Genocide

 この学校ももう終りだろう。 十月に殺人事件が起り、そしてまたこうして人が死んでいる。 しかも今回は犯人も判明していない現状だ。 芋蔓式に行方不明になっている生徒達の事も調べが行くはずだ。 そして無断欠席している生徒を放置し、親御さんへの連絡もない実体が明らかになるだろう。 取り調べの最中警察は二学年の生徒数が足りない事に気付いていたし、 何より今日だけに限った事ではない事もわかっていた。
 学校にとって二度目の取り調べは過酷なものだったようだ。 二度も生徒が殺害されたとあれば当然といえるだろう。
 逆に生徒達への取り調べは割れ物でも扱うかのようにとても慎重だった。 その慎重な取り調べの所為か、被害者である生徒達は誰一人犯人の名を挙げなかった。 そもそも尋常じゃない程怯えていてとても喋れる状態ではない。
 当然警察はその尋常ではない様子に気付かないはずがない。 一人の取り調べを終えるたび何かを話し合っていた。
 しかしリツ君だけはきちんと取り調べに応じていた。 曽根君の今日一日の様子、死亡直前の状態、どれも事細かに説明する。 聞かれた事には全て正しく答えていた。 その一見平然としているように取れる態度を警察が見過ごすはずもない。
 何故リツ君は疑われるような態度を取ったのだろう。 前回の事件を思えば演技ができない事もなかっただろうに……。
 結局リツ君の他に、被害者ではない生徒達。 そして私と夜観之君が後日再び取り調べを受ける事になった。 被害者である生徒に比べ喋れない程ではなかったからだろう。
 窓の外を見ると一学年と三学年の生徒達が先生の誘導で帰宅しているようだった。 たまに親が迎えに来ている生徒もいるようだが、ほとんどの生徒は寮で生活しているからだろう。
 私は生徒達の姿を見つめながら様々な思いを抱いた。 もし佐々川君が殺されたあの日、自分の命を捨てる事ができていたら……。 これだけの生徒達を絶望させずに済んだのではないだろうか。
 よほど辛い顔をしていたのだろう、夜観之君は黙って私の頭に手を置いた。 撫でるわけでもなくただポン……と、私と同じだから判るのだろう。

 だから現実から逃げないよう涙を堪えた。

25.理解する事

 残された生徒達の取り調べを終えると、先生の誘導で帰宅するよう指示された。 寮住まいの生徒が圧倒的に多いが、寮以外の生徒達にもそれぞれ先生が付き添う事になった。 ただ違うのは私と夜観之君、そしてリツ君だけだ。
 リツ君は先生同伴で帰る予定だったが母親が迎えに来たのだ。 リツ君は警戒しながらも表向きはに心の傷付いた一生徒であるかのように振舞っていた。 そして彼の母親も、彼自身を警戒しているのかまるで笑わない。 ただ都合が悪いから早く連れ帰りたいというようだった。
 私はリツ君を見た。
 その視線に気付いたのかリツ君もこちらを見る。 だけど言葉は交わさない、そのままリツ君は私を通り過ぎた。
「……もう僕に構わなくていいよ」
 すれ違い様にかけられた言葉に私はリツ君を凝視した。 しかし彼は振り返る事はなく、黙って車に乗り込む。 だから言葉の真意はわからない。 いや、その言葉の通りもう関わらないでくれと言う事か……。 私は表情を曇らせた。
 二人の帰宅を見送り、私と夜観之君は二人きりで千草先生が来るのを待つ。 私達二人に残るように言ったのは先生だったからだ。
 曽根君の件で一度は信じてくれた先生だが、彼が死んだ事でまた振り出しに戻ったかもしれない。 何を言われるか見当が付かない。 だから私は緊張して落ち着きがなかった。
 逆に夜観之君は落ち着いていた。 だけどその反面ものすごい警戒心を抱いている事が表情から読み取れた。 以前"母親の手先"と先生を呼んでいた事と関係しているのだろう。
 数分後、校門の前に一台の自動車が止まった。 見覚えのあるその車の窓から先生が顔を出す。 どうやらどこか別の所で話したいと言うことのようだ。
 夜観之君は警戒を解かなかったが、私が承諾したので何も言わず車に乗り込んだ。

