Genocide

 十月三十一日月曜日。 彼ではない存在だと判ってから初めて学校で会う日だ。
 私はきっとまたリツの機嫌を損ねるだろう。 だけど私はとても受け入れる事などできなかった。
 同じ見た目をしていれば愛せるのか? 答えは否だ。 これが多重人格者ならリツも彼なのだと受け入れる努力ができたのかもしれない。 だけどリツ本人が言ったのだ。 私とずっと一緒にいた彼は、十七年前に作られた虚像でしかないのだと、 本物の人格はリツで、彼は人工物の生み出した擬似人格でしかないと……。
 身支度を整えようと鏡に映る自分を見ると、随分とボロボロな気がした。 身体的にというより表情がだ。 今までも相当苦しい顔をしていたが、今日は特別酷い気がする。 母が帰ってこない日が続いているのが不幸中の幸いだった。
 だけど一人は寂しくて気分が沈む。 思わず私は普段はあまり見ないテレビを付けた。
 占いは見ず天気予報を見る、降水確率は八十パーセント。 随分と高い数値だ。
「傘……持ってかなきゃ」
 私はなんとなくそう呟くと、虚しくなってテレビの電源を切った。
 教室に着くと普段通り夜観之君に声をかけた。
 夜観之君はぶっきらぼうに「おお……」と言うと、赤く染めた顔を見せないようにそっぽを向いた。
「もしかして……夜観之君怒ってる……?」
「何だそりゃ!?」
 私の問いに夜観之君は意味がわからないと言うように私を振り返った。 きっと普段のトーンでそんな言葉を口にしたから夜観之君は私が情けない顔になってると思ったのだろう。 だけど私は情けない顔はしていなかった。
「良かった、こっち見てくれて」
 私は嬉しそうに言った。
「悪知恵ばっか付けてんじゃねーよっ」
 夜観之君は呆れ顔で、だけど先程より更に顔を赤くした。
 私達は場所を屋上へ移すと、今後のターゲットについての話をした。 次の十三人目が『久納 村雅』というのは判っている。 ただ十四人目と十六人目がわからない。 だけどそれ以外の十五人目、十七人目から二十七人目までは適合するのは一人だけだという。
「十五人目は寿々宮佳奈美、十七人目は規皆良香、次から数字飛ばすぞ?えー……井口朔夏[研究員]、十九人目:芝崎 満・・・」
 夜観之君は順番に一人一人名前をあげていく。
「ちょっと待って……?」
 しかし十九人目まで聞いた所である事に気付き私は夜観之君の言葉を遮った。
「二十人目から全員研究員じゃない?」
 私はそう戸惑いながら聞くと夜観之君は小さく頷いた。
「でもやっぱ変だよ……だって文字数と人数が一致しない……」
 私は人数暗号文の文字数と自分達を抜いた人数が一致しなくて首を傾げた。 文字数は三十でクラスメイトは全体で三十一。 私や夜観之君そしてリツを抜いたら二人足りない、そう思った。
「少しは鋭くなったのかと思ったら……」
 夜観之君は私の考え方に溜息を付くと「いいか?」と注目させた。
「抜くのは朝霧だけ、"手をかけ学校を休んだ順番"……なんだろ?」
 私はしばらく首を傾げていたが、何となく意味を理解した。 私や夜観之君は学校を休んでいないが、被害は受けているのだから。
 夜観之君はやっと理解したかと再びフゥっと息を吐くと先ほどの続きを始めた。
「金谷姫華、曽根大地、山里来夢、由比芽衣子、永山勇助、俺」
 私は驚いてまた言葉を遮ろうとしたが夜観之君は軽く咳払いをすると手で制した。
「そして 浜中洋子、向ヶ丘銀、三十人目がお前 で判る範囲全員だな」
 夜観之君は何度も話の腰を折ろうとした私を軽く睨みながら言った。
 私は苦笑いを浮かべながら取っていたメモに視線をうつす。
「で、十四人目と十六人目は 沼田悠太郎 か 喜多野敏也、二十八人目と二十九人目は 馬島道徳 か 斉藤直」
 夜観之君は全部メモを終えフゥと一息ついた私に追い討ちをかけるように重なってる人の名前を挙げた。
