Genocide

 留守番電話を聞いてからしばらく喋る事ができなかった。 モタモタしていれば人が死ぬ、だけど適当な事をすれば証拠が消える。 同道巡り、何より私達は後手に回りっぱなしなのだ。
 今日の家事全般は私を気遣ってか母が全部やっている。 正直申し訳なかったけど、一気に疲れがきてしまった感じで甘えてしまった。
 母がお風呂の仕度をする為に居間を後にすると、私は先生の携帯を取り出した。 内容を確認するとやはり由比さんに関する事が三通。
 一通目と二通目は失踪している事、鍵は掛かっている。 それを先生と夜観之君がそれぞれ送ってきていた。
 三通目は先生から彼女が死亡した事、だけどその後の内容はニュースや留守番電話のものとは異なる。
 今回の凶器はナイフ、心臓を一突きだったという。 だけど辺りに血が飛散してない事から殺害現場は別。 試しに廃墟を調べてみたら目新しい血の痕があり、ここで殺されて運ばれたのだろう。 しかし薬莢はおろか銃を使った痕跡はなかった、従って山里さんの殺害現場はここではない。
 メールを読み終え携帯をしまった。 何か違和感があるように感じる。 恐らく山里さんの事が引っ掛かってるのだろう。 今まで彼は必ずあの廃墟での犯行に拘っているのだと思った。 殺人教唆での原田君の殺害、曽根君の毒殺という例外もあるが他は全部あの場所なのだ。
 それに凶器の銃、凶器を調達していたのは夜観之君だった筈だ。 その夜観之君と彼は今ほとんど接触していない、いやリツ君が接触を拒んでいる。 ……彼に手に入れられるものなの?ならどうして今回も使わなかったの? 考えれば考える程疑問が増えていく。

何が間違いで、何が正しいのかわからない。

27.二十五番目

 十二月十三日火曜日、母は朝早くに仕事へ出かけた。 入替りに外に警察の人と思われる姿を確認できた。 私は不満だからなのか安心だからなのか、よくわからない息を吐く。 恐らくどっちもだ。 疑われている事への不満、見張られて初めて成立するアリバイへの安心。
 私は早速昨日のメールを返信した。 遅れた理由は入れなかった。 言わずとも判るだろうと思うし余計な文章を入れるのが惜しい。
 しばらくするとすぐ返事が来た。 やはり二人共事情は判っているようで返信が遅れた事には触れていない。 昼頃にリツ君がまた七瀬君の母、智早と密会するらしいという事だけだった。
 私はメールを待てという事だろうと判断して返信を止めた。 案の定昼過ぎに先生からメールが送られてきて私はまた携帯を開く。
「"強張った表情していた"」
 たった一言、だけど私は少し胸が痛んだ。 リツ君がそういう表情をするのは何かを我慢しているからだろう。 我慢しているなら何かを強制されてるのかもしれない。 例えばゲームの再開……殺人教唆。
「"律の犯行で間違いないだろう"」
 恐らくの文字はない、二人はリツ君の犯行だと断言した。
 私も恐らくそうだろうと思う。 だけど何かあるんだって信じたい。 でもそんな気持ちは間違っているのだろうか?

