保健室での出来事以来、弱々しい彼を見なくなった。
冷たく微笑み、見下すように私達を見ている。
これでは本当に二重人格のようで見ていられない。
私は夜観之君に連絡を取りながら、彼の動向を探るしかなかった。
彼がそれを許したのが私だけだからだ。
それを理解している夜観之君は、彼の命令で取った行動を私に細かく教えてくれた。
あの紙に書かれたリストの事、そして彼に用意するよう言われた凶器の事も……。
だけど、そんな夜観之君もこれだけは私に教えてくれなかった。
それは、彼に調べろと言われた彼自身の事。
あの紙をくれた時、『朝霧の事とあの家の事は少しなら』と言っていた事を私は思い出したが、
夜観之君の返事はこうだ。
『今のお前じゃ、あいつに同情し兼ねない』
この言葉に私は酷く動揺した。
彼のやった事は人間として犯してはいけない事だ。
だから許してはいけないし、罪を償わせなきゃいけない。
でも、この気持ちだけでは足りないというのだろうか……。
「今でも、律君を好きでいるからって事かな……」
彼自身の事がわからないから嫌いになれないのに、
それを知る為に彼を嫌いにならなければいけないのだろうか、
だけどこれは気持ちの問題で、簡単にできるならあんなに悩む事も……。
答えのでない問いを何度も自問しながら、一日一日が終わっていく、
それに彼が保健室で私に聞いてきた事も気になる。
『倒れたの、寝不足以外に原因があったりしない……?』
毒じゃないのかと言った後、彼の態度は明らかに可笑しかったのが気になって仕方ない。
ただ、あまり先延ばしにしていてはいけないような、そんな予感だけはした。
彼自身の事は結局わからないままだけど、その代わりに夜観之君はあの家の事を少しだけ教えてくれた。
あの家に住んでいたのは、彼の父親の身内だったらしいという事、
もしそうなら、千草先生の言っていた『昔人が殺されて』というのは、その身内という事なのだろうか?
私は一生懸命考えたが、答えはでなかった。
九月最後の日、高水さんが学校へ来なくなってから二日目の朝が来た。
昨日彼の監視の元、佐々川君や窪谷さんの所に行ったが、そこに高水さんの遺体はなかった。
だけど死体を遺棄しているのがここだけとは限らない以上、安心する事はできない。
彼が高水さんに何かしたのは明らかだったから……。
今日こそ学校に来る事を祈りながら、私は仕度を整える。
私が起きた事に気付いた母は、
「るん?あんた調子は?」
と声をかけてきた。
月曜日から毎日のようにそう聞いてくるのだ。
正直に話すわけにもいかず、
「いつも通りだよ」
そう返すしかない、それを毎日繰り返す。
母が私の様子に怪しいと感じているのがわかるから、それを打破する術も考えなければいけなかった。
「そう?おかしいな、もう過ぎてたかしら……」
母はそう言うとカレンダーを見ながら首を傾げた。
九月に何かあっただろうか、私はそう思いながら母に首を傾げ返すしかない。
本当なら何の話か聞けば良かったのだろうが、聞きたい事が沢山あってとてもそこまで頭が回らなかった。
朝食を食べながら、父の事をどう切り出していいかわからず、母の方を何度も見た。
夜観之君の質問も返せてない、だから頼りは母だけだった。
「どうしたの、るん?やっぱ調子悪い?」
私の様子に気付いた母がそう尋ねてきた。
私は慌てて首を振ると一度目を瞑って覚悟を決める。
「あのね、お父さんの事、色々教えて欲しいなって……」
「え?」
私の発言に母の表情が曇り、困惑しているようだ。
母が父の話をすると表情が強張るのは知っていたけど、ここまで戸惑うとは正直思わなかった。
「えっと……私お父さんの事あんまり覚えてなくて!」
だから知りたくて……と続けると母は複雑そうな顔をした。
母にとってこの話は地雷なんだと、そう思った。
「……時間ないから、少しだけね?」
折れたという風に母は溜息をついた。
「お父さんは浅木 知則っていうんだけどね……」
私は自分に言い聞かせるように名前を反復した。
この時初めて、私は父の苗字を知ったからだ。
