Trente et Quarante

第二話:穢された玉座/5

 黒の国に戻ってきたノワールは真っ直ぐ王城を目指していた。
 黒の王も兄ブランも、更には臣下まで、彼の十年続く赤の姫との逢瀬を知っている。その為満月の日は、城門を閉ざす事なく彼が帰宅するのを待つのが常だった。
 それを戯れと責める者はなく、和平を成立させる架け橋になればと考え楽観視している者も少なくなかった。
 そして今日もそれは変わりなく、次がないという事以外全てが同じのはずだった。
「……?」
 ノワールは城門が近付く程、城に妙な違和を感じた。
 胸騒ぎがして早足で城門に辿りつくと、そこにいるはずの見張りの姿がない。
「そんな、馬鹿な……」
 ノワールは抑えきれない不安に押しつぶされそうになりながら、城内へ進んだ。
 城内の中では、兵士や使用人が廊下で眠る異様な光景が広がり、独特な静けさが辺りを支配していた。その中にはただ眠っているのではなく重傷を負っている者もいる。
「おい! 大丈夫か!? 今手当てを……」
 ノワールは今にも事切れそうな兵士を抱き起こす。しかし手当てしようとした手は、その兵士によって阻まれた。
 困惑するノワールの衣服を兵士は強く掴むと、か細い声で彼は懇願する。
「ノワール、様……っ、私は、もう……早く陛下の、元へ、赤が……」
 そこまで言い終えると、兵士はそれ以上言葉を口にする事はなかった。
 ノワールは兵士達に差し伸べそうになる自分の手を必死で堪え、黒の王である父の安否の確認を急いだ。

 玉座の間に辿り着くと、扉がかすかに開いていた。
 中から漂ってくる錆びた鉄のような臭いに、ノワールは身体が震える。扉の先で何か物騒な事が起こったのは確実だ。
「陛下……、父上どうかご無事で……っ」
 ノワールは祈るような気持ちで重たい扉を開いた。
「……う」
 俯き気味に中へ入り思わず呻いた。足元にすでに事切れた兵士が横たわっている。
 斬られた腹を押さえ、身をよじりながら玉座へ向かおうとしたらしい、絨毯の染みがそれを証明していた。
 ノワールは唇を噛み、何かに絶望しながらゆっくり顔をあげる。
「ああ……っ」
 目の前に広がる光景は、普段の装いとは異なり赤黒く彩られていた。
 倒れている兵士達は、誰もが玉座を目指し絶命している。
 そして彼らの視線の先に控える玉座には、王が己の首を抱えて座っていた。
 ノワールは言葉を失い、その場に崩れ落ちた。
 古びながらも美しかった玉座は、どす黒い血に穢され、首のない王を飾り、醜悪な装いに変わっていた。
「俺の、俺の所為で……っ!」
 ノワールは自分の愚かさを責め、何度も床を殴る。そして絨毯に涙と血の染みを作った。

...2012.05.22