 十二月十五日木曜日、夜観之君は寮に居る間は永山君と行動を共にしていた。 スケジュールが回ってきてからはほとんど目を離す事すらない。 でも理由はそれだけではない。 曽根君が目の前で死んで以来ずっと彼は塞ぎ込んでいる。 それがほっとけなかっただけ、死に慣れ始めてる私や夜観之君とは違うから……。
 だけど山里さんや由比さんを気にしていなかったわけではない。 過度に気にすれば不審がられる、だから近づけなかったのだ。 きっと夜観之君はその事を後悔してると思う。 だけど私達は自由に動き回れる状態じゃなかった。 仕方なかったと割り切るしかない、でもそんな自分に嫌気がさしそうだ。
 ちょっとした隙に夜観之君は自分の近況を呟くように送ってきた。 "二人で昼食中"や"数人で談笑中"など本当にちょっとした言葉だ。 だけどこれが来るから二日間安心していられた。
 ただ"今あいつは部屋に一人でいる"という文章が送られてくると身体が強張った。 一日中ベッタリという訳にいかないのはわかってる、だけど永山君を一人にするのが怖いのだ。
 寮には山里さんの事件語すぐ警官が張り込んでいる。 実家が遠すぎる生徒や二学年の生徒が残っているからだ。 不審者は通れない、それに簡単に外にもでれない筈……。 だけど由比さんは外に連れ出され殺されている。 警察を欺く方法が何かあるのだろうか。
 その時、夜観之君から再びメールが届いた。
「"あいつの親が迎えに来た"」
 一瞬ッホとした。 これで永山君は安全なはずだ。 家族の元へ帰るのだ、戸締りをしっかりして、できる限り誰かと一緒にいて……。
 夜になり夜観之君は寮の出口まで見送りに行くという。 無事に親元へ行くまで安心できないといより、別れを惜しむような気持ちでだろう。
 永山君の部屋の前で夜観之君は落ち合い、夜観之君の目の前で鍵をした。 そしてカードキーは管理人に預けた。 オートロック式な為に無用心な生徒もいる、今の状態でももしかしたら鍵をかけない者がいるかもしれない。 だから万一にも他の者に渡らないようとカードキーは管理人に預けた。 荷物は貴重品だけで鞄一つも持ってない、他の荷物は事件が落ち着いてからという事になっているらしい。 そのまま二人は集合玄関へと向かった。
 オートロックの扉から、永山君の両親は車内で待機しているのが見える。 警官は扉の外に左右一人ずつと、オートロックの扉で遮られた中側に一人。
 夜観之君はそれ以上の進行は許されず、オートロックの扉からでていく永山君を見送った。
 永山君は、夜観之君に会釈して進む。 寮の外へでようという時に彼の携帯が音を響かせる。 彼はその音に異常な程驚いていた。
「ちょっと……いいですか……?」
 夜観之君は永山君がそう警官に質問したのを聞いた。
 許しを得て彼はその場で携帯を確認する。 どうやらメールのようだ。 そしてその表情は嬉々としたものに変わり、携帯を右手で強く握ったまま寮の外にでた。
 その様子に夜観之君は違和感を覚え、傍にいた警官に声をかける。 だけど、遅かった。
 永山君は警官と車の丁度中間辺りまで進むと、途端どこかに向かって走り出した。
「永山……!?」
 夜観之君はオートロックの扉を思い切り叩いた。
 警官は驚きながらもその音を合図に彼を追いかける。 両親も一瞬何が起こったのか判らずにいたがすぐ車を発進させた。
 この時傍にいた警官が「またか……っ」と小さく声をあげたのを夜観之君が聞き逃すはずがない。
「どういう事だ!?」
 話によると由比さんは逃げ出した上級生を警官が追った隙に失踪していたらしい。 何故彼らが逃走したのかはわからない。
「何で公表しなかった!!」
 夜観之君はそう罵倒すると自分の持っていたカードキーを素早く取り出し鍵を開ける。 そして警官が止めるのを振り切り寮の外へでた。 だけどもうすでに永山君の姿は見えない。 しかし自前の携帯が鳴り響きすがるようにそれを取る。 永山君からの着信だった。
「お前何してんだ!」
 夜観之君は怒りをぶつける。
『きてた……っ』
 永山君は息を切らしながらそう呟いた。 当然夜観之君は意味がわからず「何?」と聞き返す。
『っこ、な事に……なっ、もう、佐々川……死んでるって、思って……でもっ』
 夜観之君が驚きの声をあげる。
『生きてた……ごめん……っ』。
 その言葉を最後に通話は切れ何度掛け直しても繋がる事はなかった。 夜観之君はまさかの事態に膝を折った。
 リツ君は佐々川君と窪谷さんの携帯を度々使用していた。 しかし使う必要のない時は彼らを遺棄した場所に戻していたはずだ。 だから遺体の消えたあの日から携帯も消失した。
 今事件を起こしているのはリツ君だと、夜観之君達は思っていた。 しかし消えた遺体の件はリツ君は関与していない。 そう思っていたが、まさか彼はずっと演技していたのか? それとも今回の事件は彼には関係ないのか? 色々な情報がごちゃごちゃと降り注ぎ夜観之君は悔しさに歯を軋ませた。

