙が溢れた。
「似たような事が、前にもあったわっ」
あれは何だっただろうか、ルミエールは虚ろな瞳を彷徨わせて考える。
だけど幼い頃、蓋をされてしまったそれは表にでてこない。ただ隙間から、赤の王への恐怖と憎悪が見え隠れするだけだ。
負の感情に苛まれる彼女を嘲笑うように、光の花は急速にその輝きを弱める。まだそのような時間ではないのに、辺りは暗がりに包まれた。
「光の花が……消えた」
ルミエールは月を見上げると、涙がとめどなく溢れ出た。
...2012.06.05