名前は知っていたし、「坂滝」が母の姓なのも知っていたが、苗字だけは聞いた事がなかった。
「ちょっと騙され易い人で……すぐ悪人に引っ掛かっちゃう」
そんな人よ……と言って、母は一度二コっと笑うと席を立ってしまった。
だけど私は引き止めなかった。
母が刑事になったのは父の為だったのかなとか、そんな事を考えていたからだ。
騙され易くてなんだか被害者っぽい父と、そんな人を無くす為に刑事として働く母、そう思うとすごく胸が痛い。
そんな二人の間に生まれた私は、彼が罪を犯しても、彼を好きなままなのだから……。
『ごめんね……お母さん、お父さん……』
罪悪感が改めて心を蝕むのを感じながら、教室の扉をあけた。
今日も相変わらずの様子で夜観之君だけが教室にいる。
机の上で足を組み、浅く腰掛けている所まではいつも通りだ。
違うのは背中どころか頭まで預けて眠っている事だった。
頭が痛そうな事より、私はその体勢を保っている事に関心する。
結構背の高い彼があの体勢で倒れたりしないのだろうかと、何だかドキドキした。
だけど私の関心を裏切るかのように、夜観之君の身体は不安定なその状態を脱してしまった。
瞬間的に私は目を瞑り、夜観之君が床に落ちる音が響いた。
「……って〜」
痛そうに頭を抑えながら夜観之君はムクリと身体を起こす、すると影に気付いて私の方を見上げた。
「のろ子!?いつの間に……!」
打った所をさすりながら顔を赤く染め、口の端を歪ませた。
「今さっきだよ」
私はそう笑ってみせた。
夜観之君は唸りながら、そしてそっぽを向いたまま立ち上がる。
相変わらず顔を赤らめていて、相当恥かしかったようだ。
クールで人を寄せ付けない印象を持っていたが、
本当は結構ホットで愉快な人なんだ、とか夜観之君が聞いたら怒りそうな事を、クスクスと笑いながら考えていた。
「わーらーうーな!」
先週の土曜、殺人ゲームの始まる数時間前に、彼が言った言葉だ。
もちろんニュアンスも声も全然違う。
だけど次第に笑い声はでなくなり、過去の事を思い出して何だか苦しかった。
これ以上夜観之君に余計な心配をかけない為に、私は話を変える事にした。
「この間の質問の事なんだけど、お父さんの名前だけで何とかならないかな?」
「あ?……あの話か、仕事とかわかんねえの?」
夜観之君は少し首を傾げていた。
今の私にわかる事は名前と、うろ覚えの面影から考えた特徴くらいだ。
「私が小さい頃に死んじゃって……、苗字も今日知ったばっかりなの」
私はそう苦笑いを浮かべた。
しかし私の言葉に夜観之君は顔を強張らせて目を見開く。
そして何かを考えながら、次第に目をそらした。
その妙な様子に私は首を傾げるしかない。
しばらくすると夜観之君は何かを振り払うように首を振った。
「名前、何?」
遠慮がちに私を見ながら夜観之君は聞いた。
「浅木 知則っていうらしいんだけど……」
困惑しながらも父の名前を教えると、夜観之君は字は?と聞いてきた。
そして漢字を口にすれば、それを携帯でいいか……とメモをする。
「一応調べてみる、何かわかったら知らせる、多分……」
夜観之君は歯切れ悪くそう言った後、まだ決まった訳じゃねーし……と小さく呟く声が聞こえた。
だけど、私には何の事かわからない、だから今はこれ以上聞かない事にした。
結局今日も高水さんは来なかった。
一昨日、夜観之君は「生きてると思う」と言っていたけど、
私は日に日にもう殺されてしまったのではないかと思えてならなかった。
生きているなら、どうして学校に来ないのだろう、
私は事実に捕らわれて、想像するという事ができないでいた。
そして放課後、いつものように屋上に集められた。
だが彼が何か話す事がある訳ではない、夜観之君も聞いても無駄と口を閉ざしたままだ。
そうなれば突然のように二人の視線は私に向けられる。
だけど私も、彼が話してくれない以上聞きたい事も話したい事もない。
それを彼は察したのか、
「のる、成果はどう?」
そう笑顔で聞いてきた。