 午前を回り十六日の金曜日を刻み出した頃、永山君は発見された。 発見された場所はあの廃墟のある路地手前の道路だ。
 仰向けに倒れていた彼はおびただしい血を流し、もう息はなかった。 背後から襲われて即死だった彼に、苦しんだ様子はない。 ただ彼が握っていた携帯は粉々に砕かれていて、すぐに内容を確認する事はできないという。
 彼が逃走した直後会話していた夜観之君は、通話の内容を嘘偽りなく話した。 "行方不明"の"佐々川 暁"からメールが来たと言っていた事。 事件続きでもう死でいると思っていたという事。 佐々川君はクラスの男子の中心的存在だった、友達も多く永山君もその一人だったのだろう。 だからどんな文面で呼び出されたのかは知らないが、彼に会いに行ってしまった。
 しかし本当はもう死んでいるのだ。 それを私達が隠している。 遺体がないから信じろというのは無理があるが、 だからと言って行動に起こさなくて良かったのか? そう思うと永山君を見捨ててしまったみたいで、申し訳無さが込み上げる。 もうどれだけの後悔をしてきたかわからないけど、毒が回りきるまであと約一週間。 隠そうが足掻こうが……もうすぐこのゲームは終わる。
 事情聴取後、深夜だというのに夜観之君は今起きた事を少しメールで送ってくれた。 そして午後九時頃、容量ギリギリまで使い今回の事件の全容をことを細かく送ってきた。
 その中には警察は何度かあの路地の調査をしようとしたという事もあった。 あの辺り一帯が病院の私有地、勝手に入ることはできず病院側に許可を求めていた。 だがそれは断られ、令状もおりず断念していた。
 しかし今回の事で調査権限がおりるらしい、病院側が何を言おうがもう関係ない。 警察がもうすぐあの廃墟へ辿りつく、証拠は消えていても血痕は残っている。 十分事件の手がかりになりえるはずだ。
 それを全部読み終えた午後十一時頃、自前の携帯に夜観之君の携帯から電話がきた。
「……もしもし?」
 私はなんの躊躇いもなくそれを取った。 何を言っていいかわからずいつも通りの言葉をかける。
『いつも通りだな、その方が助かるけど』
 夜観之君はそうからかうように苦笑した。
 私はなんだか恥ずかしくて反論しようとしたが夜観之君が先に口を開く。
『大人しくしてろよ、あと一週間なんだからさ……』
「え?」
 通話は途切れた。
 携帯を見つめながらこのままではいけない気がして掛け直す。 だけど夜観之君はでない。 一回目と二回目は通話中、三回目は……もう電源を切っている。 私は妙な胸騒ぎがしてドンドン不安になっていくのがわかった。
 先生も電話をもらったのかメールでその事に触れていた。 だけど判らないのは私もで、先生は明日寮に行ってみるとメールを止めた。
 午前を回っても不安は消えない。 早く明日の朝になって……そして何でもないって……。 どうか変な気は起こさないでと願うしかなかった。

 十二月十七日土曜日、昼頃唐突に音が鳴り響いた。 聞き覚えのないその音は先生に貰った携帯からだ。
『坂滝!』
 戸惑いながらその電話を取ると、酷く慌てた様子の先生の声が聞こえた。 それにどうやら自動車の中のようでエンジンの音がする。
「どうしたんですか先生?」
 私は落ち着いてくださいという意味を込めて聞いた。 でも慌てる理由なんて予測は付いてる、夜観之君に何かあったんだ。 だからこそ冷静に話が聞きたかった。
『部屋にはいなかったんだ!』
 身体が震える。 でも夜観之君は関係ないはず……そう思ってるのは私だけなの? 怖さを押し隠し先生により詳しく話を聞いた。
 夜観之君の部屋には鍵がかかっていた。 だが呼び出しに応じない。 鍵は急ぎの用事である事を告げるて管理人にあけてもらったらしい。 しかしそこには夜観之君は存在せず、窓が全開になっていた。 夜観之君の部屋は二階にあり、窓の外は道路だ。 柵は二階の窓と同じくらいの高さで窓からそう遠くない。 器用な人なら乗り越えられなくもないかもしれない。
「でも、事件ではない……ですよね?」
 私は少し言葉を濁らせながら質問をした。 今まで通りならスケジュール通りに人が消える。 そして夜観之君がスケジュールに組み込まれてるなら今回の二十五番目。
 確かに夜観之君は研究者の家族だけど律君の協力者でもあった。 すぐ戻ってくるかもしれない。
 だけど先生は言葉を詰まらせた。 今話すべきか否か考えている、きっとそうだ。
「先生……?」
 不安になって声が篭る。 きっと何か事情があって失踪しただけだ。 そう信じたいのに先生がそうさせてくれない。
『七瀬は、自分が"あ"……二十五番目である事自覚してただろ?』
 私は「はい」と小さく返事をした。
「でも律く……朝霧君は、"あ"が足りないって……」
 律君は夜観之君をスケジュールに組み込む気なんてなかった。 そう信じたい。 いや……そうだったはずだ。
『……七瀬が裏切ることを期待してたのかもしれない』
 だけど先生の言葉は容赦のないものだった。

