Genocide

 十二月四日日曜日、先生の返事を聞く事なく丸一日が過ぎてしまった。 だけど先生を責める事はできない。 先生も被害者だ……少なくとも私はそう思う。 "どんな事をしていても子供の味方でありたい親"、先生もきっとこんな気持ちなのだろう。 そう割り切るしかない。
 どちらにしても私達の置かれてる状況はかなり酷い。 しばらくの間休校と連絡網で回ってきたが、再開は未定。 理由は多々あるが一番の理由は転校希望者が後を断たない、退学者も激増したそうだ。 前回の事件でもいなかったわけではないが、元々授業についていけず辞める者の多い学校だった。 だからそれほど人数に変化はなかったのだろう。 しかし今回は二回目の殺人事件に加え、"行方不明者がいる"事実が警察の調べで発覚した。 佐々川君、窪谷さん、桐島さん、喜多野君、井口さん、金谷さんの事だ。
 休校という事はリツ君の動きを監視する事もできない。 更に外を徘徊すると私や夜観之君が疑われ兼ねない。 何をしても危ない状況だ。
 同時にリツ君も簡単に動ける状況ではない。 だけど彼には実験体という肩書がある。 そして残ったクラスメイトは研究者の子供達、会う方法などいくらでもあるだろう。
 現実を目の当たりにして私は頭を抱えた。 いっそ母に全てを打明けるのが一番早いのかもしれない。 だけど証拠が隠滅されているのに彼を抑える事が可能なのか……?
 そうこう考えていると家のチャイムが鳴った。 母はまだ帰ってこないはずだ。 私は恐る恐るドアに近付くと覗き穴から外を見る。 そしてッホと胸を撫で下ろした。
「どうしたの夜観之君?」
 私は扉を開けると笑顔で招き入れた。
 空元気なのは夜観之君には見透かされていたが、何も言わず軽く微笑んだ。
「これを届けにきた」
 私がお茶を差し出し着座するのを見届けると、夜観之君は一つの携帯を差し出した。 それは少し小さめで手の平で隠せるくらい小さなサイズだった。
「千草が別に用意した方がいいだろってさ」
 夜観之君はそうぶっきらぼうに言った。
 私は思わず目を丸くした。 これは先生が協力してくれるという証だ。
「んで伝言、中身を見られるくらいなら壊せ」
 夜観之君はバキッと折るような動作をした。
 一見勿体無いような気もするが、万が一にも先生が協力している事がばれないようにという事なのだろう。 ただ念には念を入れすぎな気もする。 何故なら電話帳に"ちくわ"、"なやみ"という登録がされている。
「……これって」
 私は肩をプルプルと震わせた。 無論可笑しくてだ。
「千草のセンスの悪さは見ないフリしてやれ……」
 夜観之君はそう言うと遠い目をして私に自分が渡された方の携帯を差し出した。 こちらには"ちくわ"、"めがみ"と登録されている。
「ノルンだから……っ?」
 私は笑いを堪えながら聞いた。
「それ以外に女神要素ないだろ」
 夜観之君は意地悪するかのようにニヤニヤしながら言う。
 私は「酷ーい!」と返すが、先ほどまでの暗い気持ちを考えるとすごく元気がでた気がする。 しかしこんな登録内容で大丈夫なのだろうか、私のはバレやすいのではないだろうか。 だけど万一の時は壊せと言われているのだからいいのか……?と無理に納得し夜観之君に携帯を返した。
 その時、二つの携帯が同時に震えた。 和やかな空気は緊張に変化し、お互いメールを確認した。
「"明日律の検査をする事になった。それと朝霧波子の行動が可笑しい、悩まない方気をつけろ。"」
 その文を読んで私は首を傾げた。
「……悩まない方?」
「お前だろ」
 夜観之君は呆れたように言い放った。
「そういえば検査って何をするの?」
 私は夜観之君の半分嫌味にも近い言葉をスルーして一昨日の事を思い出しながら聞いた。
「律君が検体の事知らなかったって事は研究所でするわけじゃないんでしょ?」
「病院だよ、名目は健康診断って感じだな」
 夜観之君は嫌味をスルーされた事に拗ねたように唇を尖らせながら答えた。
「健康診断……」
 私は一言呟く、そういいながら本当は違う事を調べられている事実。 それが生まれてからずっと続いているなんて……ッゾとするし彼の気持ちを考えると心が痛い。
 しばらくして夜観之君は私を気遣って黙っているのに気付いた。
「……波子って律君のお母さんの名前だよね?」
 これじゃいけない、夜観之君を困らせるような事はやめなきゃと他に気になる事を質問した。 この話題もどうかとも思うが、変に話題を変えるとまた気を遣わせてしまうだろう。 それだけは避けたくてあえて聞いた。
「ああ……」
 夜観之君は軽く返事を返すと何かを考えるように視線をそらした。 何か引っ掛かる事があるのかもしれない。 だから私は考える邪魔にならないよう質問を止める。 "朝霧波子"という存在がこの殺人ゲームのイレギュラーである可能性だけは頭に置いて……。