成果というのはきっと彼が調べろと言っていた事なのだろう。
彼の事は何もわかっていないし、
父の事も苗字と、あとは騙され易い事くらいしかわかってない。
そしてあの家での事件の事も、住んでいたのが彼の父の身内だという事だけだ。
「あのお家に住んでいたのが、律君の血縁って事と、お父さんの事しか……」
私は今わかっている事だけ答えた。
だけど彼は微笑む、
「お父さんの事、何がわかったの?」
と聞いてくる。
私は戸惑った。
私の父親の事を何故彼が聞いてくるのだろう、
死んでいる事は知っていたはずだ。
それ以外は何も知らないはずなのに……。
「浅木知則って名前でね、ちょっと騙され易い人ってお母さんが……」
私は困惑しながら苦笑いを浮かべた。
彼の何かが怖かった。
「他にはお母さん何も言ってなかった?」
だけど彼の質問はまだ続いた。
「おい、もういいだろ、こいつ怯えてるぞ!」
私を気遣って夜観之君はそう割って入った。
だけど彼は途端冷めた目をして、
「七瀬は黙っててよ……」
と見下すように言った。
さすがに夜観之君も彼に逆らう事はできず、俯いてしまった。
答えないといけない、そう思えば思うほど慌ててしまう。
だんだんと緊張してきて、彼から視線を外した。
「すぐ、悪人に引っ掛かっちゃうって……」
そこまで私が言い切ると彼は満足そうに、そうっと答えた。
「そう言うだろうね」
意味深げに彼はそう言うと、帰ろうかっと言った。
夜観之君はその言葉の意味がわかったのか、辛そうな顔をしていた。
そして何も言わず彼の後についていく。
「おい、置いてくぞのろ子……」
「あ……うん」
私は行動でも言葉でも二人に取り残されていた。
二人だけがわかっている事があって、私だけが何もわかっていない。
元々高校に進学してからは彼以外の人と交流はなかった。
だけど今は彼すら私を置いていって、孤独だ。
最も、この状況を作ったのが彼なのだが……。
珍しく三人で帰り道を歩いていく、本当異様な光景だと思う。
先頭に彼、その横半歩後ろに夜観之君、そして二人の後ろに私が歩く、
誰も言葉を発せず、ただ黙って通学路を歩いているだけだ。
だけど寮に住む夜観之君が私達と違う道を曲がっていく時、
「明日が楽しみだね……」
彼が口を開いた。
私は何の事かわからず彼を見ると、怪しげに笑っている。
何かよからぬ事を考えている、そう思う。
すでに背を向けていた夜観之君も驚いて振り向く程、恐ろしく感じる言葉だった。
「朝霧……お前」
そして夜観之君が何かを言いかけるが、彼は首を横に振ると私の手を取って歩き出した。
立ち尽くす夜観之君に私は「また明日」という意味をこめて、軽くお辞儀だけすると、彼の後に付いて歩いた。
十月一日土曜日、遂に事件発生から一週間が経った。
そして彼が楽しみだねと言った日、私は朝から緊張せざるえなかった。
まあ衣替えで落ち着きがないように映るかもしれないが……。
母は相変わらず私を心配しながら、カレンダーを見て首を傾げている。
だけど追及はしてこない、だから余計に気になった。
私は母をカレンダーから引き剥がすように、また昨日と同じ父の話を持ちかけた。
母は困ったように複雑そうな顔をするばかりで、仕方なく"父の事"という大きな括りで聞くのをやめた。
「お父さんはどうして死んじゃったの?」
母は髪の毛をクルクルと指で弄りながら、視線をそらした。
話しにくい内容である事は明確だ。
だけど私が興味本位で聞いているわけではないとわかってくれたのか、
母は渋々という感じに、話す事に応じてくれた。
「すぐ悪人に引っ掛かっちゃうって、そう教えたわよね」
いつになく真剣な母に気後れしながらも、固唾を飲み頷いた。
「知則さんは貧乏でね、るんができた時に、お金に困ったの」
途端私が生まれた事で両親に迷惑をかけてしまったのではないか、そんな事を考えてしまった。
きっと暗い顔をしてしまったのだろう、母はそれを察して、
「でも、るんができた事、すごく喜んでたのよ」
そう優しく言ってくれた。
何だか母に気を使わせた事が恥かしい。