「ちょ、ちょっと待って……えっと……」
 私は残りをなんとかメモすると、涙目になった。
 夜観之君はその様子をケラケラと笑っていたが、 少し引っ掛かる事があるのかしばらくすると複雑そうに顔を歪めた。
 私は彼が『"あ"が足りない』と言っていた事を気にしているのだろうと思った。 だけど実際は夜観之君がその"あ"で、足りているはずなのだ。 これには私も疑問を持った。

 夜観之君が気にしていたのが実は三十人目の事とは今の私には知る由もなかった。

18.欠落した知識

 放課後、私達はリツを屋上に呼び出した。 理由は単純で、久納君が今日登校してこなかったから、これだけだ。 しかし天気予報通り雨が降っていたから、屋上に続く階段で話をする事にした。
 正直リツの神経の図太さには感心さえする。 つい先日人を殺したばかりだというのに、苦悩する様子もなく計画を遂行するのだから……。
「アイツが勝手に渡した暗号で順番がわかったからって、何?」
 リツは呼び出されたのが不服だったのかそう不満そうに言った。
「こんな短期間によくこんな事続けられるねって言ってるの!」
 私は強気でそういい返す。
 夜観之君は驚いた表情を浮かべるが、理由を察して何も言わない。
 突然変貌した彼には、こんな風に言えなかった。 得体の知れないこの人だから言えるんだ。 まるで差別しているようで自分が嫌だったが、 身近な人とよく知りもしない人だったらこうなるのが自然なのではないだろうか……。
「自分の立場をわきまえてよのる、お前なんか簡単に殺せるんだから」
 負けじとリツは睨み返してくる。 だけど子供の喧嘩のようなやり取りに恐怖は感じなかった。
「じゃあやりなさいよ、ほら!」
 私はリツの手を取ると自分の首に押し当てる。 自分でも驚くほど彼とリツとでは態度が違った。 順番を守らないとは思えなかったし、何より幼稚な脅しにしか感じなかった。
 リツは驚きながら手を振り払うと、悔しそうに私を睨みつけた。 その様子はまるで言い負かされて悔しがる子供のようだ。
 私達の様子を傍観していた夜観之君は当然私の変化に戸惑っていたが、 リツを宥める事も私を止める事もしなかった。
 夜観之君の干渉するつもりはないという態度にリツは不満そうに唇を噛むと、 今にも泣いてしまうのではないかという程顔を歪め、ムスッとしている。
「もういい!……帰る」
そして顔を背けると、怒って帰ってしまった。 本当に子供のような振る舞いだ。
「……ひやひやした」
 夜観之君はそう呟くとほっと胸を撫で下ろした。
「どうして?」
 私はキョトンとしながら聞く。
「どうしてって、何すっかわかんねーあいつに喧嘩売ったお前に」
 そう返すなり「寿命縮むわ〜……」と呟いた。 そしてリツを案じているのか時折階段の方を見つめてはばつの悪そうな表情を浮かべる。
「そうかな……?」
 私はリツを案じている様子は見ないふりをして言った。
 夜観之君は首を傾げて訝しげに私を見る。
「あの人結構わかりやすいよ、思い通りにならないとすぐ怒る、まるで子供みたい」
 私はそう話すと、夜観之君は黙って頷いた。
 得たいの知れない人だけど、その思考はただの子供だ。 子供の思考に知識だけ入れる事がこうも性質の悪い事なのかと思う。 でも実際はもっと別の要因があるんじゃないか。 だけど私はあの人が嫌いだ、だから考えたくなかった。

 十一月四日金曜日、久納君は久々に学校へやってきたのと入替りで今度は沼田 悠太郎君が休んでいた。 この瞬間、喜多野君はまだ数日殺されないとわかったが、十六人目はもう間近だ。 それに戻って来る事に安堵してしまっているが、生きているだけでみんな命を握られてる。 それを思うと沼田君が心配だった。
 逆に久納君は他の人達とは違い何事もなかったように平然としている。 それには他の被害者達も戸惑いを露にしていた。