どちらであれいずれ出会う事になるだろうから。

26.シンクロ

 十二月五日月曜日、学校側は保護者宅を訪問して事情説明をして回っているそうだ。 前回は保護者説明会を開く程度だったのだろうが、二度目共なれば仕方ないのかもしれない。 これ以上辞める生徒が増えれば運営の危機だろうから、転校や退学を考え直してもらえないかという話もしているだろう。 恐らく無駄だろうが……。
 私はというとほとんど家からでれずにいた。 母にこれ以上心配をかけられないし、何より先生と夜観之君にあまり目立った行動を取らないように言われてるからだ。 そしてリツ君に接触する事はできても、研究所の事になれば完全に蚊帳の外だ。
 それにでかけられない理由は他にもあった。 私と夜観之君は恐らく容疑者になっているのだろう。 窓の外を覗いて見ると常に人がいる。 これは普段なら考えられない、恐らく見張られている。 この事もあって目立った行動を取るなと言われたのだろう。
 それに研究所側に喜多野君のような考えを持った人がいないとも限らないのだから、 自分の安全の為に自由を奪われていると思えばいいのかもしれない。
 そして夕方頃、夜観之君からメールがあった。
「"律にも気を付けろ"」
の一言だけだったが、検査で何かあったのだろうか。 結果ではないだろう、きっと様子が可笑しいとか……。
 そうこう考えていると、今度は先生からメールが来た。 きっと検査関係の事だろう、私はすぐメールを開いた。
「"最近律が智早と密会している、極秘にだ。だからヘタな事を律に聞くのはやめるように"」
 文面から察するに私はどうやら無鉄砲に見られているらしい。 しかし極秘という事は先生にも本当は伝えられていないと言う事だろう。
「(どうしてリツ君は応じてるの……?)」
 嫌な予感が止まらない。 だけどリツ君に聞く事はできない、止められているからというよりこの間の彼の言葉が頭から離れなくて……。
『……もう僕に構わなくていいよ』
 これは一体どういう意味だったのだろう。 もう関わりあいたくないって事?それとも私達に何か言えない事があるの? すぐ背を見せてしまったけど、一瞬見えた顔はどこか泣きそうな表情だった。 いや、その背中も、すごく悲しそうだった。 それを思い出すと、私もすごく悲しくて泣きたい気持ちになる。 だけど、そんな場合じゃない。 だから涙は堪えた。

