Genocide

 "研究所に遺体はなかった"。
 この事実にゲームは完全に手詰まりだった。 ゲームを始めた本人が停止ボタンを持っていないのだから当然だ。
 私達は全員黙りこんでしまいその日一日何の会話もなかった。 特に二人は背を向け合いお互いの顔を見る事すらない。
 そんな状態で金谷さんの話をするはずもない。 そもそも生死の確認をする術もないのだが……。
 通学路を一人トボトボと歩いていると、まるで自分は戦闘不能になったゲームの主人公のようだと思った。 だけど仲間は主人公が倒れても勝てもしない相手に抗い続ける。 そんな仲間を"早く戦闘不能になって"と倒れて待っている主人公、 もといゲームオーバーを待ってるプレイヤーな気分だ。
 だけど現実にはゲームオーバーのその先が存在する、戦闘ができなくても私達にやり直しはない。 だったら戦闘不能である事実を捻じ曲げてでもこのゲームを進めなきゃいけないはずだ。
 いつの間にか辿りついていた自分の家を見つめながら、自分なりに思考を巡らせようとそう思った。 例え主人公が戦闘不能になっても抗い続ける仲間のように。
 しかし二人が思考を停止したというのは私の大きな勘違いだった。 二人が黙りこんでいたのはお互いの思考を悟られない為……。

 もう意志の交差が叶わないと悟ったからだったのに。

24.事実に隠された虚言

 十一月三十日水曜日、金谷さんが来なくなってもう三日目になる。 だけど私達三人は今だに会話できずにいた。
 夜観之君は考えがまとまったらの一点張り、授業があればすぐ帰ってしまう。 リツ君も話をはぐらかして最後には困り顔で苦笑するだけだ。
 私は一人行動していたけど、行動範囲はせいぜいあの廃墟くらい。 行きたくはないが何か手がかりがあればと行ってきて、何も収獲なしで帰る日々。 あそこで何度殺人が起ろうと証拠は持ち去られてしまうのだろう。
 そして考えはどこに持ち去る事が可能なのかにかわる。 やろうと思えばどこへでも持ち去れるのだろうが、荷物として運び出したのはクラスメイトの三人だ。 そしてその荷物が研究所に一度運ばれているのは確かだった。
 私は考えを巡らせながら広げているノートに目をやった。 最近他の事を考えながらノートを取る事が普通にできるようになって、ますます授業が頭に残らない。
「(研究所を経由して隠せる場所がある……?)」
 探せば教科書に載っている黒板の文を写している自分の手を見て思った。 先生が内容読み取り黒板に写す、それを私達がノートに写す。 それと同じで遺体を一度研究所に移して、そこからまた別のところに移したのだろう。
 やっとここまで辿り付いて私はきっと二人は気付いているのだろうと思った。 だけどあえて教えなかった、研究所にすら関わってない私では辿り着けない場所だからだろうか……。
「(研究所は病院の管理下って……律君は言ってた……)」
 そして問題が起れば病気や怪我を捏造し揉み消す。 なら遺体を引き取る事も可能なのではないか……。 そもそも病院だ、遺体が運び込まれる事だってあるだろう。
 それに病院が無関係でも判別できない程遺体が損傷していたら、 運び込まれればしばらく時間が稼げるのかもしれない。 殺された人達は捜索願いは出されていないのだからいくらでも誤魔化せるのかも……。
 だけど実家を離れていたとはいえ、我が子が学校に来ていない事にここまで気付かないのは違和感があった。 学校は二ヶ月も無断欠席する生徒をほったらかしにしているのか? いくらなんでもそれは可笑しいだろう……。
 それに千草先生の事も気になる。 廃墟に連れ出されたあの時、先生は喜多野君に何かあったと思っていた。 あの場所の乾ききった大量出血の痕も見ている。 なのに先生は警察に連絡していない。
 暗かった為にあの血を十数年前のものだと思った可能性はなくはないが、 喜多野君に何かあったと思うのなら捜索願を出すはずだ。 それをしないと言う事は先生もこの止まらないゲームに関わっているのかもしれない。 夜観之君の言葉が事実なら、先生は夜観之君の母親の部下、辻褄は合っている。
 しかし解せない事もある。 先生は夜観之君の言葉に戸惑っていた。 あの場所にあったもの、そして隠蔽、両方……。
「(先生は何も知らされてない……?)」
 でもそれでは捜索願を出さない理由にはならない。
 この日最後の授業のチャイムが鳴り響き、私の意識は現実に戻る。 同時に私一人では結論まで辿り付く事はできない事実が悔しかった。