 全員無言のまま車は走り、到着したのは町外れのマンションだった。 どうやら先生の自宅のようだ。
 車を駐車場に止め、連れられるまま先生の部屋に案内された。 それほど広い部屋ではなかったが先生一人が住むには十分な広さだろう。 それに家具は必要最低限しか置いていない為に殺風景だった。
 私は正直意外だった。 いつも如何わしい本を携帯しているが、棚には一切その手の本は入っていない。 更に学校の授業では使うとは思えない専門書の数々、中には外国語で書かれている本さえある。 とても高校教師の部屋とは思えない。
「こんな部屋にこいつを通してどうするつもりだよ?」
 夜観之君は不敵な笑みを浮かべる。
 私はその言葉からこういう部屋に住んでいる事実を夜観之君は知っていたのだろうと思った。
「学校では話しにくい話題だろ、それだけだ」
 先生は腕を組み答えた。
 どうやら夜観之君と先生はお互い腹の探り合いをしているようだ。 その理由はわからないけど、とにかくお互いの出方を伺っている。
「あの、一連の事件について……聞いてくれますか?」
 私は二人に話の流れを委ねていてはいつまでたっても話が進まないと思い、そう口走った。
 夜観之君は「おい!」と私を咎めるが、私の意志を尊重してくれたのか口を挟むのをやめた。
 先生は何も答えなかったがその目は私を真っ直ぐと見据えている。 だから私は一連の事件を包み隠す事なく話した。 私達の置かれている立場も、クラスメイトのほとんどが被害を受けている事も、遺体が消えた事も、全て……。

 話を聞き終えてから先生はずっと黙っていた。 受け入れ難い事実なのかもしれない。 だけど受け入れてくれないと事件は解決しない。
「あんたがこいつの話を信じればこのゲームはすぐ終わったんだ」
 先生の態度に苛立った夜観之君は悪態を付いた。
 しかし評判の良い朝霧 律が人を殺したなんて話、 虚言癖があると噂される私の口からでた言葉ではとても信じ難い。 むしろ他の生徒が話したところで信用されただろうか。 だから先生だけど批難するのは間違っていると思った。 勿論あの屈辱的な行為を許しているわけではないのだけど……。
「坂滝の言葉だから信用しなかったのは事実だ」
 先生は私だから信じられないと認めた。
 夜観之君はこの言葉に再び苛立って見せたが、私が割と平然としていた為何も言わなかった。
「それに朝霧が……律が人を殺すなんてありえない」
 そう思っていた……と先生は続けると拳を握った。 何故かすごく辛そうに感じる。
「でかい事件が起らないと失敗を認めない、お前ら愚かだな」
 夜観之君は再び悪態を付く。 "お前ら"という事はやはり先生も研究員なのだろう。 だから夜観之君は"母の手下"と呼んだのだ。
 同時に私は彼の言っていた言葉を思い出した。
『どこまで自信があるのか……そう、どこまで過信してるのか』
これは研究員がこの実験にどこまで自信があって過信してるのかという事だったようだ。 きっと夜観之君は知っていたのだろう、今まで気付かなかった私は盤上の道化のようだった。
「あの……私の言葉だからというのは、虚言癖の噂の所為ですか……?」
 聞きたい事が二つある。 だから私はまず先生の最初に言った言葉について質問した。 "嘘だと決め付けた"と言われれば噂の所為だろうと思えたのだが"信用しなかった"と先生は言った。 考えすぎかもしれないが、何かもっと理由があるのではないかと私は思った。
「……馬鹿の癖に鋭いな」
 先生は顔を伏せた。
 夜観之君は先生のその態度に舌打ちする、一々先生の言動が気になるみたいだ。
 だけど私はその言葉には触れず「何かあるんですね?」と更に問い詰める。 ここまで何も言わなかった先生に答えを聞くのは酷かもしれない。 だけど聞かなければ先生の理解を得る事もできないと思った。
 先生は眼鏡を直すと重い口を開いた。
「……俺の大切な人を殺した、そんな男の娘を信用できるか?」
 私と夜観之君は驚いて顔を見合わせた。
 私の父、浅木 知則は前プロジェクトの検体T-01。 そしてそのT-01が殺した事になっている人物、 それは前プロジェクトの責任者である律君の母親だ。
 一瞬父は律君の母親以外にも殺しの汚名を着せられているのかと思った。 だけどそのような話は今まででてこなかったし、 何より夜観之君に目配せすれば彼も何もしらないと首を横に振る。
「大切な人というのは……律君のお母さんの事ですか?」
 私は恐る恐る聞いた。
「そうだ」
 先生は何のためらいもなくそう答えた。 つまり先生は父が律君の母親を殺したと思っていて、 だからその娘である私を信用できないという事……。 そこまで考えが及ぶと先生に協力してもらうなんて無理なのではと心が沈んだ。
「だったら恨む相手を違ェよ、朝霧の母親を殺したのは……!」
 夜観之君は私を気遣って代わりに弁解しようとした。
「弟の朝霧 誠一郎とお前の母親……七瀬 智早だろ?」
 しかし夜観之君の言葉は先生に遮られ代わりに答えを口にした。
 私と夜観之君は再び顔を見合わせる。
「知ってたのならなんで!?」
 夜観之君は今にも先生に掴みかかりそうな勢いで聞いた。 知っていたなら何故今まで私を信用しなかったのか、という事だろう。
「確信したのは最近だ……できるだけこの事には触れずにいたからな」
 先生はそう呟いて顔を背け眼鏡を取ると目頭を抑える。
「当時も、誠華さんが失敗するはずないとそう思った……だけど」
 私は先生の気持ちが少し判る気がした。 律君の母、誠華さんは私の父の実験に成功していた。 だけど"失敗した検体に殺された"という答えを与えられた。 "失敗はしていない=検体が殺人を犯すはずがない"という方程式を信じてしまうと、恨みのやり場がなくなってしまう。 恨みを持ち続ける為には与えられた答えを信じるしかなかったんだと思う。
 私達のような子供に弱みを見せまいと先生は懸命に溢れる涙を拭う。 その様子を見ていた夜観之君は悔しそうに唇を噛み顔を背けた。 夜観之君は素直じゃないけど優しくてそして繊細だから、きっと母親の事でまた罪悪感を感じているのだと思う。

