Trente et Quarante

第二話:穢された玉座/1

 今日の赤の国は、赤の姫ルミエールの誕生日を祝う式典が執り行われる為か、国全体が活気に満ちてとても賑やかだった。
 しかし当の本人は、十八になる日が来てしまった事に心が沈んでいた。
「ルミエール、黒の連中にお前の気高さを見せ付けてやるのだぞ」
 そのような事とは露知らず、赤の王は豪快に笑う。
 それとは対照的に玉座のすぐ横に控えていたソレイユは、冷ややかな目をして王を見ていた。彼女の心中を察しているからだ。
「あの方の気高さには勝てない……」
 王の言葉に表情を曇らせたルミエールは小さく呟いた。
「……何?」
 それを聞き逃さなかった赤の王は怪訝な表情を浮かべた。
「ブラン様の気高さは他国でも有名だそうですから」
 ソレイユはすかさずそう付け加える。
 それに同意するようにソレイユの執事―リオネルが頷いた。
 数ヶ月前、ソレイユが独断で雇ったその青年は、お世辞にも愛想が良いとは言えない。クールと言えば聞こえはいいが、どちらかというと無愛想、仏頂面と言う方が合う。
 名目は執事という事だが、彼はあまりソレイユの傍にいない。その為ルミエールどころか家臣達にも彼はよくわからない存在だった。
 リオネルは一歩前にでると、王に跪いた。
「青の国でもそのような話を聞いた事がございます」
 彼は青の国に留学した経歴を持っていた。そんな彼が言うのだから間違いないだろうと、他の家臣も思い思いに頷く。正直な話王の機嫌を損ねたくないのだ。
 王は渋々ながらもこれ以上の追及をやめた。
 それを見てソレイユはルミエールの元へ歩み寄り手を差し伸べる。
「姉上、今日の為に新しいドレスを幾つも用意させています、参りましょう」
「え、えぇ……」
 ルミエールは言われるがままその手を取った。
「陛下、失礼致します」
 ソレイユは深々とお辞儀すると、リオネルを一瞥しルミエールを連れ立って玉座の間を後にした。
 リオネルはその意味を理解し、声には出さず小さく頷いた。ここに残るように命じられたのか彼の後を追おうとはしない。
 赤の王はソレイユの行動を不愉快そうに見ていた。
「陛下」
 不意に名前を呼ばれ、王はリオネルの方を振り返る。すると少し辺りを見回すような仕草を見せた。
 王が近くに寄る事を許可すると、リオネルは一礼し、彼の傍に寄り何かを耳打ちした。
「ククク……、お前、面白い事を言うな」
 機嫌を直した王は不敵に笑った。

 誤魔化せた事に安堵するルミエールに対して、ソレイユは今の出来事を楽観視する事ができなかった。
 ソレイユは彼女の部屋の近くで唐突に足を止めると、手を放した。
 ルミエールは首を傾げる。
「今日を最悪な形で終わらせるおつもりですか?」
 振り返ったソレイユは普段は見せないような苦しげな表情で問う。
 ルミエールは思わず「ごめんなさい……」と俯いた。
「そのような顔をしないで……怒っているわけではないのです」
 ソレイユは彼女の表情を見るなり、自分の言葉の厳しさに頭を抱えた。
「……俺は、姉上の幸せを願っています」
 ルミエールはソレイユを見上げた。
 だけど自分を見上げる瞳に耐えかねて今度はソレイユが俯いた。それでも彼は今自分が言うべき事を頭に思い浮かべる。
「貴女の幸せは黒の国との和平の先……、どうか自分の手で壊さないでください」
 その言葉を聞いて、ルミエールはもう一度「ごめんなさい」と謝罪した。
 自分の幸せな未来、それはどうでも良かった。問題は黒の国との和平、民の為にも実現するべき事柄なのは世間知らずな彼女でも分かっていた。それを自分の不注意で潰してしまいかねなかった事を申し訳なく感じた。
「わかってくだされば、いいのです……」
 ソレイユは口元だけ笑う。しかし顔を伏せていて表情は読み取れない。
 ルミエールはソレイユを悲しませていると感じ、考えた末に今度は彼女から手を差し伸べた。
 ソレイユは目を丸くする。
「行きましょう、新しいドレスを幾つも用意してくれたのでしょう?」
 しかしルミエールの柔らかい微笑みを前に、彼も自然と笑みをこぼした。

...2012.05.15