 十二月一日木曜日、また新しい月が始まった。 そして終りの月だ。 リセットが壊れてもゲームはスケジュール通りに進行している。 どんな形であれ、今月一つの終わりを迎えるのだ。
 学校では先生達が来週の期末テストの事ばかりを話している。 だけど私達二年生は星垣さんが起こした事件のショックで今だに心が癒される事がない。 当然テストの事に感心を示せずにいた。 他の学年もだ。
 そして相変らずリツ君、夜観之君とは話合う事はできていない。 だけど少し進展もあった。 夜観之君から金谷さんはもう死んでいるという事実を教えられた事だ。 何故知っているのか、どこで殺されたのか、今どこに遺体があるのか……。 そういった事は何一つ教えてはもらえなかったが、夜観之君は他にも伝えたい事があると言っていた。
 放課後、夜観之君と屋上に向かう。 屋上は冬だけあってコートを着ていてもすごく寒い。
「……手短に済ますから」
 スカートの私を気遣って夜観之君は最初に言う。
「大丈夫、寒さは耐えればいいだけだもん」
 だけど私はそれ以上に早く話し合いたくて、そう言って微笑んだ。
 夜観之君は「そうか……」と小さく呟くと、一回きつく目を瞑った。
 私はすぐ言い難い話なのだと悟った。 夜観之君は優しいから、きっと気を遣わせてしまったのだろう。 そして同時に、これはリツ君に関する事なのだと思った。
 夜観之君は固く瞑っていた目を開くと、私を真っ直ぐ見つめた。  動じてはダメ、覚悟はできてる。 だから私は真っ直ぐ見つめ返した。
「近々、曽根が死ぬと思う」
 夜観之君が発した言葉は意外なものだった。 だけど同時に覚悟していた言葉とは違うもので動揺もした。
 記憶が正しければ曽根君はスケジュール二十一番目の研究者の息子。 つまりスケジュール通り進めば次に殺される予定の人物だ。
「ど、どうして……」
 私はとりあえず聞き返す。 それ以外私が今返せる言葉のレパートリーがなかった。
「あいつ毒を盛られてる、正確な日時はわからないけど……」
 夜観之君はまるで成す術がないというように項垂れた。
 その態度にやはりこれはリツ君に関する話だったのだと、そう思った。
「リツ君に……解毒する意志がないって事……?」
 私は少し俯きながら聞いた。 正直信じたくない、自首すると言ってたリツ君がまた人を殺めようとしているなんて。 いや、もしかしたらもうすでに……。
 夜観之君は少し唇を噛み、悔しそうに表情を歪めた。
「じゃあ私達も……危ないんだね……」
 私は悔しさを抑えるようにそう呟いて苦笑した。 苦しくても笑うような状況じゃない。 だけどなんかもうどう表情を作っていいかわからなかった。
「……そう、だな」
 夜観之君は歯切れ悪く返事をすると「帰ろう」と前を歩き出した。