 十二月八日木曜日、特別何も起こらず今日まで一日一回程度の頻度でメールのやりとりをして終わっていた。 ただリツ君は昨日まで毎日七瀬 智早と密会している。 今まで何も起らなかった事と何か関係があるのかもしれない、そう思うと少し不安だ。 それは今朝の事も手伝ってのことかもしれない……。
 休みの日でも私は比較的規則正しい生活をしているつもりだった。 しかし今日は電話の音で目を覚ました。 内容は"昨日の夜から山里 来夢さんが寮にいないのだという。 事件が起ってやっと管理を徹底しだしたのだろう。 だが寮生から何人行方不明者を出したと思っているのか。 いや、それに気付いたからこそ必死なのか……。
 ほとんど家を離れていない私は当然彼女の所在を答えられるはずがなく、「わかりません」の一言でやり取りを終えた。 そして朝から申し訳ないと思いつつ先生と夜観之君にメールを打った。
 ほどなくして夜観之君から返事があった。
「"寮で騒ぎになってる"」
 その後も何度かやり取りしていると、山里さんの部屋の鍵が開いていたそうだ。 発覚が早かったのはその為だろう。 ただそうなると不安も残る、今まで行方不明になった生徒達は外出先で殺されていた。 当然部屋には鍵がかけられている。 鍵を閉めなかったのはその時点で彼女の身に何か起ったからじゃないのか?
 遅れてきた先生からの返事。
「"疑われたくなければ家をでるな"」
 嫌な予感は的中したようだ。
 しばらくするとまた電話が鳴り響く。 嫌な汗が頬を伝い、手が震えている。 怖くて受話器を取るのを躊躇いそうになる。 だけどそれは"家にいない"というようなもの。 それはダメだ。 家にいなければ私への疑いは更に濃くなるだろう。 だから震える手をもう一方で支えて何とか受話器を取った。
 電話の内容は、酷く簡潔にまとめられたものだった。
 まず山里来夢さんが亡くなった事、またスケジュール通りにゲームは進んでしまった。 そして再び彼女の足取りに心当たりがないか質問されて会話は終了した。
 私はしばらく何も考えられなくて電話機の前で突っ立っていると、 先生から今回の事件の詳細が送られてきた。 恐らく生徒達のほとんどはしらない内容だ。
 凶器は銃、遺体にそれらしい痕跡がある。 だけどこの場所で撃たれたという痕跡はない、別の場所で殺され運ばれたようだ。
 ただし今回も犯人と遺体を運んだ人間が同一とは限らない、そう先生は考えていた。 今まで通り廃墟で殺され遺体が運び出されたのかもしれない。 違うのは部屋の鍵が開いてた事、そして今回は警察が動いている事。 まったく解決に近付いてないわけではない、だから今こそ自分達は冷静でいなければいけないとそう思った。

 十二月十二日月曜日、あれから何度かリツ君に連絡を取ろうとしたが結局繋がる事はなかった。 恐らく彼は気付いてないのではなく、でなかったのだろうとそう思う。
 彼と連絡がつかなくなって夜観之君は更に疑いを強くした。 そして先生もそれに同意する。 心境は複雑だろうが彼が最も怪しいと判断したのだろう。
 私はあくまでリツ君の犯行である事を仮定で話を進めた。 今までリツ君は犯行に銃を使っていないはずだ、大体簡単に手に入る物ではない。 それに遺体を移動した理由、これがわからないからだ。 警察は犯行現場から移動させた事はわかっているが、犯行現場を特定できてはいない。 ようするに犯行現場に遺棄しておけば事件発覚を遅らせる事ができたのではないか?
 しかし先生はまた違う事を考えていた。 犯行現場を特定されたくなかったという説だ。 あそこは律君の父……もとい叔父である誠一郎の運営する病院の私有地、 当然疑いは病院に関係する人間に向けられるだろう。 それを阻止したいと考えるのは恐らくその誠一郎、そして妻の波子。
 私はそれを読みながら"朝霧波子の行動が可笑しい"というのを思い出した。 先生は朝霧波子を疑っている。 ただしそれは遺体を運んだ事だけで殺害ではない。 偶然見つけてしまい都合が悪いから運んでいるという仮説だ。
 夜観之君はこじ付けにも見えると感じていたが、ありえない話ではない事も認めていた。 ただどうしても、犯行はリツ君だろうという話だけは消える事はない。
 学校は相変らず休校のままで、寮生の中には実家に帰る者もいるらしい。 それがないのは私達ニ学年だけで恐らく研究所からの命令なのだそうだ。 そして研究所と無関係の人達はリツ君に従っている為に留まっている。
 学校側としては事件が解決するまで寮は空である方が望ましいだろう。 なのに思惑通りにはいかず生徒達は残りきっと頭を抱えているはずだ。
 私は少し理事長、いや学校の全ての先生方に同情した。 だけど千草先生は必要はないと非難する側に回る。 私は疑問に思いそのままの気持ちをメールで送った。
「"律の実験は学校も認知していた"」
 先生からの返事は簡潔だった。 同時にどこか悔しさを帯びているような気がした。 実験の成果とはいえ神童と呼ばれる少年が己の学校へ来る。 それをただ喜ぶだけで検体にされた少年の事を考えなかった、そんな学校への不満だったのかもしれない。