 先生は夜観之君を探すと言って電話を切った。 私と話していても状況は変わらないからだ。
 私は夜観之君の行きそうな場所の一つになっているらしく、家で待機するように言われてしまった。
「夜観之君……」
 家でただ無事を祈るというのはどうしてこんなに辛いのだろう。 だけど行き先に見当もつかないし、先生の言う通り入れ違いになるのは困る。 私はただ連絡が来るのを待つしかなかった。
 何分、何時間経っても電話ばかりを見つめていた。 できる限り家の電話に近い場所で携帯二つを並べてずっと待っていた。
 気を紛らわそうとテレビをつけるけどニュースは一連の事件の事だけ……。 ただ数人の警察の方が謝罪しているシーンが目に止まって悲しかった。 永山君をきちんと見ていれば彼は死なずに済んだはずだと、 警察の落ち度だと非難され中傷を受けている。 本当に悪いのは警察じゃない……犯人だ。 だけど見えない敵を恨むのが容易ではないのもわかるから、とても複雑な気持ちになった。
 気がつけばもう外は真っ暗になっていて、慌てて電気を付けた。 時計を見ればもう十一時を回っている。 どうやらボーッとテレビを眺めている間に寝てしまったようだ。
 軽く夕食を食べようと立ち上がるが電話に目がいってしまう。 近付いてみるけど電話はこなかったらしい、 少しッホとした反面今だに夜観之君は見つかってないのだと不安になった。 警察も一緒になって捜索しているのに見つからないとなると、まさか隠れているというのだろうか……。
 私は携帯をポケットに突っ込んだ。 だけどまた色んな事が脳裏を過ぎってその場でまた動けなくなった。 放心しているようなそんな状態だ。
 そんな時自分のポケットから音が鳴り響いた。 この着信音はよく知ってる。 三ヶ月前まで毎日のように聞いてた。
「もしもしっ……もしもしっ何が起ってるの?……リツ君」
 緊張の糸が切れたように涙が零れた。 泣いても仕方ないのに。 もしかしたらリツ君は何も知らないかもしれないのに……。
『……学校』
 リツ君は小さく覇気のない声でそう呟くように言う。 本当は言葉を発するのも辛いのかもしれない、そう思う程辛そうだった。
「学校……?学校がどうしたの、何かあるの?」
 私はその言葉を聞き逃すまいと必死にくらいつく。 一言でも漏れたら電話が切れてしまいそうで、そんな気がして……。
『……探してるんでしょ、あいつを』
 こちらを見透かしたようにリツ君は言う。 "あいつ"の心当たりなんて一人しかない。
「夜観之君は学校にいるの……!?」
 私はリツ君にすがるように聞いた。
『今はいない……でも……もうじき来るよ……』
 彼はそこまで告げるともう何も喋らなかった。 だけど電話が切れた様子はない。
 私は切れない電話を耳に押し当て何かを待った。 いや何かなんて不確かなものじゃない……夜観之君を待った。
『……やっぱお前が"あ"になるんだね』
 リツ君の声がする、どこか遠い誰かに語りかけるようなそんな覇気のない声。
 すると『ああ』と聞き覚えのある声がする。 夜観之君だ。
「(何を言ってるの……?)」
 私は音量を最大にして聞き耳を立てた。 『でも……ここで終わりだ』
 心臓が跳ねた。
 机が倒れる音、何かが折れる音、何かが割れる音、何かを裂く音、想像すればするほど恐ろしい音が響いてくる。 防音対策もしっかりとしてある学校だ、窓でも割れない限り警官は気付かないかもしれない。 そして二人共小さく声をあげる、痛みに耐えてるようなそんな声だ。 喧嘩なんて可愛いモノじゃない。 いや二人にとってはその延長線上の出来事かもしれないけれど……。 これは……殺し合い。
 私は携帯を持ったまま寒空の下に飛び出した。
 冬だというのにコートを着ず、裸足で走っていく私を誰かが追ってくる。 警官だ。 付いてきているならその方が都合がいい。 自分では二人を止められない、きっと、だから付いてきて欲しい。
 走りながら先生に貰った携帯で先生に電話をかける。 荒い呼吸をする私を先生は不信そうに思っているだろう。 だけど気にしてる余裕はない。
「……せんせ……っ二人が……学校にっいますっ」
 私はそれだけ言うと携帯を壊した。 公園の柵を越えられれば学校の裏門のあたりにでる。 だからこれでもかというくらいバラバラにした携帯は公園のゴミ箱に投げ入れた。
 柵を越え学校が目の前に広がる、警官は一人。 二人はバレる事なく入り込んだのだからどこかに道があるはず……。 探すべきだろうか……いて欲しいのに通してもらえないと困る。
『……生きるつもりがないなら一緒に死んでやるよ!!』
 だけど夜観之君の悲痛にも似た叫びを聞いて考えが変わった。 探してる余裕なんかない。 私はその警官が一瞬気を緩めた隙をついて学校へ飛び込んだ。
 階段を駆け上がる。 二階にある教室がやけに遠く感じる。 後ろから足音が聞こえるけど、それも遠い。
『それは困るんだよ……』
 リツ君の声。
「(何が困るの?一緒に死ぬ事?自分が死ぬ事?)」
 二階の廊下を走る、二人にも音が響いてるかもしれない。 そして二年の教室の扉をあけた。
「『だから、バイバイ』」
 携帯とリンクした二重の声は、ナイフが夜観之君を貫いた時に発せられた。

...2010.02.28