『光の花』
それは争いのない所に、満月の夜だけ降る。
少年と少女は湖に降り注ぐ『光の花』を見つめながら、ある約束を交わした。
『大人になったら、国同士も仲良しにしよう』
赤の国の城内、赤の姫―ルミエールは私室で身支度を整えていた。
月に一度満月の日に、お忍びで黒の国との間にある湖にでかける。それは幼い頃から続く黒の王子との逢瀬。
全身を包み込むマント、フードを目深に被り夜こっそりと部屋を後にする。
「また行くのですか?」
不意に呼び止められ、ルミエールは声のした方を振り返る。その声は同い年の赤の王子、腹違いの弟―ソレイユのものだった。
ルミエールは指で「しー」と静かにするように促すと、キョロキョロと辺りを見回した。
「姉上、貴女は来月十八になられる、このような戯れをいつまで続けるのです」
呆れたというような台詞ではあったが、ソレイユは微笑みを浮かべ少し困ったような顔をしているだけだった。
その理由は彼が重度のシスターコンプレックスだからだ。
妾の子だったルミエールは遠方の土地で暮らしていた。しかし互いの母の死をきっかけにルミエールは城に呼ばれ、二人は初めて互いの存在を知る。
ソレイユが彼女を溺愛するようになったのは出会った時からだった。
しかし原因は赤の王である父にある。彼もまたルミエールを溺愛していたが、正当な後継者であるソレイユには目もくれなかった。
父の愛を受けられないソレイユは、自分を見てくれるルミエールが自分の全てになってしまったのだった。
それでも彼は次期王としての教育、剣の稽古と、あらゆる習い事をこなす。いつか王となり、父では叶えられない姉の願いの為に……。
その事を知らないルミエールは今日も穏やかに笑う。
「ソレイユ、いつも見逃してくれるでしょう? 皆には内密に……」
いつも通りの笑顔でルミエールはソレイユにお願いをした。
だけど今日のソレイユは少し様子が違う。笑顔は消え深刻な顔をした。
ルミエールは首を傾げる。
「俺もいつまでも隠してはおけません……いえ、陛下はもう勘付いていると思うのです」
ソレイユは言い難そうにルミエールに告げた。
「全てが公になれば、陛下が黒の国に何をするか……もうこのような事はお控えください」
ルミエールの表情が曇る。
黒の国は隣国でありながら長年いがみ合う敵国、赤の王がこのような事を許すはずがない。
「何も永遠の別れではありません、俺が王位に付くまで我慢してくださればいいのです」
ルミエールはその言葉の意味に、表情を更に曇らせる。
あの王がソレイユに簡単に王位を譲るとは思えなかった。仮に譲ったとしても、父が彼の好きなようにさせるとも思えない。つまり、彼の言う「王位に付くまで」は「王が死ぬまで」という意味が含まれているのだ。
ルミエールの気持ちに気付かないソレイユは、微笑むと部屋に戻るように促した。
しかしルミエールは首を横に振る。
それを見てソレイユは「姉上……」とまた困ったような表情を浮かべた。
「来月の満月は私の誕生日なの、せめてその日まで……」
俯き搾り出すような声でそう願うルミエールに、ソレイユは何も言えず小さい溜め息を一つ付いて、彼女を見送った。
...2012.05.01