 部屋を沈黙が包む中、先生は台所でコーヒーを淹れていた。 誰かの為に先生がコーヒーを淹れる姿は少し異様だ。
「ほら」
 先生は私達にコーヒーの入ったカップを差し出した。 先生自身のカップにはブラック、私達のカップにはミルクと砂糖の入った甘いカフェオレが注がれている。 恐らく夜観之君の好みに合わせているのだろう、夜観之君は少し不満そうだ。
 ありがとうございます、そう返事をして私はカフェオレを口にする。 見た目通り甘くて何より温かい、寒々とした空気が少し温かく感じられる気がした。
 先生の目は少し赤かったが大分気分は落ち着いてきたようだ。 そして以前のような怖さを感じない、解り合うというのはこういう事なのだろうかと少し思った。
「話を戻そうか、坂滝の質問はまだ終わっていないだろう?」
 先生はカップを机に置くと私に問い掛けた。
 私は「はい」と返事をしてカップを同じく机に置いた。
「ずっと疑問だったんですけど、律君にだけはすごく優しかったですよね……?」
 この言い回しが可笑しかったのか夜観之君はカフェオレを詰らせ咽返った。 だけど彼を笑わすような意味で聞いたわけではない。
 先生は何も答えず「で?」と続きを求める。
「それは検体としてだけですか……?私にはそうは見えない……」
 これはすごく個人的な話かもしれない、先生の協力を求めるのに必要のない話かもしれない。 先生には私が好奇心から聞いているようにしか見えないかもしれない。 だから反応が見れなくて顔を背けてしまった。
 一方先生は、再びカップを持ちコーヒーを啜った。 顔を見ていないけど何か答えにくい話だったのかもしれない。 夜観之君は噴出したような理由ではないと思うけれど……。
「考えれば何となく見当がつくんじゃないか?」
 先生はそう答えるとまたコーヒーを啜った。
 確かに見当はついてる。 ただそれを答えと言い切るにはあまりにも不自然で、 だから先生に理由を含めた答えが聞きたかった。 しかし先生が答える意志がないのなら答えてみるしかない。
「やっぱり……律君の父親は先生なんですか?」
 私の言葉に先生は頷く事はない、だけど否定する事もなかった。 その態度から律君の実父というのは確かなのだろう。
 今まで律君の実の母親の話は何回もでてきたが父親だけはでてこなかった。 だけどこんなに近くにいて彼を監視する立場だったなんて……。
「律が生まれた時、俺はまだ大学生だった」
 先生は重い口を開いた。