 私達はあまり被害者の人達に良い印象を持たれていない。 だから高水さんの時以来私達は接触するのをやめた。 これ以上無駄に恐怖を与えたくなかったのだ。 それに、他の被害者に接触した事で一時的ではあったが夜観之君と会話できない事があった。 あれだけはもう避けたかった。
 だけど久納君の明らかに他の人と違う態度だけはどうしても明らかにしなければと思った。 ただ休んでいただけなら、あの暗号はもう役立たないのかもしれない。 逆に被害にあってこの態度なら、理由を知りたかった。
「で、何?」
 久納君は言った。
 私達が声をかけると久納君は「屋上でいい?」と言ってくれた。 今日も降水確率は高かったが雨はまだ降っていない、だから丁度よかった。
「あの朝霧君の事なんだけど……」
「何も言わないよ、安心して」
 私が全部言い切る前に久納君はそう言って溜息を付いた。
 私と夜観之君は顔を見合わせる。 間違いなく久納君も私達とリツが仲間だと思っているのだろう。
「ち、違うの私達も朝霧君にその……」
「あ〜二人も変なもの飲まされてる被害者なんだ……」
 久納君は軽い調子でそういうと、腕を組んでうんうんと頷いた。
 私も夜観之君もその様子には戸惑わずにはいられない。
「下手に動かない方が身の為だと思うよ?」
 久納君は私と夜観之君を見据えるとそう言った。
 私も夜観之君も言葉を失う。 クラスメイトが被害に合うとわかっていて放っておけるはずがない。 それに何かしていないと罪悪感に押しつぶされてしまう。 これは自分のための行動なのだ。
「復讐したいって言うならさせてやればいいじゃん、干渉するのは面倒だよ」
 久納君は本音を口走るとまた大きく溜息をついた。
「お前自分だけ助かりゃそれでいいのか?」
 夜観之君は顔を歪ませる。
「復讐されるような事する奴が悪いんだよ」
 久納君は怯まず言った。
 私は目を見開くと、色々な事が一気に頭を駆け巡る。 夜観之君の母親が律君の母親にした復讐は正当なのか。 リツが自分に危害を加えた者の子供達に手をかける事が正当なのか。 まして関係のない人達にまで毒を盛り恐怖を与えているのに、それが正当であるはずがない。
「どうして久納君はそんな事が言えるの?」
 私は今思った事を全て久納君にぶつけた。 久納君を責めるのは間違ってるとは思う。 だけどこの態度はどうしても見過ごす事ができなかった。
「毒は俺だって面倒だよ」
 しかし久納君はそう一言言うと後ろ頭を掻いた。
「でも、ならどうすればいい?」
 久納君の言葉に私は思わず言葉を飲んだ。
「お前らが何言われたのか知らないが、俺らは口外したら解毒してもらえないんだぞ?」
 その言葉を聞いて立場を思い知った。 私達と彼らはこのゲームでの役割が違うのだ。 私が彼を止める為に行動する事が許可されてるのは、誰も私の言葉に耳を傾けないから……。 彼らはその行動自体を制限されているのだから私達が何を言おうが、協力などできない。 それを協力させてしまえば彼らの命を粗末にする事に繋がるのだから。
「ごめ……ん……」
 次の瞬間私は思わず謝っていた。
 夜観之君は何も言わないが、少し申し訳無さそうに顔を背けた。
「いや、俺も不謹慎だった……でも、ごめん」
 久納君からこの言葉を聞けたのが唯一の救いかもしれない。

 十一月七日月曜日、沼田君が登校してきた。 それと入替りに寿々宮 佳奈美さんが来ていない、久納君の時と同じだ。
 私達はただ見ているだけではなく、土曜日に寿々宮さんに話を聞いてもらえないか試みた。 だけど信用のない私の話を聞いてもらえるはずもなく、 彼女にリツの事を伝える事が出来ずに彼女を被害者にさせてしまった。
 ただ信用のない事は自覚しているが、信用を無くした経緯がわからなかった。 何せこの事件が起きる前からすでに今の状態にあったからだ。