「知則さんは画家を目指しててね、仕事もしてたけどドジだからってクビになっちゃって」
困ったように母はクスクスと笑う、
「お母さんもるんがいるのにいつまでも仕事できないじゃない?困っちゃって……」
そう付け加えると母は顔を歪ませた。
「……そんな時、知則さんはある人に出会った」
テーブルの上で拳を握ると、強く握っているのかガタガタと震えていた。
「その人は金銭的援助をする代わりに、研究に協力するよう要求した」
母は苦笑した。
だけど表情はどこか悲しそうで、これ以上聞いてはいけないのではないかと、そう思った。
「あの人騙され易かったし、本当に困ってたから、引き受けてしまった……」
きっと、今言わなきゃもう語る事はできないと思ったのだろう、
「……数年後、散々利用された挙句に、殺されたわ」
そう悔しそうに、私に明かしてくれた。
私はそれだけで冷汗が頬を伝うのを感じ、何も言えない。
今の私でここまで衝撃を受けるのだ、小さい私にはもっと重かっただろう。
母が今までその事を語らなかった事がようやくわかった。
そして、彼が調べろと言っていた父の事は、きっとこの事なのだと言う事も……。
学校へ向かう途中、母の話してくれた事を考えながら、色々な出来事を思い出していた。
彼の家で見た紙の「検体」「記録」という文字、これが父と何か関係があるのかもしれない。
そしてあの家で昔殺された人、もしかするとそれが父なのではないだろうか?
どちらにせよ、あの家の事をもっと調べなければいけない、
そして父がどういう風にその研究に関わっていたのかも……。
「ねえ、あの家で人が殺されたの、いつかわかる?」
私は教室に着くなり夜観之君に聞いた。
夜観之君は視線だけこちらに向ける。
「十七年前、俺が生まれてから丁度一ヵ月後って聞いた」
それを聞いて私はそこで殺された人が父ではない事を知った。
私は父を少しは覚えている、生まれてもいない私が父を知ってるのは可笑しい。
安堵したような、振り出しに戻ったような、複雑な気分だった。
「夜観之君は誕生日いつなの?」
「八月二十四日」
そう誕生日だけ言うと夜観之君は机に突っ伏して、ボーっと髪の毛をつまむ。
ジーっと睨みつけて、ゲ、枝毛……と呟く夜観之君をよそに、
「律君と同じだね」
そう気付いた事を口に出した。
夜観之君は嫌そうにお前な……っと口の端を引き攣らせる。
丁度一ヶ月後というと、九月二十四日、彼が佐々川君を殺した日付と同じだ。
彼がその日を選んだのは、その事件と関連性をもたせる為なのだろうか、考えれば考える程私には難しかった。
そんな時、不敵な笑みを浮かべながら教室に彼が入ってきた。
こんな早くから登校してくるとは思わず、私も夜観之君も驚きのあまりその方向を凝視してしまった。
だけど彼は普段の調子で、
「おはようのる、あと七瀬君も」
そう朝の挨拶する。
私達の会話に察しは付いているという風に、その事については何もふれては来ない。
かわりに、私の手を捕らえる、驚きのあまり身体が跳ねた。
何をされるのだろう、そう怯えた目付きで彼を見上げると、彼は手の甲にキスを落とした。
身構えていたのに意味が判らない、私は思わず赤面した。
それを目の前で見せ付けられた夜観之君も、口の端を吊り上げて苦笑せざるえないようだ。
「あまり七瀬と二人きりにならないでよ、妬きそうだから」
彼は微笑んでいるだけだ、とても妬いているようには見えない。
それには夜観之君も異議を唱え、彼に掴みかかりそうな形相で顔を真赤している。
「黙れよ、もう他の奴ら来るから」
だけど彼は笑顔で毒を吐く、
夜観之君は拳をブルブルと震わせながらも、必死に怒りを抑えている、大人だ。
そして彼の言った通り、クラスメイトは続々とやってきた。
しかし、昨日の彼が言った"楽しみ"というのは、この時間の事だったのだろう。
いなくなってから三日目、相変わらず高水さんは来ていないが、また一人足りない。
クラスメイトも今回は気になっているのか、口々にその人物の事を話している。
「学級委員!草川!……おい、草川 玲慈は来てないのか」