 十二月二日金曜日、はたから見ればいつも通りの一日だった。 私達はやっぱり必要以上に会話をしなくて、クラスメイトは何だか暗くて。 それでも今だ被害を受けてない人達は元気になった方だけれど……。
 だけど実際の所、私は曽根君が今倒れるのではないかと不安で仕方なかった。 授業中も嫌な汗が止まらない、夜観之君も私がこうなるのはきっと見越していたのだろう。 だから一度躊躇したんだ。
 四時間目を終えた時私は遂に耐え兼ねてリツ君を呼び出した。 夜観之君も私がリツ君と話さずにはいられないのをわかっていたはずだ。
 リツ君は少し考えていたが「いいよ」と小さく呟くと、屋上で話そうと先を歩いていった。
 屋上は昨日にも劣らず寒々としていた。 だけどリツ君は寒がる様子はなく、私もそれどころではなくて寒さが気にならなかった。
「曽根君にも毒を盛ったって……本当なの?」
 私は下手な駆け引きをせず率直に聞いた。
「七瀬から聞いたなら嘘はないよ」
 リツ君は遠回しに肯定した。
 夜観之君が言うから本当、それは一体どういう意味なのだろう。 真犯人はあっちとでも言いたいのか? それとも……。
「僕の意識がハッキリしない時の話だから」
 私の疑問を察してリツ君は先に答えを提示した。 だけどそれは……。
「もう一人の律君が毒を盛ったっていうの……?」
 私は寒気がして自分を抱きしめた。 私が大好きだった律君は何もしてない、目の前のリツ君がやった事だ。 心の何処かでそう考えてたから、信じたくなかった。 同時に更生しようと頑張ったリツ君を裏切っていたみたいで自分が嫌だった。
「でも調合してたのはのるが好きだった方の律じゃないよ」
 リツ君は少し悲しそうに微笑み、律君を擁護した。
 悪である事を認めさせて、律君は悪くないと言わせてる。 リツ君の不器用な優しさに甘えてすごき傷付けている、そう思うとますます自分が許せなくて思わず涙ぐむ。
「大体、"盛った"という表現は正しくないのかもしれない」
「……どういうこと?」
 目尻の涙が零れ落ちる前に拭いながら聞いた。
「"事故かもしれない"って事」
 リツ君はまるでヒントを教えるかのように言い放った。
 だけど思わず私は首を傾げる。 錠剤を事故で飲んでしまう事なんてあるだろうか……。 いや、幾らなんでも不可解すぎるだろう。
 リツ君は私の疑問にすぐに気付いた。
「……錠剤は本当に毒だった?」
 私はその言葉に背筋が凍る思いがした。 私が飲むよう指示されたのは錠剤だけじゃない。 一緒に渡されたペットボトル、あの中に入っていたのは本当に水なのか? 錠剤はカモフラージュ、本当はあの液体が毒だったのではないだろうか……。 事実はわからないけどもしそうなら、偶然飲んでしまう事故があるのかもしれない。 だけど……。
「……どちらが毒かは今関係ないよっ早く解毒してあげて!」
 私は本来の目的に話を戻した。 私は毒の正体が探りたかったわけじゃない、解毒をお願いしたかっただけだ。 調合したのがリツ君なら、解毒だって……。
「無理だよ」
 でもリツ君は首を縦には振らなかった。
 私は目を見開き、彼を凝視する。
「……どうして?」
「解毒薬はもう残ってない」
 リツ君派顔を背けると、屋上の柵を強く掴んだ。 手が少し震えてる。
「解毒薬が残ってないなら……曽根君だけじゃない、私達もどうなるの?」
 だけど私の頭の中はそれどころではなかった。 私達は解毒するという言葉を信じてた。 命を握られて歯向かう事ができなかった。 なのに今頃、見殺しにするの? みんな解毒してないのに……。
 私は耐え兼ねてリツ君に背を向けた。 彼に何を言っても現実は変わらない。 仕方ないと思ったわけじゃない、ただこの場にいるのが辛かった。
「それは、大丈夫だから……ごめん」
 リツ君は私が見えなくなるとそう小さく呟いた。 その言葉が意味する事も、何よりこの言葉自体私は知らない。