「次から次に関係ない人を巻き込んでどういうつもりなの!?」
 今日も屋上にリツを呼び出すと口喧嘩になっていた。
 今にも振り出しそうな暗い空の下でまるで雷でも落とすかのように怒鳴りつける。
「のるの話に耳も傾けない奴等が悪いんだ、そんな奴等ほっとけばいいだろ!」
 リツはイライラとしながらそう怒鳴り返す。 相変らず子供の喧嘩と大差なかった。
 収まる事のない罵りあい、夜観之君は交互に私達を見ながらどう止めるか考えているようだ。 だけど声をかける必要もなく雨が降り出した。
 私と夜観之君は屋上から避難する為に話を中断した。
 階段で制服の雫を振り払い、「最近雨多いね」と夜観之君に呟く。 だけどその話はそれ以上膨らむ事はなく、私達はドアから見える屋上を見た。
 視線の先では、リツが不満そうな表情を浮かべたままその場に立ち尽くしていた。
「おい、何してんだお前……」
 夜観之君が訝しげに声をかけた。
 リツは何も反応は示さず視線を逸らす、どうやら不貞腐れているようだ。
「何不貞腐れてんだよ、まったくお前は」
 夜観之君は再び屋上にでるとリツの腕を取って戻って来た。
 相変らずリツは不貞腐れたまま私を見ようとはしない、 だけど私は気にしなかった。 悪い事を悪いと言われて不貞腐れるなんて子供のする事だ。 何よりリツのしている事は度を越えているのに。
「たく結構濡れてんじゃねーかっ」
 夜観之君は鞄から主むろにタオルを取り出すとリツの頭をグシャグシャと拭いた。 まるで子供を気遣うようなその態度に私は少し驚いた。
「じ、自分でできるっ」
 リツは夜観之君の手を払うとそのタオルを持ち濡れた部分を適当に拭った。

 十一月九日水曜日、今日はずっと休んでいたアルバイトを復帰する事になっていた。 いつまでも休んでいてはバイトの仲間に迷惑をかけてしまうし、 時間があればリツと口喧嘩をするだけで、少し気を紛らわせたかった。
 天気予報は今日も降水確率八十パーセント、私は傘を持って学校へ向かった。
 道を歩いていると月曜日の出来事の後、夜観之君とした会話を思い出した。 どうして彼の時はあまり友好的ではなかったのに、 リツにはあんなに優しくするのか聞いてみたのだ。
 夜観之君は「そんなんじゃねーよ……」と否定した。 だけど彼よりずっとリツを気にしているのは事実だった。
 抑制され続けたリツの人格は十七という年齢に比べずっと不完全で脆い。 チップに刻まれた情報を引き出してある程度の知識は持っているが、それがどれほどの物かもわからない。 そして何より表にいた朝霧 律が成長していく過程で身に付けた常識が、 リツには引継いではいないようだと。
 最初私は意味がわからなかった。 だけど考えれば考える程、そのチップにはどんな情報が刻まれていたのか気になった。 チップは今まで居た彼という人格を作り出す物ではなかったのか? どうしてリツはチップから情報を引き出すことはできるのに、常識という知識はないのだろう。 何故人を殺す事はできるのだろう。考えれば考える程謎は深まった。
 学校では寿々宮さんが来て早々体調を崩して保健室に行ってしまった。
 千草先生はそれに怪訝そうな表情を浮かべたが何も言わない。 生徒達の異変に気付かないこの先生が腹立たしかった。
 朝考えていた事が気になったが、リツは私と目が合う度不満そうに目を逸らした。 一瞬ムッと思ったが、私はリツと喧嘩しかしていない。 事件の事を抜きにして考えれば当然の態度だろうと思う。
 だけど考えてみると不思議だった。 彼とは喧嘩なんてした事がない。事件が起きてからも一方的に怒っていただけだ。 でもリツとは一方的なものではなく、相手も怒っていた。 彼は怒られてる理由を理解していたから怒らなかった。 でもリツは怒られれば怒りをぶつけてくる。
「(怒られている意味が理解できてない?)」