 午後になり休みだった母と買い物へでかけた、私を心配した母の提案でだ。 もう一週間以上ろくに家からでていない。 理由はもちろん自分に疑いがである事を自覚しているから、 母が私の身を案じているから、 そして母に迷惑はかけられないから……。
 母は私を信じて何も言わないが、きっと署内では母を中傷する者もいるのではないかと思う。 夜観之君と違い私は寮生ではない、その上母と二人暮しでほぼ一人だ。 私を監視する人はいない、疑われても仕方ない。
 だけどそれはリツ君もだ。 最近では母波子はちょくちょく家に帰るようになったらしいが、 それでも父の方はほとんど帰宅しない、放任主義なままだ。
「るんは今晩何が食べたい?」
 母は私に気を遣いながら今晩のメニューの話をしている。 それに話を合わせながら頭では先生や夜観之君とのやり取りを反復した。 こんな事このゲームが始まる前にはまったくできなかった。 思考を巡らせてないと恐ろしくて、適当な相槌に慣れていく。 少し罪悪感さえ感じた。
 フと気がつくと、カゴの中にはカレーの材料が揃っていた。 もう一人のあのリツ君が名前を聞いただけで悶絶してた。 生焼けの野菜の入った、ルー溶け切らなくて粉っぽい上に焦げてて苦いカレー。 そんな話を思い出して少し苦笑した。
 その様子を見た母の顔が少し綻んだような気がする。 何が可笑しかったのかは聞いてこないけど、多分ッホっとしたのだと思う。 ここ三ヶ月ちゃんとした笑顔を何回しただろう……わからない。
 買い物を済ませてスーパーを後にすると、携帯がブルブルと振るえた。 この微弱な震えは先生のくれた方の携帯だ。 さすがに母の前で出す事ははばかられた。 もちろん先生や夜観之君も誰かがいる時に出す事は考えてないはずだ。 隙を見て確認するしかない。
「はあ……疲れたー」
 家に帰宅すると母が大きく息を吐いて荷物を置きテレビをつけた。 いつも仕事で疲れてる身体には堪えたのかもしれない。 ずっと私が買い物をしてきて食事を作るのが当り前だったのに、 事が事だけに母も私を一人で出したくないと無理をするのだ。
 私は母の後から中に入るとすぐ家の電話に目が行った。 留守番電話のボタンがピカピカと光ってる、電話があったみたいだ。
 母はそれに気付いて「はいはい」と一声付くと再生ボタンを押した。 メッセージは二件、別々の用件なのか、それとも緊急の用件だった為に二回かけてきたのか……。
 私の気持ちなど知らず「"新しいメッセージ一件目……"」などと音声が響く。
「"……失踪した由比芽衣子さんの居場所をご存知の方は……"」
 二十三番。 メッセージを最後まで聞く前にそんな数字が浮んできた。 何度も何度も確認したゲームスケジュールの番号だ。
 母はすぐ電話の前で通話時間等を冷静に確認している。 テレビは今日起きた事件についてのニュースばかり流してる。 それにシンクロしたように機械は二件目のメッセージを流し出した。
「"……失踪していた由比芽衣子さんですが、お亡くなりになりました……"」
 ニュースは今、学校で起きた一連の事件を取りあげている。

...2010.02.01