 昼休みが終り無言のまま教室に戻った。 今月死んでしまうのかと……そればかりが頭を過ぎって仕方ない。 心の何処かで、きっと生き残れると思っていたのだろう。 そうでなければ今頃死の恐怖を感じるのは可笑しい。
 私の気持ちを他所に、これから五時間目が始まるという時異変は起った。 クラスメイトの一部がある人物の席を囲んでいる。 その人物は曽根大地君だ。
 私は急に不安になって少し傍に寄った。 囲んでいた人達は一瞬私を注目する。 だけどその囲んでいる人のほとんどが研究所関係者、怖がらせる事はなかった。
 視界に映った曽根君は具合が悪そうに机に突っ伏している。 だけどただ具合が悪いというには異常な様子だった。
 呼吸が荒いだけならそれほど驚かない。 しかし震えというより痙攣に近い症状がでているし、 痛みを堪えるなら目をギュッと瞑りそうなものだが、見開かれた目は血走っている。
 周りは口々に声をかけているが何も答えない、いや答えられないのか。
「曽根君……私の声聞こえる?」
 私はあえて大丈夫かは聞かなかった。 大丈夫じゃないのは一目瞭然だ。 だから意識があるのかを確認した。
 曽根君は苦しそうに口をパクパクと動かしたが聞き取れない。 それは周りの声の所為ではない、声がでていないからだ。
「とりあえず保健室に……っあと救急車を呼ばないと!」
 私は周りを囲んでいるクラスメイトに呼びかけた。 数人が顔を見合わせるが、永山勇助君、向ヶ丘銀君、馬島道徳君は戸惑いながらもそれに頷いてくれた。
 正直この毒が病院で治療できるものなのかはわからない。 それでも望みをかけるしかないと思った。 きっとリツ君にとって外との接触は困るものでしかないだろう。 でも従っていても私達だって死ぬかもしれない、そう思ったらもう携帯を取り出していた。
 向ヶ丘君は一足先に教室を出て職員室に事情を説明に、 私と永山君と馬島君は曽根君を連れて保健室に向かう事になった。
 だけど五時間目のチャイムは鳴り、同時に扉の前で千草先生と鉢合わせた。
「何の騒ぎ……またお前か」
 先生は私を一瞥し一歩近付いた。 一緒にいた二人も思わずたじろぐ。
 私は始めから何かを疑うような目に思わず唇を噛んだ。 先生は今起きている事を私の所為にするかもしれない。 それが怖くて今起きている事を説明できない。 だけど、曽根君がこのままでは危ないのは明白だった。
「曽根君が苦しんでるんですっ通してください!」
 先生は私の言葉を聞くより先に曽根君の様子を確認する。 そして私と一緒にいた二人に保健室に連れていくよう指示した。
 曽根君達が教室を出ると先生は私を見下した。
「お前が撒いた種なんじゃないのか?」
 私は身体が強張った。 やはり先生は私を疑っている。 曽根君の事も今まで消えた生徒の事も……。
「私は、何もしてません……っ」
 悲しくて悔しくて思わず意味のない涙がボロボロと零れた。 遠くてガタンと音が鳴るのが聞こえる、同時に少しざわついたからきっと夜観之君が怒っているのだろう。 だけど夜観之君の怒りが先生にぶつけられる事はなかった。
「そうか、悪かった」
 そう呟くと先生は先に行った曽根君達を追おうと教室の扉を開いた。
「っあの……信じて、くれるんですかっ?」
 私は意外な展開に動揺して今だに止まらない涙を懸命に拭いながら聞いた。
「お前のような馬鹿にあんな芸当できるか」
 先生は振り向くとそう言った。
 だけどこの言葉で一度は止まった夜観之君の怒りが再び爆発した。
「おっ落ち着いて……っ」
 私は夜観之君を止める。 先生が私の言葉をどんな形であれ信じてくれる事があるとは思ってもみなかった。 "朝霧律が人を殺した"という事実を信じてくれたわけではないのはわかっているけど、 今までまるで目の仇にされてきたからすごく嬉しかった。 好きじゃない先生だからと諦めていたけど、本当はただ認めて欲しかっただけなのかもしれない。
 だけど私のこの気持ちは長くは続かなかった。
「わああああああぁぁぁ……っっ!」
 突然の異常な叫び声に今まで黙ってやり取りを見ていた教室中がざわめく。
「静かにしろ!」
 先生はそう叫ぶと声のした方向、廊下へ飛び出した。
 教室に一瞬の沈黙が走ると私と夜観之君は顔を見合わせて先生に続いた。 嫌な予感が止まらない……。

 近くに聞こえた声は実は踊り場の辺りで随分と距離があった。 一階と三階の学年にまで聞こえていたかはわからないけれど、 相当大きな叫び声だったようだ。
 私と夜観之君はようやく先生に追いつくと、先生は不自然に立ち止まっていた。 私達はその横から先生が見下ろす先を見る。
「っひ……」
 私は声が詰った。 そこには呆然と座りこむ永山君と馬島君、そして……曽根君が血を吐いて倒れていた。
 間に合わなかった現実に一度は止まった涙が再び溢れてくる。 そんな私を夜観之君は何も言わず視界を隠すように抱き寄せた。 こんな時まで私は夜観之君に気を遣わせてしまった。
 先生はその場にしゃがむと恐る恐る曽根君の脈をみた。
「……脈は、ない」
 曽根君が血を吐いて倒れるのを目の当たりにした二人は、今まで整理のつかなかった現実を突きつけられ頭を抱えるとガタガタと震えていた。 私の考えが足りなかった所為で協力してくれた二人を傷付けてしまった。 そう思うと申し訳なくて、ますます涙がでた。
 そして曽根君の事も……私はきっとリツ君を問い詰めても仕方なかったんだ。 あの時、救急車を呼ぶ方法なんていくらでもあったはずなのに……。 どうしてこんなに選択肢を間違えてしまうのだろう。
 私達の後からやってきたクラスメイト達はこの事態を見て、大騒ぎだった。 特に被害者達は己の死を感じずにはいられないはずだ。 教室で曽根君の症状を見ていたなら、これが毒による死なのはわかるはずだから。

...2009.11.29