さすがの千草先生も違和感を感じたのかそうクラスメイトに聞いている。
これは正直チャンスだ、先生が生徒が行方不明の生徒を探してもらう為の……。
だけど、彼が抜かるはずなんかなかった。
突然教室に携帯の着信音が響く、彼の携帯だ。
一斉に彼に注目が集まる、彼はごめんなさいっと軽く謝ると携帯を開いた。
「あ、先生、草川君具合が悪いから休むそうです、ほら」
彼は笑顔を作ると、先生は差し出された携帯の画面を見た。
「あいつ体調管理もできないのか、ダメな奴だな」
クラス中笑い声が響いて、私はどうしていいかわからなかった。
彼が信用されている以上、誰も怪しまないし、この学校がこうある限り、誰も人が消える事を気にしないんだ。
そう思って私はカタカタ震えた。
そしてそれを見つけた先生が黙っているはずもない、
「なんだか草川が朝霧に殺された、そう思ってた奴がいたみたいだがな?」
その言葉に今度は私に注目が集まった。
私が驚いて先生の方を見ると、先生は私を見下して笑ってる、生徒達もだ。
斉藤さんも私を見て戸惑ってる、『朝霧君がそんな事するはずないじゃない』って……。
私はみんなの視線が怖くて俯いているしかなかった。
「朝霧が佐々川と窪谷も殺したとか言ってたし、お前本当に……」
「そのくらいにしてもらえませんか?」
一斉に笑い声も止まった。
夜観之君が立ち上がるより先に、彼が立ち上がり発言した。
「彼女は人がいなくなる事に敏感なんです」
彼が笑顔で答えると先生はバツが悪そうに、
「でも朝霧を犯人扱いしてるんだぞ?」
と反論した。だけど彼は表情を崩さない。
「それなら七瀬君に聞きました、彼の冗談を真に受けてしまったんですよね?」
今度は生徒達は先生を注目した。
さすがの先生もキョロキョロと辺りを見回し、戸惑っているだ。
「もし本当なら一刻も早く僕を止めて欲しい。彼女が僕を思って取った行動だったはずです」
彼は一度目を瞑ると、先生に冷たく微笑みかけた。
「だからこれ以上僕の大切な人を苛めないでください」
先生は驚きのあまり声がでない、無論みんなも、斉藤さんは感づいていたかもしれないが、
夜観之君以外に私達が付き合っている事を知っている人はいなかった。
そしてこれから先、私がみんなに訴えた所で、単なる喧嘩にしかうつらないだろう。
完全に彼は先手を打ったんだ。
「のる、立てる?落ち着くまで保健室行こう」
半ば強制的に私を立ち上がらせると、彼は先生に一礼して教室をでた。
廊下にでると彼の表情は歪んだ。
「千草……本当なら殺してる所だ……」
そう小さく呟いたのを私は聞き逃さなかった。
先手を打ったのは確かだが、これは彼に取っても予定外の事だったのかもしれない、
だけど私が何かを訴えようと見上げても彼は「大丈夫?」と笑顔を向けるだけ、
何か発言する事を彼は許さない。
でてきた以上戻る事はできず、彼に連れられて保健室へ向かうしか選択肢はなかった。
そんな時彼が冷たく笑ったのに気付いて、私はその方向を見て目を疑った。
「遅れて、ごめんなさい……っ」
三日学校に来ていなかった高水さんだ。
彼を見るなり怯えた表情で謝罪、明らかに様子が可笑しい。
「本当にね、君の所為で色々大変だった、いや、千草の所為か……」
彼はそう言って不敵に笑った。
肩を震わして身を縮めて、一週間前の私を見ている気分だ。
「そんなに怯えないで、怪しまれる。ばれたら解毒できなくなるよ?」
高水さんはそれだけは……という風に首を横に振る、
「じゃあ、くれぐれも自然に、今まで通りに」
そう教室に行くようにあいてる手で指し示した。
高水さんは私には目もくれずに教室に急いだ。
クラスメイトが死んでも、新しい駒が保身の為にクラスメイトを騙し続けるだろう。
そして犠牲者は増えていき、最終的に先生が負けるように仕組まれた、殺人ゲーム。
「唯一運命をかえられるのはノルンの名前を持つ君だけ、素敵だと思わない?」
怪しく微笑む彼を、私は怯えた顔で見つめているしかなかった。
...2008.04.28