 高校生の頃から先生は研究所に出入りを始めた。 そこで出会ったのが二人の才女、朝霧 誠華と七瀬 智早だ。
 こじんまりとした研究所だった為研究資金も微々たるもの。 それでも必ずと言っていい程結果を残す誠華さんを智早さんはライバル視し、 己が結果を残せない事を資金不足の所為にしていたという。
 智早さんは研究資金を手に入れる為にあらゆる事をし、 それが後に夜観之君を産む事に繋がったらしい……。
 逆に誠華さんは男性関係には疎い女性だった。 容姿端麗才色兼備な年上の女性、しかも研究所の最高責任者。先生にとっては高嶺の花という感じだったそうだ。
 そんな先生と誠華さんがどういう経緯で交際を始めたとか、そういう浮ついた話はしてくれなかった。 だけど二十二歳の時、誠華さんとの間に律君を産んだという事だけは教えてくれた。
 まだ学生で研究所ではアルバイトのような先生と誠華さんではあまりにも釣り合わなかった。 少なくとも先生はそう感じたらしい。 だから二人を養えるようになるまでは……。 そういう理由で先生はこの事実を隠し誠華さんもそれを受け入れたそうだ。
 先生は勉強の妨げにしない為に律君が産まれる前に研究所を辞めた。 きっちり勉強して再び研究所に戻る為に……。
 だけどそれが間違いだったと、先生は呟いた。 研究所には二人が交際している事を知る人はいなかった。 当然先生が律君の父親である事も知られていない。
 そこまで聞いて私は口元を抑えた。 先生が話さなくても察しがついてしまった……。
 産まれて間もない律君を残して誠華さんは殺された。 研究所を辞めできる限り勉学に時間を費やしていた先生にその事実が伝わるのはずっと後だ。 知っていたのは彼女の弟である朝霧 誠一郎の病院の管理下に置かれる事になり、 その為研究資金も今までの比ではない程援助して貰えるようになったという事だけ。 共に生きていきたかった最愛の人を失った事も、 一緒に見守っていきたかった息子を実験体にされた事も先生は知らなかった。
 律君が産まれた日、先生が彼を抱き上げた最初で最後の日。 先生が律君に父親らしい事をできたのはそのたった一日だけ……。

 ここまで聞いてもう私は涙を堪える事ができなかった。 最愛の人が殺された事を知って先生はどんな気持ちになったのだろう。 その事実を知らなかった為に身寄りのなかった律君が実験体にされたと知った時、 どれだけ悔しかっただろう、どれだけ辛かっただろう。 話を聞いただけで先生を知った気になってる自分がすごく嫌だったが、 それでも涙が止まらなかった。
「……どうして、朝霧を取り返そうと思わなかったんだよ!」
 しかし私とは違い、夜観之君は先生を怒鳴った。 だけど怒鳴り声とは裏腹に表情はすごく悲しそうだ。
「あんなお飾り家族を目にしておいて身を引いたっていうのかよ!」
 両親愛されていながら愛のない家族の下へ放り込まれた律君と、 父親に愛をもって育てられ愛のない母親の下に行く事になった夜観之君自身と、 どうしても重ねてしまうのかもしれない……。
「精神が乱れると何が起きるかわからない、息子の為を思うなら一生他人でいるべきだ」
 先生は呪文のようにそんな言葉を呟いた。
「……お前の母親に言われた台詞だ」
 夜観之君はビクッと身体を震わせるとそれ以上何も言わなかった。 いや、言えなかったのだろう。 先生への悲しみに似た怒りより先生への罪悪感が上回ったとしか思えなかった。
 先生は額を抑え、結局こんな事になるなんて……と悔しそうに唇を歪めた。
 二人共もう何も話さない。 律君の事をどんなに語っても、彼が精神を乱して殺人を犯してしまった事実は変らない。 先生が彼を犯人である事を認めたとしても、もうこのゲームも止まらない。
 だけどここで諦めていいのだろうか?
 律君は殺人を犯した自分に苦しんでいた。 リツ君も自首しようともがいていた。 そんな彼を今助けだせるのは先生じゃないのか?
「……先生」
 私は沈む先生に声をかけた。
「律君を助ける為にも、協力してくれませんか……?」
 このゲームのエンディングを少しでも救いあるものにする為に……。

...2010.01.01