 私は夜観之君が今まで何を言おうとしていたか、何となく判った気がした。 そしてリツが子供みたいな理由も。
 その放課後、夜観之君は調べたい事があると言って先に帰っていった。  私もバイト先に向かうべく早々に教室を出ようとすると、 リツは自分の席に座ったまま外を見つめているのが目に入った。 雨が降っているからだろうか、傘を持っていないのだろうか、 気になって声をかけそうになったが、私はそれをやめ教室をでた。
 校庭まででると結構大降りで、思わず私は足を止め教室を見上げた。
 二年の傘立てにもう傘はなかった。 でも折り畳み傘を持ってきているだろう、持っているはずだ。 天気予報を見なくても怪しげな天気だったのだから……。 だけど私はリツがでてくるのを待った。
「……何」
 しばらく経って出てきたリツは傘を持たず、 たった数メートルでビショビショになっていた。
「何はこっちの台詞、傘は?」
 私はリツを気にかけている自分が腹立たしくて不機嫌な表情を浮かべ聞いた。
「何それ」
 リツは不満そうに、でもどこか悲しげにそう答えた。
 私が当り前のように口にしたものを知らない事が悲しいのかもしれない。 そう思うと、すごく悪い事をしている気分だった。
「私が持ってるこれの事、私のちょっと大きいし入れてってあげるよ」
 私は表情は崩さず少しリツに傘を寄せる。 背中に雨が当って冷たい、 だけどこうやって雨をしのぐものだと教えてあげないといけないと思った。
「のるは僕が嫌いなんだろ、そんな事したってあいつはもうでてきやしない……」
 リツは私の態度の変化に戸惑い鞄を抱えて一歩後退ると、唇を噛み締めて警戒した。
「嫌いだよ、今は」
 私は嘘は付かなかった。 今は嫌い、でも今後どうなるかわからない、だからそう答えた。 常識という知識を知らない子供、常識さえ知れば怒られていた理由に気付いて、 それをやめてくれるかもしれない。 更生するには遅すぎたかもしれないが、それでも……。
「やっぱり……あいつばっかり……ズルい……っ」
 だけどリツは俯いて顔を歪めた。 雨でわからないが恐らく泣いているのだろう。
 私は自分が濡れるのを覚悟で傘をリツの方へ掲げた。
 急に雨が当らなくなりリツは不思議そうに私の方を見る。
「どうして嫌いって言われるのか、ちゃんと考えた?」
 私は哀れみの篭った瞳でそう聞いた。
「……のるに嫌な事したから……?」
 リツは涙を拭うとそう聞いた。
 私は首を振る。
「私だけじゃないよ、みんなに酷い事してるからだよ」
 リツはまた俯くと、小さく「酷い事……」と呟いた。
「毒を飲ませて脅したでしょ?人を殺したでしょ?それは全部酷い事なんだよ」
 私はそう言うと、一歩歩みよってりツの顔を覗き込む。
「酷い事するからみんな貴方を嫌いになるんだよ?」
そして言い聞かせるよう言うとリツの反応を待った。
「でも僕は、こんな事しかわからないんだ……こんな事しかできないんだ」
 リツはそう搾り出すように言うと、苦しそうに表情を歪めた。
「わからないなら知る努力をしようよ、今から知っていこうよ」
 私は子供に言い聞かせるようにできるだけ優しい口調で言った。 リツの中にはそれしかなくて、それをするしかなかったと言うなら、 今からでもそれ以外のものを……。
「そうしたら、僕は普通に近づける?」
 リツは切実そうな表情でそう聞いた。
 リツの言う普通がどういうものかはわからない、 でも今より絶対良い状態になれるはずだ。 だから私は頷いた。
「……のるは、僕の事……嫌いじゃなくなる?」
 リツの言葉に私は思わず目を見開いた。 リツは彼の片隅で私の存在を知ったのだろうか、 微かな意識の中で私を少しでも大事だと思ってくれていたのだろうか。
「酷い事をやめてくれたら、きっとリツ君の事も好きになれるよ……」
 私は思わず今の素直な気持ちを伝えた。

...2009.06.01